第26話 リニューアル

「お兄ちゃん、お帰りなさい!」

「……ただいま」


 白の空間へと帰って来た俺は、アリーシャに出迎えられた。いつものように、直前まで土いじりをしていたのだろう。頬のあたりがまた土で汚れている。ハンケチーフ、誰かハンケチーフを。


「んんー…… お兄ちゃん、何だかお疲れ? 元気がない気がする」


 アリーシャの土汚れを拭っていると、ふとそんな事を聞かれた。


「いやー、帰り道は楽ができた筈なんだけどなぁ。メンタルが削られたというか、正直もう乗りたくないというか」

「?」


 アリーシャがポカンとしている。うん、まあそりゃそうだよな。あの超特急の乗り心地は、それこそ乗った者しか味わえないのだから。時間的には一瞬の出来事だったんけど、だからこそスピードが半端なかった。この体がそんな風にできているのかは知らないが、後少しでも女神像に祈るのが遅れていたら、俺は確実に吐いていたと思う。たぶん俺、もう絶叫マシンとか乗れない。


「あれ? そういやゼラの姿が見えないな」

「ゼラお姉ちゃんはあそこだよ」

「あそこ?」


 アリーシャが指差す方向を見ると、そこにはどこか見覚えのある看板を掲げた建物があった。看板には『大猫の飲屋』という文字、そしてふくよかな猫の顔のイラストが、これ見よがしに記されていた。


「おお、ストレートにこう来たかぁ」

「よく分からないけど、来ちゃったねぇ」


 サンドラを救出した事で生じた、新たな白の空間の変化。それがあの飲屋という訳だ。黒の空間では廃屋といった印象しかなかったが、新たにできたこの店は殆ど新築と同様のようだ。看板の猫のイラストもそうだったけど、赤色の屋根がなかなかにファンキーである。建物はアリーシャの花畑の隣に位置し、その間には赤煉瓦の道が敷かれている。こちらは一本のみではあるが、道の脇には街灯までできていた。


「この立派な道と街灯はサービス、なのか? いや、ここも含めてサンドラがもたらした施設と考えるべきか……」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「あ、ああ、色々と考えさせられる事があってさ。すまんすまん。アリーシャ、一緒にあの建物に行ってみようか?」

「うん、アリーシャも行く!」


 まだ店の中に入っていなかったのか、アリーシャは非常にワクワクしている様子だ。彼女と手を繋いで、仲良く大猫の飲屋に入店する。


「「ごめんくださーい」」


 スイングドアに手に掛けた辺りでふと思ったけど、この飲屋ってアリーシャくらいの子が入っても良いんだろうか? ……大丈夫、看板だってあんなにファンキーなんだ! ジュースくらいはあると信じよう!


「いらっしゃーい! 大猫の飲屋へよーこそー! お客さん、二名様で良いかな?」


 些細な不安を歓迎の声で気持ちよく吹き飛ばしてくれたのは、他でもないサンドラだ。黒の空間にいた頃とは違い、ここでは髪色もしっかりと認識できる。サンドラの髪は彼女の明るさを表すような、真っ赤な色だった。


「ああ、二名様のご来店だ。ちなみにここ、アリーシャも入って大丈夫かな?」

「ハハッ、大丈夫だいじょーぶ! うちはお金を落としてくれるなら、来る者は拒まずでやってるから! とは言っても、今はお金なんて無価値なんだけどねー。アリーシャ、あそこに猫さんがいるよー」

「猫さん!」


 先に顔合わせはしていたのか、サンドラとアリーシャはやけに親し気だ。そしてなぜかカウンターには、かなーりぽっちゃりした猫が寝そべっている。アリーシャはその猫を撫でに飛んで行ってしまった。 ……あの猫、看板のまんまじゃねぇか。


「もうアリーシャとは挨拶してたのか?」

「まあね。アリーシャだけじゃなくて、ゼラとも話させてもらったよ。というか、あそこで飲んでる」

「は?」


 店内は木製の丸テーブルと椅子が並べられており、如何にも酒場といった雰囲気となっている。そしてその一角に座り、頬をほんのり染めながら静かに酒を飲んでいる女性が一人。


「ゼ、ゼラさん? 何をなさっているんで……?」

「良いお酒が並んでいたもので、ほんの少しだけ味見をさせて頂いるところです。ベクトも如何ですか?」

「えと、今は遠慮しておくよ。酒、好きなのか?」

「嗜む程度に、です」


 俺の鼻には未だにドワーフ殺しの悪臭がこびり付いており、とてもじゃないが酒を飲むような気分ではなかった。というか、ゼラも酒を嗜むんだな。てっきり俺は、案内人は不必要な行動をしないものだと思い込んでいた。何と言うか、初めてゼラの人間的な一面を目にした気がする。一方でゼラのテーブルに置いているあの酒瓶、これはどこかで目にした記憶が…… あ、ああっ!?


「こここ、この酒瓶、ドワーフ殺しじゃないか!? サンドラ、何でこれを出したんだ!?」


 ゼラの席から大きく跳躍しての後退。ゼラ、何平気な顔して飲んでんの!? それ、一歩間違えれば毒だぞ!?


「いやあ、それがねぇ―――」

「サンドラ、私から説明しましょう。ベクトはこのお酒を怖がっているようですね。ですが、何事にも正しい飲み方が存在するものです。その証拠に変な臭いはしないでしょう?」

「えっ? スンスン…… た、確かに?」


 ゴリラをも泣かしたあの悪臭が、今はちっとも感じられない。こ、これはどんなマジックなんだ……?


「ドワーフ殺しは原液で飲む酒ではなく、他の飲料で割って飲む酒なのです。不思議な事にこのお酒は、ほんの少しの水を足しただけで悪臭が綺麗に消え、味も深みのある芳醇なものへと変わります。これが魔法の酒と謳われる理由の一つですね」

「ま、魔法の酒……?」

「尤も原液で飲もうものなら、名の通りドワーフをも殺してしまう凶器です。悪臭もそのままですので、下手な聖水を振り撒くよりも、黒霊に効果があるでしょうね。正しく、色々な意味で魔法のお酒なのです」

「い、色々な意味で魔法の酒……!」


 後半の部分に関しては、とっても身に覚えがある。だからあんなにも、ゾンビ達が嫌がっていたのか。


「ベクト、探索に行く時はそのお酒、持って行けるだけ持って行ったら? なんだかこの酒場、そこにある食材や飲み物はいくら使っても補充されるみたいでさ。食べ放題の飲み放題状態だよ?」

「サンドラ、お前は何て恐ろしい事を――― 待て、食べ放題飲み放題って、そんなのアリなのか?」

「理屈は分からないけど、実際そうなの。ゼラに出したそのお酒だって、棚から取り出した瞬間に新しいのが補充されてさ。いやあ、あの時は私も驚いたね。やった、これで買い出しに行かなくて済む! ってね!」


 驚くところが若干違う気がするが、今は捨て置く。もしやこれって、この白の空間に今まで枯渇していた『食』を大いに補う、凄まじい発見なんじゃなかろうか? 食材があるって事は、料理だってできるって事だ。それこそ、アレだって―――


「―――ところでベクト、まだ魔具を成長させていませんが、今のうちに行いましょうか?」

「あっ、そういやまだだったな。今回の探索は死ぬほど頑張ったから、実は結構期待していたんだ。早速お願いするよ」

『死にそうになるのは毎回なんじゃけどね』


 うっさいわい。



◎本日の成果◎


討伐黒霊

せる屍×37体

せる屍(農具)×8体

屍荒し×1体

血染めの屍×4体

爆ぜた大猩猩おおしょうじょう×1体


保護青霊

少女の青霊サンドラ⇒『大猫の飲屋』が具現化


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魔剣ダリウス

耐久値:29/29(+12)

威力 :19(+15)

頑強 :27(+10)[+14]

魔力 :3(+1)

魔防 :6(+4)

速度 :17(+11)[+3]

幸運 :12(+9)


霊刻印

◇剣術LV1

◇耐性・感染LV1

◇統率・屍LV1


探索者装備

体  :紺青の皮鎧

足  :紺青の洋袴

靴  :紺青の履物

装飾 :縁故えんこの耳飾(右)

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