第33話 下水道
結論から述べよう。俺はトラップに引っ掛かった。足元で何か音が鳴ったかと思ったら、地面がすっぽりとなくなり、俺は地の底へと真っ逆様。まあ、これ以上のの説明はなくとも、もう分かったと思うけど――― そう、俺は超典型的なトラップ、落とし穴に嵌ってしまったのだ!
「いったぁ~……」
いや、痛いとは言っても、ダメージを受けている訳ではないけど。幸か不幸か、落とし穴の先は傾斜の激しい滑り台になっていた。俺は滑りに滑り、大量の水の中へとバシャンポン。ウォータースライダー宛らのダイブを決めてやったのである。お蔭でダメージはないし、全身びしょ濡れだ。しかもこの水、さっきの水路で見たどす黒水ときたもんで、もう全身が臭いったらありゃしない。サービス満載の罠構成に、俺の心はズタズタだよ!
『相棒、ふざけている場合ではないぞ』
ああ、分かってる。ちょっと現状の確認をしたまでだ。その証拠に、俺の心はもう落ち着きと取り戻している。ドキドキ。
『結構余裕ありそうじゃの。しかし、相棒のトラブル体質はどうなっておるんじゃ? 最初の区画に罠が仕掛けてあるなんて、ワシは初耳じゃぞ? 未探索の場所とはいえ、一歩目から落とし穴て……』
え、そんなにレアなケースなの? 確かにオルカからも、次のエリアからはトラップに気を付けないと、私みたいに見知らぬ場所に転送されるかもしれないぞって、自虐交じりに注意喚起はされていたけどさ。
『まあ、うむ。やはり相棒の運命力は少し、いや、かなーりおかしいなって、そんな感じ』
……兎も角、やってしまったからには仕方がない。悔やむのは後、今は脱出が最優先だ。さ、地上に戻る方法を探すとしますかね。そう前向きに考えながら、俺はダリウスの言葉を聞かなかった事にした。
改めて辺りを見回す。今俺が居る場所は少し広いくらいの通路になっていて、周りの材質はどこも石造り。俺の落下地点でもある通路の中央には、黒い水路が延びていて――― って、まんま下水道じゃないか、ここ。道理で臭いがきつい訳だよ。『嗅覚』スキルを持って来ていたら、この時点でジ・エンドだったよ。
ただ、地下だというのに不思議と光源はあるようで、蝋燭の炎や電気的な光は見当たらないのに、視界は十分に確保できていた。何だろう、魔法的な何かが下水道全体に働いているんだろうか? この光源を利用し、天井の方を向いて俺が落ちて来たであろう穴を試しに探してみる。が、どこにもそれらしきものは見つからない。どうやら落とした直後に穴を塞ぐタイプの罠だったようだ。落とし穴から登っての脱出は無理、と。
なら、耳飾りを使ってオルカに助けを要請するのは? うん、できないんだよなぁ。白と黒の空間を跨いでの通信は、こいつではできないって説明されたばっかだ。どうやって脱出するにしても、全て自力でやる必要がある。
そうなれば、真っ当にこの下水道を探索する事になるか。下水の通路という事で、前と後ろの二方向に進められそうなもんだが、後ろの方はぶっとい鉄格子で遮られていて、とてもじゃないが通れそうにない。ダリウスナイフで破壊を試みたところで、こっちが刃こぼれを起こすだけだろう。要は行き止まりと考えて良い。
『ちょ、止めてよね。やるとしても、もっと成長させてからじゃろ普通』
何それ、盛大なフリ? こんな極限状態で、そんなおふざけはやらんて。つう事で、俺達は唯一の道である下水道の前方向を進む事にした。もう汚い水には浸かりたくないので、歩くのはもちろん両脇の陸地である。あ、通路も汚ねぇ……
―――バシャバシャバシャ。
汚水の流れは決して激しい訳でじゃないんだが、俺とダリウス以外誰もいない閉鎖空間となると、嫌でもその音が耳についてしまう。透明度という言葉が皮肉でしかないこの汚水の底から、未知の黒霊が飛び出して来るかもしれない。進行方向と同時に、真ん中の水路も要警戒だ。
と、そんな風に気を張りながら探索を進めようとしたんだが、ここで思わぬ出来事が発生する。下水道を道なりに歩き、落下地点より少し進んだ先にあった、緩やかな曲がり角。その更に先に敵がいないか、慎重に確認しようとしたんだが―――
『―――相棒、アレは人ではないか?』
そう、ダリウスが言うように曲がり角の先には、どう考えても人間にしか見えない男の姿があったんだ。U字型の何とも愉快な口ひげが特徴的な彼は、通路の壁を背にして地面に座り込んでいた。年齢は三十から四十くらい、装備はどこかの貴族のように華やかで、口ひげと合わさってナイスミドルといった印象を受ける。が、しかし、そんな外見に反して目は死んだように暗く、ずーっと下を向いたままの姿勢を貫いていた。何そのアンバランス。
……ダリウス、質問を返すようで悪いけどさ、あの人って人間だよな? 周りに漂わせてる雰囲気は嘘みたいに暗いけど、人型の黒霊って訳じゃないよな?
『もっと言えば、探索者のように見えるのじゃが…… ふぅむ、やけに生気がないのう。生きながら死んでるようじゃわい。警戒するに越した事はないじゃろう』
まあ、それが妥当だよな。オルカ以外の探索者との初対面かと思って少し期待したけど、場所が場所だし、あまりに不審過ぎる。避けるにもしても道はこの一本しかなく、接触は避けられない。念の為『統率・屍』で指示を送ってみたけど、効果はなし。さて、どうしたものか。遠くから声を掛けてみるのが無難だろうか?
「………」
『……のう。あの男、こっちに気付いてないかの? というか、ばっちしこっちを見てない?』
見てないっていうか、ばっちし視線が合ってる。死んだ魚みたいな目と正面衝突してる。ちょっとちょっと、見慣れたゾンビより怖いんですけど。
『声、掛けるんじゃろ? 今が好機のように思えるが?』
ダ、ダリウス貴様、あんな闇を背負った奴を相手に何を話せと!? だ、だけど、背に腹は代えられないッ! ええい、ままよっ!
「あ、あのー、探索者の方でしょうか? それとも、黒霊の方? 後者だったらアレがアレなんで、攻撃したいかなって、そう思ったり……」
『いや、アレがアレて……』
しょうがないだろ、めっちゃ怖いんだから! だが、声を掛けるっていう最低条件は満たした筈だ。こっちの用件も伝えている。さあ、ナイスミドル、どう来る!?
「………」
俺に死んだ視線を浴びせたまま、男はスッと立ち上がる。そして、おもむろにスタンディングスタートの姿勢となり―――
「うううおおおおぉぉぉーーー!」
―――雄叫びを上げながら、こっちに向かってめっちゃ走って来た。
って、やっぱり敵かよ! その貴族っぽい外見で、なりふり構わない全力疾走はどうなんだよ!? あと、やっぱり顔が怖い!
『相棒!』
ああ、分かってるよ! こんな事もあろうかと、心構えはもうできてる!
曲がり角より少し下がったところでダリウスナイフを構え、男の死角よりカウンターを食らわす準備をする。全力で向かって来たところで、曲がり角に差し掛かれば減速し、僅かに体勢を崩すものだ。今回はその隙を突く。さあ、来い!
「おおおおおぉぉたぁすけぇぇぇーーー!」
―――ズザザァーーーン!
何が起こったのか、俺は即座に理解する事ができなかった。それは恐らく、ダリウスもそうだろう。なので、取り敢えずは目の前で起こった事実のみを、端的に説明したいと思う。
男、曲がり角に差し掛かる→突如として目の前にダイブ→水路の中をびしょ濡れになりながらゴロゴロと転がる→俺の眼前に土下座の体勢で登場し、再度の雄叫び(但し、意味のある言葉っぽい)。
「……へあ?」
その結果、俺が捻り出した声は何とも間抜けなものだった。
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