第31話 案内人の好物

 通信の為に屋外へと移動する。オルカの話を聞くに、以前俺が差し入れした酒で問題が発生したらしい。具体的には向こうの案内人、つまりはゼラ的な立ち位置にいる人が、酒を飲み過ぎて二日酔いを引き起こしてしまったそうなのだ。で、それに伴い祈りシステムの不具合が発生してしまったのか、黒の空間に移動する事ができないと。 ……正直この話を聞いた時に、俺は固まってしまった。


「え、ええと…… 何か申し訳ない……」

「いや、ベクトが謝る事じゃない。毎回ストック一杯の酒を貰えたのは、私の拠点にとって良い事ばかりだった。ただ、私が少し目を離した隙にジレが――― こちらの案内人が羽目を外してしまったのだ。私の注意喚起が足りていなかったのが原因だ。どうか気に病まないでくれ」


 そうは言われても…… と、やっぱり気にしてしまうのが、心配性な俺である。しかし、案内人は共通して酒好きなのか。但し、周りに無限の酒があり、特に何の注意をせずともゼラが無事なところを鑑みるに、アルコールの強さには差異があるらしい。いやあ、ここ数日(体感)で全く主張をしないもんだと思っていた案内人の印象が、ガラッと変わってしまったよ、うん。良いか悪いかは別として。


「という訳で、私は次の探索に共に行けそうにない。案内人がいつ復帰できるのか、正直目途が立っていないんだ」

「そうは言っても、ただの二日酔いだろ? 半日(体感)待つくらいなら、俺は全然問題ないぞ?」

「いや、それがだな…… 飲んだ酒が『ドワーフ殺し』の原液だったようで、恐らく普通以上に時間が掛かると言うか……」

「………」


 そういえば、ゼラの贈り物として選んだ酒セレクション、毎回ドワーフ殺しだったような。通には絶対にこれが良い! とか言って、自信満々に選んでいたような。ドワーフ殺し、俺の知らぬところで迷惑をかけておった。


「本当にごめん、本当にごめんな……!」

「い、いや、だからベクトが謝る必要はないんだ。逆に、もしかしたら丁度良かったかもしれない」

「へ? えっと、どういう事だ?」

「ここ最近の探索で、ベクトはかなり強くなっただろう? 今まで探索した範囲であれば、それこそ単独で黒の空間に向かうのも十分なほどだ。もちろん、以前のような例外的な黒霊や、何らかのトラブルが生じる可能性は十分にあるが…… その諸々を踏まえ、今単独で探索に行くのは悪くない。あまり二人行動に慣れ過ぎるのも、探索者として良くないからな」

「あー、なるほど?」


 オルカの力を頼りとせず、緊張感を持って探索に行って来いって事だろうか? 或いは、オルカからの試験的な意味があったり? 俺個人としてはオルカといる時だって、嫌ってほど石橋を叩いているつもりなんだけどなぁ。まあ、女神像を探すタイミングとしても丁度良いのは確かだ。


「オーケー、そいじゃ今回は俺単独で行って来るよ。新エリアの手前辺りで女神像を探してみる」

「そうしてくれると有り難い。だが、くれぐれも気を付けるんだぞ。黒の空間あちら白の空間こちらとでは、縁故えんこの耳飾による連絡はできないんだ。もしもの事態が発生したとしても、それはベクトが自力で解決する必要がある。だから新たなエリアに一人で行くとか、無理は絶対にって、ジレ!? は、吐くなら向こうで、え? 間に合わない? ふ、袋だ! 誰か、袋を持って来てくれ! ジレ、頼むからもう少し辛抱してくれ! ああっ、袋ぉーーー!」


 探索中には筋肉ゴリラの時でさえ聞く事のなかった、オルカ魂の叫び。それを皮切りに、通信も途切れてしまう。どうやら向こうは修羅場へと突入したようだ。


「俺からは案内人さん頑張れとしか言えないなぁ……」

「呼びましたか?」

「うおああっ!? ゼ、ゼゼ、ゼラか!?」

「はい」


 いつの間に俺の背後に立っていたのか、不意打ちのゼラの声が俺を心底驚かす。それはもう、筋肉ゴリラが登場した時より驚いた。 ……こう言うと、何だか筋肉ゴリラが大した存在じゃないように聞こえてしまう。いや、あいつは強敵だったんですよ? いや、マジで。


「わ、悪いけど、気配もなく背後に立つのは止してくれ。心臓に悪いから」

「フフフ、それは申し訳ありませんでした。ですがベクト、探索者として常日頃から周囲に気を配るのは必須事項ですよ。しっかりと心に留めておいてくださいね~、フフッ。」

「は、はい……」


 思わず同意してしまったが、心なしかゼラの言葉遣いがいつもより軽い。こう、ふわっとしている。そして微かに見え隠れする顔が、ほんのりと紅潮してってお前、また酒を飲んでいたな!? よくよく見れば、片手に酒瓶持ってるし! しかもドワーフ、噂のドワーフ殺しやん! ああ、もう! 最初の頃のミステリアスな君はどこに行ったのよ!?


「まあ、それでもほろ酔い状態なのか。どんだけアルコールに強いんだ、ゼラ…… だけど、いくら強くたって飲み過ぎには注意してくれよ? 他の探索者んとこ案内人、酒でぶっ倒れたらしいからさ」

「ご忠告ありがとうございます。ですが、ご安心を。これでも加減している方なんですよ、私」

「……マジで?」

「マジです、フフ~」


 フードの奥にあるゼラの表情は、恐らく満面の笑みなんじゃなかろうか? できれば本気は出さないでください、マジで……


「そ、それじゃ、そろそろ次の探索に行って来るよ。今回は単独の探索だから、いつも以上に気を引き締めないとな」

「単独…… なるほど、そういう事でしたか。ベクト、私から一つだけお伝えしたい事があります」

「え、ゼラからか? お、おう、何だ?」


 思いもしなかったゼラからの助言、顔が見えなくとも空気で分かる。ゼラは今、案内人としての矜持を果たそうとしているんだ。俺も頭をしっかりと切り替え、ゼラの言葉を聞き逃すまいと耳を澄ます。


「可能であれば、探索の中で――― お酒の肴になるものを見つけて頂けると、大変嬉しいです、私がッ!」


 酒瓶を持っていない方の手で拳を固め、ゼラがこれまでで一番のテンションでそう叫んだ。一瞬頭が真っ白になった俺は、ただ一言こう返答する事しかできない。


「……了解」


 もうゼラは駄目かもしれない。酒の肴なんて、酒場に無限にあるじゃねぇか。アレか? もっと種類を欲しているって事か!? ああ、分かったよ。ゾンビ肉でも良ければ持って来るよ!


「あ、ベクト! これから探索に向かうの? それじゃ、また何か食材か調味料を探して来てよ。そろそろ私も新しい料理に着手したいからさ。期待してるよー」

「お兄ちゃん、私は植物の種が良い~。新しいお友達で一杯にするの!」

「………」


 そしてサンドラとアリーシャによる追加注文である。うん、気軽く言ってくれるけどさ、君らの大体の要望って、新たに青霊を助けでもしないと叶わないものばっかじゃない? ただ、彼女達の期待に満ちた純粋な瞳(恐らくはゼラも含まれる)は俺の心を動かし、やる気の原動力となっていく。


「よーし、分かった。パピィ、ちょっと頑張って来るよ!」

『やっぱりパピィじゃん』


 そんなダリウスのツッコミを背に受けながら、俺は黒の空間へと旅立つのであった。

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