第37話 発見

 現れた黒ネズミは全部で五匹。中央に一、四方の壁際に四と、出現位置はバラバラだ。サイズは普通のネズミと変わらず鳴き声も可愛らしいが、その身に纏う殺気は全て本物。あんななりだってのに、複数体の筋肉ゴリラに睨まれているかのような感覚に襲われてしまう。


「チュウ」

「―――ッ!」


 その鳴き声が合図だったのか、黒ネズミ達が勢いよく駆け出し、俺目掛けて一直線に向かって来た。瞬発力が恐ろしく高く、あっという間に距離を詰められる。やばいな、今まで出遭ったどの黒霊よりも数段速い。


「悪いな、一旦引かせてもらうよ」


 但し、初戦は最初から様子見に徹すると決めていた、言わば捨て試合のようなもの。俺は一歩だけ後退し、ネズミ達の動向を伺いながら巣を出る。


「……チュー」


 俺が巣を出るとネズミ達はその場でピタリと止まり、少ししてから壁の隙間や横穴の中へと消えて行った。なるほど、巣の外にまでは関与して来ないというのは、どうやら本当のようだ。


「……ふう。盟友ベクト、初戦はすぐに外へ退避して、見に徹するという話だったが、実際に対峙してみてどうだった? 吾輩は巣の外にいたというのに、恥ずかしながら先ほどから震えが止まらんよ」

「恐怖心があるのは俺も同じですよ。もう吐きそうで色々と喉元まで来てますし……」

「大丈夫かね?」

「根性で何とか。でもそれ以上に、大黒霊の性質が見極めるのが先決でしたので。ネズミの足、想像以上に速いですね。オーリー男爵、あのネズミ共の間を縫って、正面の水路まで駆け抜ける事は可能ですか?」

「……改めて見せつけられたよ。残念だが、吾輩には到底無理だろう。スピードはネズミ達が上だし、奴らは四方に散らばって出現する。行き着く前に追いつかれ、噛み殺されるのがオチだ」

「そうですか…… ちなみに、男爵の速度ステータスをお伺いしても?」

「吾輩の、かい? あー、速度は9だったかな」

「なるほど、ありがとうございます」


 そうなれば、やはり戦って勝つしか道はないか。ネズミの動きをじっくり観察して第一に分かったのが、速度だけなら俺の方が僅かに上回っているって事だ。今の俺の速度が20だから、あのネズミ達は18か19ってところだろうか。そんな中に速度9の男爵を連れて逃げるってのは、あまり現実的じゃないよな。さっき視界に入ったネズミで全部って保証がある訳でもないんだ。最悪を想定するのであれば、まだ姿を現していないネズミがいるかもしれない。そんな状態で二人一緒に巣に入って、大黒霊が強化されたら本当に最悪だ。


「盟友ベクト、やはり君だけでも―――」

「―――はいはい、そういう発言はなしですよ。悪い発見もあれば、良い発見もあったので」

「発見?」

「ですです。じゃ、まずは良い発見から。さっきの様子見で確認したんですけど、作戦共有の時に話した俺の操作能力、あの黒ネズミにも効いたんですよ。あいつら、俺の能力に適用される屍系の黒霊です」

「ほ、本当かね!?」

「巣の外に出る直前に、先頭の三匹にその場で止まるように命令したんです。結果、そいつらは俺が外に出るよりも早くに止まってくれました」

「ほ、ほう…… その能力を耳にした時は半信半疑だったが、盟友ベクトは素晴らしい力を持っているのだな。先ほどの酒の件といい、黒檻に来たばかりとはとても思えん成長速度だよ」


 そこはまあ、素晴らしい師がいるからと言いますか。


「ん、待てよ? という事は、もう勝ったも同然という事かね? ネズミの操作が可能という事は、その場に静止させて順番に倒して行くのも可能という事だ。操作したネズミ同士を戦わせる事だってできるのだろう?」

「いやー、流石にそこまで上手くいくとは思えないですね。悪い発見もある訳ですし」

「……足が速い件が悪い話じゃなかったのかね?」


 それは発見じゃなくて確認です、男爵。


「左の一番奥にいた黒ネズミ、あいつだけ最初から俺に向かって来ていませんでした。見た目は他と同じですが、たぶんそのネズミが奴らのボスだと思います。そして、そいつの力はまだ未知数。次も同じ場所に出て来るかは分かりませんが、その辺りを確認する必要がまだあるかと」

「……盟友ベクト、君は本当に頼りになるな。吾輩、君に惚れてしまいそうだよ」

「え゛? あ、いや、それは遠慮します、はい……」


 冗談なのか本気なのか定かでない男爵の発言を受け流し、俺は次の様子見へと赴く。やり直しなんてものはないんだ。さあ、徹底的に敵を調べ上げてやろう。



    ◇    ◇    ◇    



 あれから二度三度四度と様子見を繰り返し、追加でいくつの情報を得た。


 一つ、巣侵入時のボスネズミ出現場所は毎回ランダムで、部屋の中央壁際のいずれかの位置に現れる。どこに現れようとも最初はそこを動こうとしないので、御供ネズミとの区別は比較的容易。


 二つ、ボスネズミには俺の操作能力が通じない。これはまあ、当然っちゃあ当然。レベル1の統率で御供を操作できるだけでも、俺はこの世界の神様に感謝したいくらいだ。あ、いや、やっぱしない。絶対にろくでもない神様だったわ。


 三つ、操作した御供ネズミにボスネズミを襲わせに向かわせると、当たり前だがボスネズミは反撃を行う。ステータスにあまり違いがないのか、スピードは御供のネズミ達とそう変わらない印象だった。但し、攻撃の威力や耐久面はボスが一枚上手、三対一でも普通に負かされる。よって、ボスにダメージを与えるには俺自身が攻撃を仕掛ける必要がある。


 四つ、動きを止めた状態であれば、御供のネズミはダリウスナイフで一撃で倒す事が可能。だがその際、倒したネズミは魔具に吸収されず、靄となってそのまま四散した。たぶんだけど、この御供ネズミをいくら倒したところで、ダリウスは強化されないんじゃないかな。


『まあ、そんなところじゃろうな。配下共はあくまで大黒霊本体の付属品、本体の倒さない限り、倒した数にカウントされないのじゃろう』


 と、ダリウスもそう仰られている。


 五つ、御供ネズミが何らかの理由で倒されると、どこからともなく新たな御供ネズミが補充される。つまるところ、無限湧きである。四つ目の情報と相まって、御供を積極的に倒す必要はなさそうだ。


 そしてラスト、こちらが何度様子見をしようと、ボスネズミの行動パターンに変化は一切生じない。この点は俺達からしたらありがたい限りなんだが、こちらの出方を伺う、学習するといった事を全くしないのは、ある意味で不気味に感じられた。何と言うのかな? 他の黒霊と違って、非常に行動パターンがゲームっぽいと言うか…… 探索者が巣を出るごとに回復して、それと同時に記憶も消去してるって事なんだろうか?


「―――とまあ、色々と情報が開示されて来たので、そろそろ本当の討伐に動き出そうと思います。これ以上の情報を引き出すのは難しいでしょうし」

「う、うむ、遂にか……! かか、勝つぞ、盟友ベクト!」

「ええ、勝ちましょう!」


 万全かどうかは分からないけど、やれるだけの調査はした。後はこれら情報を踏まえ、最善を尽くすだけだ。本日何度目かとなる巣へと足を踏み入れる。


「何度もお邪魔して悪いな。これで終わりになるように、俺も頑張らせてもらうよ」

「チュウ」


 運が味方をしてくれたんだろうか? 今回のボスネズミの出現位置は、俺のすぐ右手側だった。出口の近く、そして向かう労力が少ないってのは良い事だ。敵がダッシュを開始したのと同時に、近場にいた御供ネズミ二匹にボスを襲うように、残る一匹に操れない分の御供ネズミの相手をするように指示を飛ばす。


「お願いだから、これでくたばってくれよ?」


 速さならこちらが分があり、相性と状況も良好。先行させた御供ネズミ二匹と争うボスネズミの僅かな隙を突き、俺は奴の眉間にダリウスナイフを突き立てる事に成功した。

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