第40話 未来への一歩

 爆発、そう、爆発が起こった。吾輩が見守る目の前で、盟友ベクトが自爆とも取れる行動に走った。爆弾を投擲するのではなく、手に鷲掴みしての突貫。巨大ネズミの蠢く体の中に半身を突っ込み、彼はそのまま爆弾を起動させたのだ。


「べ、ベクトぉーーー!?」


 咄嗟の出来事に、吾輩はただ彼の名を叫ぶ事しかできなかった。援護を頼まれたって、敵のネズミごと自爆されてはどうしようもない。何せ吾輩が射るべき敵は跡形もなく爆散し、巨大ネズミを構成していたネズミの群体諸共、靄となって空気中へと四散してしまったのだから。その代わりに爆発の噴煙の中から出て来たのが、倒れ込むようにして水路に落ちるベクトの姿だった。


「ッ! い、いや、まだか!」


 盟友ベクトの救助へ向かう寸前になって、戦闘前に吾輩自身が彼に注意した事柄を思い出した。確かに配下の群体は爆弾で倒す事ができたが、大黒霊本体は話が別だ。最後の止めは魔具でなくてはならない。この先人達の教えが正しければ、大黒霊はまだ死んではいないのだ。ここで吾輩が下手に巣の中に入りでもすれば、大黒霊が強化されてしまうかもしれない。ならば、ベクトに代わって吾輩がこの場より、その大任を遂行する必要がある。吾輩は魔具である弓に矢をつがえ、爆発場所の周囲を注意深く探る。絶対に本体を逃してはならない。そう肝に銘じながら。


 ―――ピシ、ピシピシ……!


 目の前で壁に亀裂が走るような音がしたのは、そんな時の事だった。


 ―――ガシャーーーン!


 次いで吾輩が耳にしたのは、目に見えぬ何かが崩れ落ちる轟音。理屈ではない。探索者であるから、本能的に察した。大黒霊の巣が崩壊したのだ、と。


「ま、まさか、盟友が倒していたのか!? 爆発に巻き込まれながら、大黒霊に止めを!? い、いや、今はそれよりも!」


 吾輩は大急ぎで下水道の広間に入り、盟友の下へと駆け寄る。水路の汚水に浮かぶ盟友を発見するのに、そう時間は掛からなかった。ただし、彼の状態はお世辞にも良いとは言えそうにない。


「盟友、意識を切らすな! 今、水から引っ張り上げる」

「………」


 盟友の口から返事はなし。吾輩は引き上げた彼の体を床に寝かせ、これまた大急ぎで自らの霊薬を取り出して、傷口に振り掛けた。彼の全身は軽度の熱傷状態にある。が、まずは左腕、左腕だ。吾輩が渡したを爆弾を、その手で直に握っていたせいだろう。彼の左腕は、左肩の根本から全て吹き飛んでしまっていた。その根元より流れる血を止めなくては、時間経過で盟友の耐久値はゼロになってしまう。


「応急処置、これは応急処置だ! ホームに戻れば元通りになる! だから、希望を捨てるな!」


 いくら瞬時に傷を癒す霊薬といえども、欠損した部位を復活させるまでには至らない。白の空間に戻れば完治するだろうが、今この場では傷口を塞ぐのが精一杯なのだ。


「ハハッ…… 大丈夫、です…… まだ、捨ててなんか、やりません、から……」


 治療の最中に意識を取り戻したのか、盟友が掠れるような声で、しかし間違いなくその口で言葉を発した。


「盟友! よ、良かった! そう、生きているのなら、まだまだ希望はある! それに、傷の心配はしなくても良い! 吾輩が誠心誠意治療中だ!」

「た、助かり、ます…… 実は、自力で立てそうもない、状態でして…… いえ、本当にやばいのは、ゾンビ化の影響を受けている、事なのですが……」

「それについても安心したまえ! バッと治療でバッと退散! 帰ってしまえば後遺症も残らんよ!」

「男爵…… もしもの時は、迷わず見捨ててくださいよ……? 流石に、ゾンビになって…… 貴方を襲いたくは、ない……」

「それについては諦めたまえ! 引き摺ってでも女神像まで連れて行く!」

「……ハハッ」


 不幸中の幸い、とでも言うべきだろうか。盟友ベクトは衰弱しながらも、その意識を立派に保っていた。若者だというのに、何と素晴らしき精神力だろうか。先の戦いで見せてくれた行動力といい、吾輩は心から尊敬するよ、盟友……!


 彼と同志である事に誇りを感じていると、不意に僅かな輝きが目に入った。その輝きに誘われるようにして盟友の右手を見ると、そこには彼の魔具である小剣が握られていた。光は魔具から放たれていたのだ。これは大黒霊を倒した影響、なんだろうか?


「しかし、あの爆発の後でよく大黒霊に最後の一撃を与えられたね?」

「ああ、それは…… 巨大ネズミの体内で、爆発させたので…… 文字通り、ネズミ達が肉壁となって、くれたんです…… あとは、大き目のネズミを操作して、ガッチリ固めて…… 爆発の威力や、範囲は…… 作戦会議の時に、男爵から聞いていました、からね…… 剣を持つ右手は、反対側でした、し…… 左腕を犠牲にする覚悟を、決めたら…… 丸裸になった、奴を…… 一刺しするくらいの、元気は、ギリギリ、ね……?」

「君って奴は……!」


 盟友は強がっているようだが、どう見てもギリギリを通り越している。ひょっとしたら、自分が止めを刺せなかった場合を見越して、吾輩に援護の続きを依頼していたのかもしれない。


「っと、すまない! 怪我人を疲れさせる訳にはいかないな! 無理に喋らなくても良いんだぞ!?」

「いえ、会話を続けさせて、ください…… 何か喋っていないと、頭が別のものに書き換えられてしまい、そうで……」

「そ、そうか!? ならば、何か話題をば! あー、あー…… そ、そうだ! 先の戦いで一つ、分からない事があったんだ! 先ほど盟友は、ネズミ達が盾になったから助かったと言った。しかし吾輩の目がおかしくなっていなければ、盟友は酒を頭から浴びていた筈だ。それも、かなり度数の高い酒を。そんな中で爆弾なんてものを使ってしまえば、引火して更に酷い状態になっていたと思うのだが?」

「ああ…… それは浴びた酒が、ドワーフ殺しだったから、ですよ…… こんな危なっかしい酒ですから…… うちの酒豪な案内人に、その特性を隅から隅まで聞いて…… おいたんです……」

「と、特性、かね?」

「知って、ますか……? ドワーフ殺しって、他の酒と割って飲むと…… それまでの癖が、なくなって、嘘みたいにマイルドになるん、です…… それは他の酒でも、ジュースでも、水でも同じ…… あとは、炎や雷、でも……」

「む、むう? すまない、未だによく分からないのだが?」

「フフッ…… つまり、ドワーフ殺しは他のもの、を、加えると…… 癖の強さを犠牲にして…… 代わりに、他の刺激も弱めてしまう…… そんな効果があるん、ですよ…… 混ぜた酒の度数を下げる、触れた爆発の炎を弱める、みたいに、ね…… 直に握っていた左腕は、流石に、駄目でしたけど…… この通り、他の場所は…… そこまで、焦げてない、でしょ……?」

「た、確かにそのようだが…… 本当に酒なのかね、それは!?」


 当然の疑問をぶつけてみるも、盟友ベクトは薄く笑うのみだった。っと、傷口が塞がった。これで霊薬での治療は一応完了か。あとは、盟友を女神像の場所まで届けるのみ、だ。


「盟友、肩を貸そう。すまないが、もう少しだけ歩いてもらう。何、吾輩の知る女神像までの辛抱だ」

「あー…… 今更ですけど…… ちょいと無理、じゃないですか…… こんな状態の、俺を、担いで…… この下水道を、抜けるのは……」

「フッ、心配するなと何度も言っている! それに、忘れたのかね? 吾輩には『夜逃げ卿の正装』がある! こう見えても吾輩、逃走術には自信があるのだよ!」

「です、が…… やはり、俺と一緒では……」

「吾輩に触れておれば、隠密の恩恵が盟友ベクトにも与えられる! 担がない訳にはいかないなぁ!」

「……ハハハッ、なるほど…… じゃ、お世話に、なります……」

「任せたまえ!」


 ほんの数時間前まで、彼方から手を伸ばす事しかできなかった新たなる道。吾輩は盟友ベクトと共に、未来への一歩を歩み出した。

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