第23話 赤き者
店内へといの一番に突っ込んで来たゾンビは人型、これまで俺が相手をしてきたゾンビ君と見た目は同じだ。だが肌の色合い、この点だけは明確に異なっていた。通常のゾンビ君が血の気のない不健康な肌色をしているのに対し、こいつは頭から血を被ったかのように、全身が血色に染まっていたのだ。目まですっかり充血してしまっている。しかし真に注目するべきは、その禍々しい色合いなどではなく、その身に宿す身体能力だった。
「ウアッ……」
『相棒、来るぞっ!』
純粋に足が速く、そして強い。配置していたゾンビ君は敵の突入と同時に一蹴されてしまう。駆け出せば足が折れてしまいそうだったゾンビ君とは異なり、この赤ゾンビ君(仮)は普通の人間の如く全力疾走して来る。走るゾンビなんて反則だろと、俺は強く申し立てたい。
「鳥のゾンビもそうだけどさ、腐ってんのに飛ぶな走るな!」
『そうじゃそうじゃ!』
赤ゾンビにツッコミを入れつつ、『統率・屍』で命令を送る。すると赤ゾンビはピタリとその場で止まり、むき出しにしていた敵意をも収めてくれた。どうやらこの赤ゾンビ君にも、まだ能力による命令は可能なようである。どんな能力を持っているのかは分からないが、通常のゾンビ君とは一線を画す身体能力は重宝する。激しい動作をしても四肢が無事な辺り、耐久性も高そうだ。一先ず、これで手駒を一体確保。
「ウアァーー」
「ダァクヴァアーーー……」
そうこうしている間にも、三つの侵入経路からは次々とゾンビ達が溢れ出そうとしていた。種類はどれも人型、但し通常種と赤色が入り交じった混合部隊だ。酒場の外にもまだまだいる気配があるし、頭数だけでもアリーシャを助け出した時以上にいそう。もしかしてこの辺り一帯のゾンビが集結しているとか、そんな冗談はないよね? 流石にそれは骨が折れますよ、ええ……!
ただまあ、だとしても俺の取れる策は一つしかない。目の前に現れた赤ゾンビを仲間に加えて、他のゾンビ達を次々に駆逐する、その一択である。俺の予想通りというべきか、やはり赤ゾンビは通常のゾンビよりも随分と強いらしく、さっきみたいに一対一の状態であれば軽々と一蹴できる。彼らを限界数の三体まで揃えれば、大よそ安定してこの場を防衛できる布陣の完成だ。限界数を超えた状態で現れる敵の赤ゾンビと戦う時に限り、相討ちとなってしまう場合もあるが、その時は次の赤ゾンビを補充するまで、俺が頑張れば問題ない。
「ウガ、ァ……」
「よし、次!」
窓から這い出ようとしたゾンビの眉間にダリウスナイフを突き立て、靄となったところを魔具に吸収させる。敵が現れては倒して、赤ゾンビを目にしたら仲間にして、倒されたら即人員補充して。そんな忙しない戦いを繰り返しに繰り返し、もう何分が過ぎただろうか。最早気分はゾンビ殺しの職人だ。倒した敵が消えない仕様であれば、この酒場は既に躯の山が築かれていただろう。そんなにも倒したってのに、ゾンビの襲来は未だ途絶えない。何だこれ? 強制命令の力がなかったら、ピンチどころの話じゃなかったぞ。尤も、安定した戦いは今も続けられている。如何に多かろうと、敵の数だって有限の筈だ。このまま屠り続ければ、終わりは必ずやってくる。
「ウヴォオオオウゥ!」
そんな俺の期待を裏切るように、頭上から酷い大声が降って来た。そう、降って来たのだ。既存の侵入経路ではなく、天井を突き破ってのご来店である。叫び声の主を念頭に置いていた俺は、落下してきた瓦礫や巨大な何かを回避する事に成功。但し仲間の赤ゾンビ一体は、立ち位置が悪くそれに巻き込まれてしまい、見るも無残な姿になってしまう。
「ウヴォヴォヴォアァ……!」
「あ、ああ、お前も忘れちゃいないって。な、ダリウス……?」
『忘れてはおらんかったが、これは予想以上かもしれんのう』
今まで目にしてきた黒霊達は、腐敗して動く屍となってからも、元となる生物の種類が分かるものばかりだった。だが、俺が今見上げているこいつは初となる例外になる。無理矢理に喩えられるとすれば、物凄くでかいゴリラだろうか? 但し全身の毛はなく、不自然に発達した筋肉が皮膚を食い破り、顎が外れているかの如く口がガパリと開き切っているから、シルエットのみでの喩えになるのだが。全身の筋肉繊維がむき出しになっているからなのか、赤ゾンビのようにこちらも真っ赤っ赤。ギョロギョロとした両目も気色が悪いと感じたのが、俺の率直な感想だ。
いやいや、これはどう考えても別次元のクリーチャーでしょうよ。何この筋肉ダルマ? 肉体が腐っているようにも思えないし、明らかにゾンビの類でもないぞ。現れた途端に聞いた事もない声で吼え続けてるし、これはもう殺られる前に殺るしかないよね! ダリウス、頑張ってあの筋肉を引き裂いてくれ!
『折れなきゃええのう、ワシ……』
「急に気弱になるの止めてくんない!?」
しかし、なるほど。狙うならあの分厚い筋肉よりも急所、ダリウスはそう言いたいのか。先手を取ろうにも、ただ突貫しただけでこの筋肉ゴリラを倒せるとは、流石に俺だって思っていないさ。ごっりごりのパワータイプっぽいし。
『ほう、ゴリラだけに?』
……という訳で、侵入口の迎撃は一旦ストップ。新たに仲間を補充して、支配下にある赤ゾンビ三体の矛先を、全て筋肉ゴリラに変更する。
「行け」
「アァー……」
赤ゾンビ達に細かな指示を出すのは無理だ。よって大雑把に標的をゴリラとし、牙や爪であの肉体を傷付ける事ができれば御の字、そうでなくとも攪乱要員として期待する。俺が狙うは弱点と思われる頭部もしくは首だ。ただ心臓は分厚い筋肉で刃が届きそうにないから、そこは除外かな。赤ゾンビの強襲は三方向から、俺は時間差をつけてゴリラの死角から攻め込む。
「ヴァヴァアァーーー!」
俺達が迫るや否や、筋肉ゴリラはその丸太のような腕を振り上げ、一番近くにいた赤ゾンビに狙いをつけた。しかもその際、振り上げた腕が突き破った天井の側面に接し、新たな瓦礫が再び周囲に落下する。天井を壊す事で攻め手の足を乱す。この時俺はあの筋肉ゴリラが、攻撃の準備と同時にそれを狙ってやったのかと、思わず戦慄してしまった。圧倒的な威圧感を放つ肉体、更には戦術を考える知性まで備わっているとすれば、手の付けようがないからだ。
―――ドォガァァーーーン!
「ウヴァッ……!?」
……そんな俺の恐怖心は即座に解消された。落下した瓦礫の一部、それも割かし大きなサイズのものが、ゴリラの頭部に直撃したのだ。それはもう、凄い音と共に直撃した。どうもゴリラは上から瓦礫が落ちてくるとは欠片も考えていなかったようで、両手で頭を抱えている。結局振り上げた腕が攻撃に回る事はなく、凄まじく頭が痛むのか表情も苦し気だ。見た目は怖いが頭は悪し。戦慄した心もいと癒し。
『どうするんじゃ、この空気……』
「うん、まあ――― 突撃ぃ!」
冗談みたいな状況になってしまったが、チャンスはチャンス。ゴリラには悪いけど、気にせず四方から攻撃させてもらう。
「ウアアッ……!」
両手で頭を押さえるゴリラに対し、赤ゾンビが容赦のない攻撃を放つ。鋭い爪は分厚い筋肉の表面に傷を付け、噛みつかれた箇所からは血が流れている。致命傷にはなり得ないだろうが、それでもダメージには違いない。展開は良好、後は俺も攻め手に加われば、勝利はグッと近付いてくれる。
「ヴォ」
―――次の瞬間、俺の仲間の赤ゾンビが三体同時に、それも粉々になって吹き飛んだ。 ……は?
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