第27話 マスコット

 なんてこった。これは期待通り、いや、期待以上の成果だ。ほぼ全てのステータスが以前の倍以上にまで成長している。前回の戦闘でさえ自分の成長っぷりに驚いていたのに、今度はこの上がり幅。試運転したら、一体俺はどうなってしまうんだ? 感動の余り、その場で泣き崩れてしまうんじゃないか?


 ……冗談はこの辺にしておくにしても、本当に凄まじい成長をしてしまったな。歴代トップの黒霊討伐数を築き、その上で新種の赤ゾンビを数体、止めに大ボスのゴリラを倒した甲斐があったってもんだ。ハイリスクハイリターンとは正しくこの事だろう。これ、後ちょっとで大黒霊の討伐にも挑めるんじゃなかろうか? あ、いや、魔力と魔防の値がまだまだ心許ないかも。尤も、魔法なんて使った事がないし、魔法を扱うような敵と対峙した事もまたないが。


 想像以上のステータスアップに喜ぶ一方、悩ましい問題も浮上した。今回新たに会得候補に挙がった霊刻印についてである。


 探索で新たに倒した黒霊は『せる屍(農具)』、『屍荒し』、『血染めの屍』、『爆ぜた大猩猩おおしょうじょう』の四種だ。名前からして農具を持ったゾンビ、鳥ゾンビ、赤ゾンビ、筋肉ゴリラの事を示しているんだと思う。爆ぜたってのは、皮膚が筋肉で爆ぜたって事だろうか…… ま、戦闘中ゴリラに命令ができなかったのは、名前に屍がなかったからってので確定としよう。


 で、こいつらを倒した事で新たに会得が可能となった能力が『感染レベル1』、『感染レベル2』、『跳躍レベル1』、『咆哮レベル3』、『嗅覚レベル2』、『耐性・感染レベル2』だった。なんつうか、一気に選択肢が増えたよな。嬉しい悲鳴が出てしまいそうだ。


 現在セットしている霊刻印は『剣術レベル1』、『耐性・感染レベル1』、『統率・屍レベル1』の三種。耐性は屍街かばねがいを探索する上での必須スキル、そして今回はその上位であるレベル2がある為、これを置き換えるのは決定として――― 真の問題はここからだ。赤ゾンビの感染レベル2はそれほど優先度が高くなく、再び入手できる機会もそのうちやって来ると思う。鳥ゾンビの跳躍もまた然り。但し、筋肉ゴリラから手に入れた霊刻印、咆哮と嗅覚はどちらも貴重だ。


 実際に使ってみなければ、これらの霊刻印がどの程度のものなのか、また使い勝手や使いどころの判別がつかない。それでもレベル2やレベル3という数字、あのゴリラに大苦戦しながらも手に入れたという事実が、現在の霊刻印と入れ替えるべきかと脳を悩ませてくれる。あのゴリラのように敵を吹き飛ばす咆哮ができたとしたら、それは強力な攻撃手段となる。デメリットとしては、最悪の場合俺の耳が壊れる、遠くから敵を引き寄せてしまうといったところだろうか。仮にゴリラが女ゾンビのような希少種であったとすれば、もしかしたら今後出会える機会はないかもしれない。


「だけど最初からあった剣術だって、今のところオンリーワンの代物。それどころかこれがなかったら、俺は素人剣術で化け物に挑まなきゃならなくなる。屍の統率だって希少種の女ゾンビから手に入れたものだし、これもまた屍街かばねがいでは抜く事のできない力だし……ブツブツ」

「ベクト、頭から煙を出す勢いで悩んでるねぇ。そんなに大変な選択なの、それ?」

「場合によっては戦局を大きく左右するものですからね。魔具に刻める霊刻印の数には限りがあり、一度手放した霊刻印は完全に消去されます。消去された霊刻印を再度手に入れる為には、対象となる黒霊を討伐する必要がありますから」

「うーん、あの怪物を探し出して、また倒さなきゃいけないって事かい? 確かに、それは大変だよ。次はベクト、本当に死んじゃうかも…… ベクト、大いに悩んで! 頭が爆発しても良いから!」


 それは御免被りたいです。


「お兄ちゃん、何か悩み事? 猫さん撫でる? とっても和むよ?」

「アリーシャ? わっとと……」


 心配そうに横から俺の顔を覗き込んで来たアリーシャが、唐突に俺の手を引いてカウンターへと引っ張った。俺は大袈裟に凄い力に引っ張られるようなフリをして、彼女の後を素直に付いて行く。行先はあのデブ猫がいたバーカウンターだ。


「猫さん猫さん、このお兄ちゃんがサンドラお姉ちゃんを助けたんだよ! お兄ちゃんもご挨拶!」

「お、おう」


 そういえば、まだこの猫には挨拶していなかったな。いや、動物相手に挨拶を交わすってのも、ちょっと変なんだけどさ。ここは俺達を引き合わせてくれたアリーシャの顔を立てて、ちゃんと名乗っておこうか。カウンターに寝そべる紫色の体毛をしたデブ猫に視線の高さを合わせ、爽やかな笑顔を作る。


「初めまして、俺の名前はベクトだ。君はこの酒場の飼い猫かな?」

「……ふむ。ベクトとやら、猫を相手に挨拶を行うというその姿勢は評価するが、少々言葉遣いが砕け過ぎではないか? 余と言葉を交わしたいのでれば、敬いの心と相応の態度を心掛けるように」

「………」


 俺、硬直。眼前で起こった出来事に対しての理解が、まったく追いつかない。俺の目と耳が狂ってなければ、先ほどの尊大な台詞は目の前のデブ猫の口から出て来たような。ギギギとぎこちなく首を回し、ゼラとサンドラに向かってこの猫は何? と、ジェスチャーで問い掛ける。うん、マジで何者!?


「驚くのも無理はない。余が纏う気高きオーラは、無意識のうちに平伏を促してしまうのだからな」


 違う、問題はそこじゃない。つかお前、さっきまでアリーシャに撫でられてなかった? すっごく大人しく撫でられてなかった!?


「いやあ、マスター曰く、飼い猫って訳じゃないらしいんだけどねぇ。私がこの酒場で働き始めた頃にはもう住み着いていて、マスコット的な存在になってたかな。その頃は言葉なんて喋っていなかったんだけど、なぜか今は流暢なんだよね。摩訶不思議!」


 店員であったサンドラも分からないと。益々訳が分からない。というか動物とはいえ、救出したサンドラの他に何で猫がいるんだって話だ。


「ベクト、そう結論を急ぐでないぞ。人間の寿命は確かに短いものだが、今のお前達に寿命という概念はない筈だ。何事も自然のままに受け入れると良い」

「あ、あー、確かにそれはそうなん、ですけど…… ちなみに、お名前をお伺いしても?」


 意識している訳じゃないが、デブ猫が放つ圧に押されて敬語になってしまった。俺の問い掛けに反応してくれたのか、デブ猫は上半身を起き上がらせる。そして、カウンターに置いてあった酒瓶を横に倒し、肘掛け代わりに活用。その姿はすっかり猫の殿様である。


「名前、名前か。そのようなものに意味があるとは思えんが、人間の風習に合わせるのもまた一興。どれ、余に相応しい名を考える。暫し待―――」

「―――キンちゃん、なんだか偉そうだぞ~。うりゃりゃ~~~!」

「にゃ、にゃーん♪」

「と、殿っ!?」


 デブ猫、もといキンちゃんがアリーシャに押し倒され、お腹をわしゃわしゃされちゃってる。反射的に殿なんて呼んでしまった俺が憎い。つうか、何普通に猫の声出しとんねん。えーっと、ここは止めるべきなんだろうか?


「その子の名前はキングって言うんだ。マスターか常連さんの誰かが名付けたんだろうね」

「ああ、だからキンちゃんか……」

「うりゃ~~~」

「にゃんにゃんごろにゃん♪」

「………」


 何だかとっても楽しそうにしているので、とりあえずは落ち着くまで、そっとしておく事にした。

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