第22話 叫び

 まさかの出来事ではあるが、起こってしまったからには行動に移るしかない。打ち合わせての通り、青霊は俺が救助する。そうオルカに目配せすると、彼女もそれを察して頷いてくれた。


「あれっ? お客さん、テーブルの上に空皿があるけど、もう食べ終わった後なの? 私、お客さん達から注文取ったっけ?」

「……いや、注文はしてないかな」

「それじゃあ持ち込み? 駄目だよー、持ち込みは反則! ここは飲ませて食わせて金を巻き上げる、清く正しい酒場なんだよ! 楽しく馬鹿騒ぎできる場所を提供しているんだから、しっかり注文はしてよね。という訳で、ご注文は?」


 青霊の少女は意地でもオーダーを取りたいようだ。が、ここは既に廃墟となった酒場の幻影。注文をしたとしても、頼んだものが出てくる事はないだろう。


「って、あれ? ここ、どこ? 私、猫屋にいた筈だよね? 何でこんな薄気味悪いところにいるの? お客さん、何か知ってる?」

「……君、なんで自分がここにいるのか、分かっていないのか?」

「分かる筈ないよー。だって私、いつも通り仕事をしていただけだもの。でも不思議よね。お客さん達のテーブル、うちで使ってるものと同じだ。よくよく見れば、ここの内装とかも似ているところがあるし…… ううーん?」


 頭上に大きなクエスチョンマークを浮かべながら、首をひねる少女。記憶にある酒場の光景とこの場所を、懸命に頭の中で比べているようだ。その隙を突いて小声でオルカに確認。


「なあ、もしかして青霊って、記憶がないのが普通なのか?」

「記憶がないというより、自分が死んでしまっている事を知らないんだ。大抵の青霊は発生と同時に酷く混乱し、大声を上げるなどして黒霊を呼び寄せてしまう。従って探索者と出会うよりも前に、黒霊に食べられてしまう場合が多い。青霊との出会いが稀有なのは、そういった理由もあるんだよ。しかし、本当に凄いな。青霊が目の前に現れるなんて経験、少なくとも私にはないし、他の探索者からも聞いた事がない」


 オルカは物珍しそうに、店員の少女の周りをぐるぐると回り始める。奇跡的に考え中の少女には気付かれていないようだったが、失礼だから止めとけと促しておいた。


「しかし、どうしたものかな。普通であれば黒霊に襲われる前に駆け付け、敵を排除する事で青霊の助けを借りる事ができる。ただ彼女の場合、まだ黒霊には襲われていない。黒霊が集まる前に救出したいところだが、さて―――」

「―――ウヴォオオオォォーーー!」

「な、何っ!? 何の音!?」


 不意に酒場の外から聞こえてきた叫び声に、少女が驚き身を竦める。


「……どうやら、やっこさんが到着したみたいだ。聞いた事のない咆哮だったのはちょっと気になるけど、まあやるしかないよな」

「ベクト、気を付けろよ。青霊に惹かれてやって来る黒霊には、希少種や別エリアの者が含まれる場合がある。あの叫び声はこれまで戦ってきた者達とは、明らかに異なるものだ」

「あ、あの~、私馬鹿なんで、ちょっと話についていけないんですけど…… 今の獣の遠吠え、ううん、もっと酷い声だったのは何? これ、どういう事? うちのマスターが酒場のリニューアルを失敗したとか、そういう事じゃないの?」


 どんなリニューアルをしたらこうなるんだ。熟考した末にそんな考えに行き着いたのか…… いや、まあ、うん。現実的に考えれば、あながち的外れでもないか。


「店員さん、君の名前は?」

「わ、私? 私はサンドラだけど……」

「サンドラか、良い名前だ。俺はベクト、こっちはオルカっていうんだ。突然な事ばかりで驚きっ放しだとは思うけど、まずは落ち着いてくれ。変に混乱したって、この変な状況は解決しないだろ?」

「う、うん」


 サンドラと視線を合わせ、可能な限りゆっくりとした口調で言葉を綴っていく。時間が惜しいが、ここが肝心だからな。幸いにもサンドラは、俺の言葉に頷いてくれた。なかなかに肝が据わった子だ。ありがたい。


「ここはサンドラが働いている酒場と微かに似ているけど、実際には全然違う場所だ。君は悪い奴らに捕まって、ここに連れて来られてしまった。サンドラが眠っているうちにね」

「ああ、だから記憶が曖昧なんだね! 良かった~。私が馬鹿だから覚えてなかった訳じゃないんだ!」

「ハハッ、気にするのはそこかぁ」


 ただ、今はその天真爛漫さに助けられてる。眠らされて攫われたとか、理由付けとしては、かなり苦しいところだった。


「でも、悪い奴らって? 盗賊みたいな?」

「いいや、場合によってはもっと悪い奴らだよ。奴らはサンドラが目覚めた事を察知して、今この場に向かって来てる。さっきのでかい声、聞こえただろ?」

「あ、あの声の主がここに来るの? どう考えても人間の声じゃなかったよね? それくらいは私にも分かるよ。あれは料理しても、絶対に不味くなる類の声だ。前菜にもならないよ!」

「お、おう?」


 確かにゾンビ系の敵だった場合、絶対に料理の材料にするべきではないけど…… う、想像するのは止そう。戦う前から気持ち悪くなってしまう。


「不安になる気持ちは分かるけど、どうか安心してほしい。俺達は君を助け出す為にここに来たんだ」

「私を、助けに……?」

「そうだ。悪い奴らはきっと俺が倒してみせる。だから、サンドラはオルカと一緒に身を隠していてくれないか? そうだな…… この辺りだと、そこのカウンター裏が打って付けだろう。敵がサンドラの場所に気付かないように、俺が良いと言うまで悲鳴を上げたりするのは我慢だ。いけそうか?」

「わ、分かった。けど、お客さん…… ベクトは大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。それでも心配なら、俺が勝つ事を祈って、あ、いや、神様は信用ならないから、心の中で応援をしてくれ。サンドラのその応援が、きっと俺の力になるからさ」

「……うん!」


 力強く頷いた後にオルカに連れられ、酒場のカウンター裏へと移動するサンドラ。良かった、彼女が錯乱するような最悪の展開にはならなかった。オルカも密かにグッドサインを出している辺り、俺の説明は合格ラインを越えたみたいだ。


「頑張れベクト! 私がここから応援しているよ!」

「すまないがサンドラ、敵に見つかるから少し静かにだな」

「お、応援は心の中で頼むな……」


 カウンター裏から拳を突き上げ、サンドラが俺を鼓舞してくれた。それ自体は嬉しいしありがたい事だけど、うーん…… 今みたいに熱が入った彼女が、うっかりカウンターから体を出さないかが、ちょっとだけ心配。


「ウゥー……」


 っと、そうこうしているうちに、もう直ぐそこにまで黒霊達が来ている感じだ。侵入口はスイングドアのある出入口、その左右の壁にある窓ってところか。入り口のゾンビ君も警戒モードである。


『じゃが、どれも一度には一人分しか通れぬ道幅よ。相棒の力を上手く活用できれば、先頭の者から順々に倒していけるじゃろう』


 ……さっきもだったけど、ダリウスって唐突に喋り出すよな。


『ワシは空気を読める名剣なんじゃって。茶々を入れる時と場所は選ぶわい。良い雰囲気の時は特にな!』


 選んで入れるんかい。それよりも、さっきの叫び声は聞いたか? 明らかにそこいらのゾンビじゃなかった。


『うむ。ここはアリーシャを助け出した場所よりも、少しばかり黒の空間の奥地へと足を踏み込んでおる。青霊に惹かれた強敵というやつじゃ。相棒、多少強くなったからとはいって、油断して良い敵ではないぞい』


 ハハッ。油断なんて贅沢な事、この世界じゃ俺にはできそうにないよ。じゃ、お互いに全力を尽くして、勝って救って生き残ろうか。


「ウゥアァアーーー!」


 ダリウスナイフを抜き、カウンター側を背に侵入口と対峙する。一目散にドアから侵入してきた敵は、これまでのゾンビとは異なる肌色をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る