第39話 蠢く漆黒

 俺に対して完全に敵意をむき出しにしたネズミ共は、合体した形体のまま執拗に俺を追いかけ、噛み付きと引っかき、時たまタックルという攻撃を仕掛けて来ている。牙と爪が感染源になるであろう事は、まあ想像が容易だろう。最初の掠り傷と同様に、少しでも触れてしまえば症状が悪化する。だが、それ以上に当たってはならないのが、巨体の全てを使ってぶつかって来る、タックルだ。


「「「「「ヂィユゥウ!」」」」」

「あぶねっ!」


 今正に突貫して来た巨大ネズミを、真横に転がって緊急回避。ネズミはそのまま壁に衝突し、大きな衝突音と共に石の壁を粉砕した。辺りに崩れた瓦礫が転がり、粉塵が立ち込もっている。


「盟友ベクト!」

「大丈夫、無事です!」


 御覧の通りこのタックル、ネズミの群体の癖してやばい威力の攻撃となっている。まとも食らえば、まず致命傷は避けられないだろう。が、真にやばいのはあの威力ではなく、ネズミの大群に飲み込まれてしまう事だ。さっきも言ったが、あの大ネズミの体は小さなネズミの群体なんだ。あいつらの食への貪欲さ、大食いっぷりを見たろ? タックルを食らえば、次の瞬間には俺がそいつらに食われちまうって寸法さ。まったく、想像もしたくない死に方だ。かと言って、ゾンビになるのも御免である。


 それら攻撃を避けて躱して回避し続け、合間に命令して分離させたネズミ達を倒していく事で、段々とこの大ネズミの特性が分かったきた。例えば、このネズミ共は仲間の死を何とも思っておらず、むしろ死体は食欲の対象となる事だ。男爵が倒したネズミ達の時も、こいつらは死体を食い漁っていた。そして、食った奴らは図体がその分大きくなる。大きくなればステータスも増し、より強力な個体が群体の中に誕生する訳だ。


 ただ、ここで気になっているのが、ネズミ共の総数が全く減っていない点である。正確に数えてはいないが、男爵が倒した分と合わせて、俺らはもう数十匹とネズミを倒している。普通、これだけ倒して食わせたら、群体の母数だって流石に目に見えて減っていくだろう。にもかかわらず、奴らは全く減っていない。いや、むしろ個々のサイズが大きくなった分、合体した大ネズミ自体もどんどん巨大化していっている。命令して倒すネズミはできるだけ大きな個体を優先しているが、それでも全体的な巨大化が進んでいるのが現状なんだ。


「「「「「ヂィッ!」」」」」

「ッ……!」


 巨腕による引っかきを躱そうとする。が、振るわれた腕から小さなネズミが何匹か分離して、回避行動中の俺に飛び掛かって来やがった。命令可能数上限一杯まで攻撃を止めるよう指示するが、最後の一匹だけ、噛み付きを許してしまう。ネズミはダリウスナイフで直ぐに処理したが、『感染』特有の症状が僅かに悪化。耐性の霊刻印がなかったら、とっくにゾンビになってたかもな、これは。


 巨大ネズミから距離を取りつつ、取り出した霊薬で傷を癒す。体力的にはまだまだ問題ないけど、後何発か攻撃を食らえば、『感染』症状の進行で死ぬ可能性が高い。つか、もう強がるので一杯一杯なのが正直なところだ。対するネズミ共は呑気に仲間を死体を漁る始末。食って回復成長もして、元気も元気ってか? いくら倒したところで、あの群体を打破するビジョンは思い浮かばない。


 ……多分だけど、ネズミは今も数を増やし続けているんじゃなかろうか? 俺には巨大ネズミの外側しか見えていない。なら最初に影から大量のネズミを放出していたように、あの群体の中から今も減ってしまった分のネズミを補充しているんだとしたら――― うん、そりゃあいくら倒したところで、決着に近づく筈がないってもんだ。仮に決着がつくとしたら、俺がゾンビになる方が先だろう。


「盟友! まだ吾輩のとっておきもあるんだ! 決して諦めるんじゃないぞ!」


 今の俺にとっての唯一の支えは、時折聞こえるこの男爵の激励だ。熱を帯びて停止しかけていた思考を、ギリギリのところで引き戻してくれる。ええ、まだ諦めてなんかいませんって。少なくとも、あのネズミ共を倒すまでは意識を絶やす訳にはいかない。


「ふーっ…… やっぱ狙うは、あの真っ黒ネズミだよなぁ」


 そう、ネズミ共の性質の基点となっているのは、恐らくは天井から最後に出て来た、あの漆黒のネズミだ。あいつが群体の中に閉じ籠って、他のネズミ共を増やしていると考えるのが自然だろう。ネズミの合体以降、あいつの姿はどこにも見当たらないしな。倒すべきはあいつだ。


 ……だけどまあ、これは一種の賭けだ。俺の都合の良い考え通りなら、あいつはネズミ共の核にして弱点。けど、確証とまではいかない。漆黒ネズミはあいつらの中心なのは間違いないだろうが、そいつを倒したからといって、他のネズミ達が止まる保証はどこにもないんだ。


 うーん、うんうん、うん…… いやはや、俺の頭じゃもうこの手しか思い浮かばんよ、困った事に。気が進まない。進まないけど、他に手はない。ダリウス、ドワーフ殺しと男爵から貰った爆弾を出してくれ。


『む? 爆弾は分かるが、ドワーフ殺しもか?』


 ああ、都合よく一本だけ残っていたろ? 屍街でドワーフ殺しが聖水代わりになっていたのは実証済み、このゾンビネズミの大群にもいくらか効果はあるだろ、多分。


『相棒、もしや…… いや、何も言うまい。幸運を祈る』


 ダリウスナイフを口に咥え、空いた両手にダリウスに出してもらったドワーフ殺しの酒瓶、爆弾を持つ。さっ、覚悟を決めますかね!


「なむさんっ!」


 酒瓶の蓋を開け、中身の酒を頭から一気に浴びる。その瞬間に漂うは、鼻に止めを刺さんとばかりの酷い、本当に酷い悪臭だった。あまりにも臭過ぎて、逆に馬鹿になっていた俺の脳がクリアになる。ハハッ、目覚ましにしても酷過ぎる。流石のネズミもこの臭いには嫌悪感を抱いたのか、お食事を中断してこちらを向いてくださった。


「め、盟友ベクト? 一体何を……?」

「勝負に出ます。男爵、引き続き援護を」

「う、うむ?」


 ドワーフ殺しでずぶ濡れになった俺は、咥えていたダリウスナイフを利き手に戻し、構えの体勢へと移行させた。そのままジリジリと巨大ネズミに近づくと、一歩、また一歩と敵が後退するのを確認。へえ、そんなに嫌なのか。有り難いな。


「じゃ、我慢比べと行こうか」


 不意を突いての全力ダッシュ。俺は一気に巨大ネズミとの距離を詰め、ダリウスナイフを振りかぶる。


「「「「「ヂュイ!?」」」」」


 まさか俺から突貫して来るとは思っていなかったのか、巨大ネズミの初動は大分遅れていた。迎撃する為に爪や牙を使うにしても、合体した肉体がでか過ぎる為に、そのどれもが大振りの攻撃になって間に合わない。残すは肉体を構成する小さなネズミ達を飛ばし、直接攻撃させる手になるが―――


「「「「「ヂュヂュ!? ヂュヂュヂュ……!」」」」」


 ―――どいつもこいつも俺に纏わりつくドワーフ殺しを嫌がってなのか、飛び掛かる寸前になって躊躇していやがる。お蔭様で、何とか巨大ネズミの懐の中・・・に飛び込めそうだよ。ああ、文字通りの意味でな。


「おい、漆黒ネズミ! 部下の忠誠心が足りていないんじゃないか!?」

「ヂュ……!」


 複数ではなく、明らかに一匹のネズミから放たれた鳴き声を察知。こんな安い挑発にも乗ってくれるとは、ありがたいッ! 俺は声のする方へと爆弾を掴んだ腕を突っ込み、そのままそいつを起動させた。

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