第32話 水路
いつもの廃屋小屋の女神像前へと転移成功。かくして、パピィは黒の空間に降り立った。
『のう、まだそれ引っ張る?』
も、元々はお前が言い出した事だろ、ダリウス。あの状況で自分を奮い立たせるには、アレしかなかったんだよ。とはいえ、このノリであったとしても無理は絶対にしないけどな。あくまでこれは心意気、行動方針自体はいつもの石橋スタイルで行こうと思ってるよ。
『それが無難じゃろうて。では、まずは新エリアの手前まで移動するか』
という訳で、小屋を抜け出し道すがら黒霊を倒しつつ、探索済みの
ただ、それでも目的にまでは少しばかり時間を要する為、この間に今回の霊刻印の構成について説明しておこう。 ……いや、前と全然変わってないから、説明のしようがなかった。強いて言うなら、『耐性・感染』がレベル1から2に上昇しているくらいだろうか。赤ゾンビ以来、レベル2の『感染』を持っている奴なんて見ていないから、今のところ効力を実感したりはしていないんだけどね。他二つはいつもの『剣術』と『統率・屍』のコンビである。まる。
『相棒、『咆哮』と『嗅覚』はやはり向かんかったか? オルカの娘っ子と共に探索に行く際、何度か運用試験をしとったようだが?』
ああ、その二つか。ダリウスの言う通り、前回前々回の探索中に、オルカの力を借りながらそれら霊刻印の使い勝手がどんなものなのか、色々と検証させてもらった。結果、メリットデメリットがハッキリとした霊刻印である事が判明したのだ。
まずは筋肉ゴリラとの戦い際に苦戦させられた咆哮についてだが、レベル3だけあってその威力は凄まじいものだった。というか、あのゴリラがやって見せてくれたように、ゾンビ程度なら容易に吹き飛ばせた。戦うまでもなく、叫びだけでKOが可能とは末恐ろしい。喩えこれ単体では倒せない場合でも、地形を利用できれば敵を谷底に突き落とすとか、活用法は無限にありそうだ。ここまでが咆哮レベル3のメリットな。
で、ここからが問題のデメリット。口からすんごい声量を出すだけあって、一発叫ぶごとに俺が息切れを起こしてしまうんだ。それはもう、結構な距離をランニングした後のような感覚である。あの筋肉ゴリラのような屈強な肉体を得れば、また違うのかもしれないけど、今の状態ではとてもじゃないが戦闘中には向かない霊刻印なんだ、これは。叫んだら叫んだで、予想通り周りの黒霊達に見つかってしまうし、何ともトリッキー過ぎる。現在の構成を崩してまで入れるもんじゃないと、これは使うのを暫く保留する事にした。
では二つ目の霊刻印、嗅覚レベル2はどうか? うん、これはこれで問題があったんだけど…… まずは順番を守ってメリットから。犬だ、犬並みに臭いを追える。視覚に入らなくとも黒霊がどこにいるのか感覚的に理解できるし、隠されたアイテム(この辺では基本的に外れだけど)を発見する事も可能となった。探索者として、この能力はマジで有用であると断言できるだろう。そう、メリットだけを見るのであれば……!
はい、前述の通り問題もありました。嗅覚が優れるという事は、悪臭にも敏感にもなるという事です。つまり、ゾンビとか基本腐った黒霊で溢れ返ったこの
まあ、そんな訳で今までの構成に落ち着いた訳です。まる。
『ふーむ…… 切り替えるにしても、ここでは『耐性・感染』は必須、ワシの『剣術』がなければ接近戦も満足にできず、残るは『統率・屍』しかないか、か。それであれば、今のところ欠点のない操作能力に落ち着くのも頷ける話じゃて』
そういう事。ましてや今回は単独探索、不慣れな事はするべきじゃない。っと、そうこうしている内に、そろそろ目的の区画に到着しそうだ。
俺が駆ける大通りの先には、大きな水路の上に架けられた石橋がある。水路を越えた石橋の先が、俺とオルカが前の探索で発見した新エリアだ。とは言っても、水路上には濃い霧が掛かっていて、こちらの岸側からでは向こうの岸がぼんやりと見えるくらいで、その先の景色は全く見えないんだけどな。
この先からは探索の難易度が段違いに上がる。そう教えてくれたのは、他でもないオルカだった。当然、俺はこう質問した。何でそんな事が分かるんだ? ってな。オルカが言うに、黒の空間はエリアごとに出現する黒霊の強さが異なっていて、そういったエリアの線引きは視覚的に分かりやすい構造になっているんだそうだ。この周辺で喩えるのなら、
『今相棒が立っている場所は、それこそ新米探索者が最初に降り立つ用のチュートリアル。そこから一歩でも外に足を踏み出せば、更なる地獄が待っておるという訳じゃな。おお、怖いのう』
そのチュートリアルで大半の新米が死ぬって仕様を、まずは何とかした方が良いんじゃないかな? エリアごとの線引きも前知識なしじゃ簡単に死ねる感じだし、本当に嫌になるよ。敵わないくらい強い黒霊に見つかって引き返したとしても、エリアの境界を越えて追いかけて来るっていうし……
『いやいや、あの娘っ子がおらんかったら、流石にワシから忠告しておくわい。何の備えもなしに行けば、相棒は普通に死ぬじゃろうし』
普通に死ぬんかい。ま、今回あちら側に用はない。探索するのはこの水路沿いの道だ。そう心の中でダリウスと会話しながら、俺は向かって左右に伸びる水路を見回す。
街中に敷かれた水路の幅は、軽く見積もって十メートル弱といったところだろうか。頑張れば橋を渡らなくても行けそうな距離だが、水質はお世辞にも良いとは言えず、タールの如くどす黒く染まってしまっている。おまけに酷い腐敗臭まで漂っていて、とてもじゃないが泳げるような環境ではなかった。うん、川の中に黒霊が潜んでいそうだし、橋以外を渡る選択肢はないな、これ。
で、そんな最悪な水路沿いにある道は、意外な事にそれなりに整備されていた。綺麗って訳じゃないんだが、これまでの荒れ果てた家屋の並んだメインストリートと比較したら、それなりにマシな部類なんだ。水路付近に落下防止の鉄柵が設けられていたり、等間隔に枯れてはいるが木が植えてあったり、朽ちる寸前のベンチが置いてあったり――― 在りし日の街並みが、ここは凄く分かりやすい。真っ当に人が住んでいた頃は、ちょっとしたランニングコースにでもなっていたんじゃないかな? 尤も、それもこの悪臭で台無しな訳だけど。
『女神像あると良いのう。ついでに相棒がへまをやらかさんと良いのう』
ダリウスは今日も一言が多い。ったく、あまり不吉な事を言うなよ。そう愚痴りながら俺が歩き出すと、不意に足下からガコンという音が鳴った。 ……へ?
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