第34話 オーリー・オルオリ―
「申し遅れた! 吾輩の名はオーリー・オルオリ―! 見ての通り探索者をやっている者だ!」
黒き水の中からジャバジャバと這い出たナイスミドルは、さっきまでの陰気な状態が嘘みたいに、それはもう大声で自己紹介をしてくださった。しかもずぶ濡れの状態なのに、自慢のU字型口ひげはその形を未だに保っている。何か特殊な脂か何かで固めているんだろうか? い、いや、それよりも―――
「―――声、声は極力静かに……! 大声を出すと、どこから黒霊が出て来るか分からないから……!」
全身で待ての仕草を表現して、全力で男に注意を促す。
「おっと、これは失敬。だが、この場に限ってはいくら声を出しても問題ない筈だ。何せ、吾輩が散々実践と検証を繰り返したからな。どこからも黒霊は現れんよ」
「そ、そうなんですか? オ、オーリ、オリ―、オリオリ……」
「オーリ―・オルオリー! エレガントかつファンキーな名前だろう? 名付けた吾輩自身も気に入っていてね。言い辛ければ、気軽くオーリー男爵と呼んでくれたまえ!」
なぜに男爵?
「あ、はい…… ええと、俺はベクトと言います。その、よろしく―――」
「―――おお、盟友ベクト! よくぞこの場所を見つけてくれた! 吾輩は嬉しいぞ! 命の恩人と言っても過言ではない! いや、マジで!」
いつの間にやら男爵の盟友になっていた俺。両肩をバンバンと激しく叩かれる。
『これが相棒の運命力……!』
違うと思います。違うと思いたい。
「あの、オーリ―さん」
「オーリ―男爵」
「……オーリ―男爵」
「何かね、盟友ベクト?」
どうしよう、ダリウス。この人、途轍もなく面倒臭そうだぞ。
『………』
あ、おい! 困ったからって黙るな! 俺を一人にするんじゃない! え、本気でそのままでいるつもり!? クッ、この薄情者め……!
「あ、あー…… あの、盟友と呼んで頂いている手前、こう言っては何なのですが、なぜ俺が命の恩人に? 俺の記憶が正しければ、少なくともオーリー男爵とは初顔合わせじゃないかなと……」
「初顔合わせ? ハハ、それはそうだ。しかし、しかしだよ、君! 盟友ベクトがここに居るという事は、あの忌々しい鉄格子を取り払ってくれたのだろう!? いやあ、本当に長かったよ! 何せ、この地下水路に閉じ込められてから、もう何ヶ月も経っていたからね!」
「……閉じ、込め?」
「ん? なぜ不思議そうな顔をしているんだい? 盟友ベクトは向こうからやって来た。これはつまり、向こう側の通路が開通したという事だろう?」
「………」
あかん、これはあかん気がしてきたぞ。俺の予想が正しければ、オーリー男爵は大きな勘違いをしている。そしてそれは、俺にとっても凄まじく不味い展開になる訳で。
「オーリー男爵、実は―――」
誤解を解くのであれば、それは早い方が良いだろう。という訳で、俺がこの場所へやって来たのは落とし穴が原因であると、その辺りの経緯を素直に説明する。
「う、うぱぁ……」
「だ、男爵!?」
再び死んだ目になったオーリー男爵が、顔面から水路の中へと崩れ落ちる。この人テンションの上がり下がりが極端過ぎない?
「げほっ、げほっ……! げはぁ、う、うぇあ…… ふぅ、ふぅ。いや、お騒がせして本当にすまない。どうやら吾輩、早とちりをしていたようだ」
「いえ、こちらこそ期待に沿えず、申し訳ないというか何というか……」
落ち着きを取り戻したオーリー男爵は、それから自らの経緯を話してくれた。俺と同じ探索者であるオーリー男爵は、数ヶ月ほど前からこの下水道のような黒の空間『
「ここのような黒の空間はその特性上、汚かったり悪臭が充満していたりするだろう? 探索者といえども、そういった場所の探索は人気がなくてね。全体的に黒霊が弱い割と序盤の所でも、案外掘り出し物が眠っている事が多いんだ。吾輩はそんなまだ見ぬ宝を求め、
「男爵なのに、ですか?」
「フフッ、男爵はあくまで通り名のようなものさ。この格好と自慢のひげを見れば、一目瞭然だろう?」
「ああ、それは確かに……」
誰が名付けたのかは分からないが、オーリー男爵はその通り名を気に入っている様子だ。じゃなきゃ、そもそもこんな目立つ装備なんて着ていないだろう。
「ちなみに、この衣装はこんな見た目で黒霊に対する隠密機能があってね。名を『夜逃げ卿の正装』といって、相手に気付かれない限り、極限まで気配を断ってくれる優れものなのだよ」
違った。結構な実用性もちゃんとあった。そしてツッコミどころ満載な装備でもあった。
「この装備に加え、吾輩には危険を察知する霊刻印がある。だからこそ、大抵の場所なら逃げ延びる自信があるのだよ。事実、
「罠ですか?」
もう色々と察してしまっているが、一応一言だけ尋ねておく。
「そう、この場所に入った途端に鉄格子の罠が作動して、退路を断たれてしまったんだ…… 吾輩の霊刻印は、吾輩に対して直接的に害を与えるものにのみ働く。この罠は吾輩に害を与えるものではなかったが、非力な吾輩をこの場に閉じ込めるには、十分過ぎる代物だった……」
それで数ヶ月間もこの場所に居たって訳か。 ……いや、それは流石に心が参っていまうわ。こんな臭くて汚い下水道に、しかも一人でだぞ? 探索者は基本的には睡眠も食事も必須ではないから、餓死する事はない。けどそれは同時に、いつまで経っても死ねないって事も意味している。最悪、自害する手もあるが…… 探索者が死んだら黒霊の仲間入りをしてしまうらしいし、やはりそれも避けるべきだろう。こんなところで黒霊になったら、一体どんな怪物になるのか分かったもんじゃない。俺を目にしてからの男爵の喜びようも、今となっては納得だよ。
「重ねて申し訳ないのですが、俺もあの鉄格子を破壊できるような力はないんです。どうにかして、他の出口を探さないと…… オーリー男爵、この場所に閉じ込められたと言っていましたが、俺が来た方向とは逆、水路の向こう側も行き止まりになっているんですか?」
「……いや、向こうには道がある。元の通路へと戻れる道も、もしかしたらあるかもしれない」
「え? それなら―――」
「―――駄目だ。向こうの道は、駄目なんだ……」
俺が向こう側の水路を覗きながら質問してみると、オーリー男爵は険しい表情を作りながらそう言った。絶対にそちらへは行くなと、言葉だけでなく彼の瞳がそう訴えている。
「確かに道はある。あるのだが…… その道へと至る途中に、
聞き覚えのある不吉な情報が、俺の耳へと容赦なく入って来た。
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