第24話 効果抜群
ゴリラが赤ゾンビ達に放ったのは、単なるバックナックルだった。技術なんてクソの欠片もない、力任せに振り回しただけの代物だ。しかし侮るなかれ。赤ゾンビ達が跡形もなく四散したのを見れば分かるように、単純ながらもその威力は桁外れだ。耐久値と頑強に特化している俺も、ちょっと今の攻撃は食らいたくない。しっかりと見極めれば、俺はまだ躱せる速度ではあるけど、命令をしない限り行動を移行できないゾンビ達にそれを要求するのは酷だ。というか、俺が見てから命令するまでの時間が間に合わない。
『相棒、入り口からも新たな黒霊達が来ておるぞ!』
オーケー、それは逆にちょうど良い。三体分を補充――― いや、その前にこれも試してみるか。
『……? 相棒、何をしておる?』
このゴリラに俺の命令が通るかどうか、命令の空きストックがあるうちに試してみようと思って。けど、駄目だ。名前に『屍』が付いていないのか、或いはレベル1の命令を受け付けないほどの上位種なのか、効果がないっぽい。作戦切り替え、当初の予定通りゾンビの物量で勝負する。俺に向かって来ようとする赤ゾンビ、窓付近にいたゾンビに特攻の攻撃指示。防御を全く考慮していない為、やられるのは一瞬だろう。それでも適度に侵入口のゾンビも処理しなければならない事を考えれば、補充する頻度はある程度多い方が良い。馬鹿みたいに湧いて出るゾンビの処理は、ゴリラに肩代わりしてもらう!
とまあ、現れるゾンビ達の人数調整と指示をするだけで勝てれば儲け物なのだが、そう上手く事が運ぶ筈がない。弱点を突いて致命傷を与えるのは、やはり俺自身に御鉢が回ってくる。群がるゾンビ達にゴリラの注意が削がれているうちに、敵の隙を見つけ畳み掛ける。それが俺の真の仕事だ。
ステータスを上昇させた今ならば、俺だって多少は動けるようになった。背後から一気にゴリラの背を駆け上り、奴の右目目掛けてダリウスナイフを突き立てる。そんな無茶も今の俺なら、覚悟次第で十分に可能だ。
「フッ!」
「ヴィアッ……!?」
ダリウスの刃は生々しい感触と共に、ゴリラの右目に深々と突き刺さった。よし、人間と同じで筋肉で鍛えようのない場所なら、普通に攻撃が通じる。だが深追いは禁物だ。頭に瓦礫をぶつけた時のように、あの強靭な両手が傷の痛む場所へと向かってくるだろう。片目を潰したのを確認したら、直ぐにその場から離脱が原則。要はヒット&アウェイである。
「ウヴォッ!」
奴の頭部から退いた次の瞬間、その場所にゴリラの手がバシンと叩き付けられる。自分の顔だってのに、加減を知らない一撃だ。まったく、見ている方が痛いよ。
『片目を潰したのなら、次は失った死角側から攻めると良い。先ほどよりも楽に距離を詰められるじゃろう』
ダリウスからのありがたい助言。何だかんだで戦い方を導いてくれるのな、ラジャラジャですよ。
敵の警戒が足下の赤ゾンビ達に移ったのを確認して、再度行動開始。潰した右目側からゴリラに詰め寄り、頭部へと到達。うん、どうもこいつは物事を並行して行うのが苦手のようだ。強い刺激を与えない限り、現在進行形で攻撃をしている赤ゾンビに夢中で、俺が頭に登っても反応らしい反応を全然返さない。見た目の怖さに気圧されず、頑張って観察すれば結構弱点って見えてくるもんなんだな。勉強になる。
「二つ目っ!」
残っていた左目にもダリウスを突き刺す。これでゴリラの視界は完全に奪った。つうか、これでも倒れないのか、こいつは?
「ウウウウウウヴ……!」
ゴリラから離れ様子を窺う。視界を失って狂ったように暴れるかと思ったが、見たところ今までと雰囲気が異なる。攻撃を続ける赤ゾンビ達を丸っきり無視して、全身を小刻みに震わせているようだが……
『相棒、何か嫌な予感がするぞい』
「奇遇だな。俺もだよ」
俺とダリウスの意見が一致したのもあって、この間に近づくのを止しておく。俺自身は距離を保ちつつ、奴の動向に注意しながらゾンビ達を操作に注力。何だ何だ、炎でも吐こうってのか?
「ヴァアッッッ!!!」
「―――っ!?」
正面からの突然の衝撃。俺は防御をする暇もなく、勢いよく背後へと吹き飛ばされた。殴られたとか、そんな感触ではない。全身が等しく壁に押し出されたような、そんな衝撃だった。あと、さっきから耳がキーンと耳鳴りを起こしっ放しだ。脳に音がダイレクトに反響しているように錯覚してしまう。クッソ痛い……!
「さ、叫び声で人を、吹き飛ばすって…… どん、な…… 肺活量、してんだよ……!」
そう、あのゴリラが顎の外れた口から発したのは炎などではなく、とんでもなく大音量の叫び声だったのだ。カウンターに手を掛け起き上がり、奴の周囲を見れば、俺と同じように吹き飛ばされたゾンビ達の姿がそこにはあった。他にも置いてあったテーブルや椅子、その全てが吹き飛んでる。この酒場程度の広さなら、全範囲に音の衝撃波を飛ばせるってか。酒場に入り込もうとしていた普通ゾンビは全滅。だが幸い、赤ゾンビ達に殴られた時ほどのダメージはないようだ。こんな時、痛覚がないってのは便利だよな。俺は耳の中が痛くて死にそうだよ。音も聞こえん。
『クッ、凄まじい声量じゃのう! 娘っ子達の隠れているカウンター裏にまで飛ばされるとは……!』
っと、ダリウスの声は俺の精神に直接語り掛けるから、こんな耳の状態でも聞こえるのか。つかここ、カウンター裏か。
「―――」
下を見るとオルカが心配そうな顔をして、サンドラの耳を塞ぎながら何かを言っているようだった。流石というか、オルカはあの迷惑攻撃を即座に対応していたみたいだ。サンドラも声を出さない為の対策なのか、自分の両手で口元を覆い隠して万全の構えを取っている。これもオルカの指示だろうか? あ、それとごめん。今の俺、全然耳が聞こえないんです……
『厳しそうなら教えてくれ。と、言っておる』
ダリウス、ナイス翻訳。けど、交代の提案か…… 俺は右耳の耳飾りに手を当て、オルカ宛てに通信を図る。耳飾りの介しての通話なら、こんな状態でも会話ができるかもしれない。
「悪い、今耳が麻痺してるから、こっちで話させてくれ。あと、交代はまだなしで。もう少し頑張らせてもらうよ」
通信の最中にも赤ゾンビに命令を下す。視力を失ったてのに、あのゴリラは的確にゾンビ達の位置を捉えて攻撃をしている。鼻が良いのか、耳が良いのか。 ……あっちかな? まあどちらにせよ、あまりここに長居をすると、あの怪物がこちらに向かってくるかもしれない。早くここから離れなければ。
「そうか。ベクトがそう判断したのなら、これ以上の事は何も言うまい。あ、だけどこれだけは言わせてくれ。耳が聞こえないのなら、霊薬を使ったらどうだ?」
「え? あっ……」
思わず赤面してしまう。やべぇ、普通に霊薬の存在を忘れていた。
『あ、相棒、マジか? てっきりワシ、霊薬の節約を考えているのかと……』
悲しい事にマジなんです……! すまないがダリウス、それ以上追い打ちをかけないでくれ。あのゴリゴリを倒す方法を模索するのに夢中で、丸っきり頭の中から抜け落ちていたんだ……
『あーあー、アリーシャの花畑で折角作った霊薬なのに、もったいないのう』
止めて!? 心が、心が痛いから!
『分かった分かった。取り敢えず、一本いっておけ』
ダリウスに出してもらった霊薬を頭から被る。すると煩いくらいに頭の中で響いていた耳鳴りが、そして体の痛みが次第に弱まっていく。この霊薬、ゾンビ化のような状態異常以外の傷に対しては、本当に万能だ。身に染み渡る有難味……! ただ、この羞恥心と罪悪感は未だ癒えず。
「ベクト、顔が赤いぞ? 霊薬を使っても完治しないとなれば、何らかの状態異常に罹ったのではないか?」
「違う、違うんだ、オルカ。この件に関してはノータッチでお願いしたい……!」
「……? そうか?」
これ以上ツッコミを入れられると、本気で俺のハートが駄目になってしまうので……!
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