第17話 目標

 オルカから探索のお誘いが来たので、帰還したばかりではあるが、俺は再び黒の空間へと移動する事に。忙しなく行動する俺の様子に、アリーシャはとても心配そうだった。というか、実際に心配された。


『お、お兄ちゃん、急に独り言が多くなったけど、大丈夫……? えと、驚いたり無表情になったりジャンプしたり、表情もすっごく変わるし…… 辛い事があるのなら、私に相談してね……?』


 ちなみにこれ、通話の後の事である。お兄ちゃん、超ショック。ゼラは理解した感じだったけど、傍から見たら確かにそう映るよね。そんなしょっちゅう心配されては堪ったもんじゃない。俺は大袈裟なリアクションを控えようと、そう心に決めたのだった。


「到着っと」

「ベクト、来たか」


 黒の空間へとやって来ると、既に小屋の中にはオルカがいた。ん? 何やら脇に小さな黒板のようなものを置いている。オルカの持ち込み品だろうか?


「オルカ、もう来ていたのか。待たせたか?」

「いや、私も今来たところさ。時間的にはちょうどだよ。で、それが新装備か? うん、良いと思うぞ。動きやすく目立たない、良い装備だ。それに、随分と男前になった」

「そ、そうか? オルカに言われると、ちょっと自信がついちゃうな」

『相棒、社交辞令って知っとる?』


 相棒、黙りんさい。


「フフッ。ところで、我々は無事に合流できた訳だが、これで耳飾りの力は完全に証明できたかな?」

「ああ、うちの案内人にも効力を確認してもらったけど、オルカの説明の通りだった」


 オルカから借りた縁故えんこの耳飾には、通話の他にもある機能が備わっている。それが白の空間から黒の空間に移動する際の、タイムラグの修正だ。本来、白から黒の空間へ転移する際には、ランダムな移動時間を要する。その長さは数分から数日と、転移してみるまで、どれだけの時間が掛かるのか分からない仕様なのだ。以前、俺もオルカにこの点を指摘させてもらったが、この仕組みが探索者同士が手を組むのを最も阻害していると言えるだろう。中には安全エリア内で根性で待つ者もいるそうだが、それはレアケースに過ぎないらしい。


「この耳飾りがあれば、到着のタイミングを同時にする事ができる。ハハッ、探索者同士が協力するのなら、これ以上に便利なものはないよ。オルカの知る他の探索者にも、これを同じものを持つ奴はいるのか?」

「………」

「オルカ?」

「あ、ああ、私が知る限りでは、縁故えんこの耳飾を持つ者はもう一人いる。私と同じ、女の探索者だ。以前会った時は誰とも組んでいる様子はなかったが、今はどうしているかな」


 何だ、変な間があったな? それに、オルカの口調に僅かな違和感がある。嘘を言っているようには思えないが…… ダリウス、これは突っ込んで聞いて良い案件だと思うか?


『うーむ。経験豊富なワシの目によれば、娘っ子はあまり言いたくない様子じゃ。無理に聞けば、嫌われるかもしれんのう』


 よし、ならば聞かぬ。その女の探索者と何かあったのかもしれないし、言う必要があるのなら、オルカから言ってくる。そういう事だな、相棒!?


『そういう事じゃ!』


 ダリウスとの変なテンションの会話で、探索へのモチベーションを上げていく。よっしよし、折角の共同探索だ。張り切って、かつ慎重に行きますかね!


「それじゃ、そろそろ探索に出発しようか」

「待てベクト。探索に急ぐ気持ちは分からないでもないが、まず最初に話しておく事がある」

「あぐうぅ……!?」


 皮鎧の首根っこをオルカに掴まれ、強制的にバックする俺の体。首が絞まったせいなのか、一瞬呼吸ができなかった。


『相棒、ダメージ喰らっとるぞ。具体的には、耐久値が半分ほどまで減っておる』


 そいつはやべぇ。そしてつれぇ。首が取れるかと思った。


『霊薬出す? 一本いっとく?』


 一応いっとく。流石にこんなふざけた死に方は嫌過ぎる。オルカの天然行為、扱いを間違えると死ぬ可能性が本気あるかも……


「す、すまん。ちょっと力が入り過ぎたようだ……」

「ごほっ、ごほっ……! き、気にするな、って…… そ、それで、話とは……?」


 出した霊薬を首に振り掛けながら、オルカの方へと向き直る。


「その、今後暫く行動を共にするのだから、私達の間での取り決めを決めておこうと思ってな。万が一に青霊せいれいと出会った場合などの対処を、今のうちに話しておきたい」

「あ、ああ、なるほど。チームを組んでるといっても、助けた青霊せいれいを宿すのは一人だもんな」

「そうだ。その辺をしっかり決めておかないと、後々に内輪揉めに発展する恐れがある。そこで、私は提案する。共同で探索している間は、ベクトに発見した宝箱や救出した青霊せいれいを全て譲りたいと思うんだ」

「はい!? それ、オルカにメリットが全くないじゃないか。流石にそれは……」

「いや、ベクトと組む上での最初の目的は、君を探索者として成長させる事にあるんだ。これはその為の土台作りだと思ってくれ。もちろん、強くなってもらう為に黒霊は極力ベクトに倒してもらうし、私はピンチの時以外は手を出さないようにする」

「強くなれなければ、黒の空間の奥地にも行けない。まずはオルカと並んで戦えるようにしないと、って事か?」


 要は今の俺では単なる足手纏い、ってこった。オルカの口から正直に言われる事はないだろうが、それは俺が一番自覚している。何と言っても、オルカがちょっと引っ張っただけで、死にそうになったくらいなのだ。装備が新調されてなければ、あの時点で死んでた可能性まである。いや、マジで。


「まあ有り体に言えば、そういう事だ。その為には私は全力指導を行うし、個人的な相談も受け付けよう。何、焦る事はないさ。この『屍街かばねがい』で、着実に力をつけていこう」

「了解、死なない程度に頑張らせてもらうよ。ところで、屍街かばねがいってのは?」

「ん? ああ、この女神像のある座標に記されていた場所の名前さ。そういえば、私と最初に会った時、ベクトは地名を知らない様子だったな。白の空間で転移の祈りを捧げる際、黒の空間で祈った事のある女神像が複数あると、そこで転移先の一覧が表情されるんだ。そこに記されていたこの場所の名前が、屍街かばねがいだったという訳さ」

「……もしかしなくても、それも俺が新米だって判断した要因の一つか」

「ハハッ、まあそうなる。新米脱出の為に新たな女神像を発見するのも、目標の一つに加えようか。新米探索者ベクトの大目標は死の巫女を見つける事、中目標は各地の大黒霊を討伐する事、そこに至る為の小目標は魔具を十分に強化し、装備を整える事、それに伴い青霊せいれいを助け、白の空間にある拠点を強化する事、そしてより多くの女神像を見つける事だ。まずは小目標から、コツコツ積み上げていこう」


 心なしか、そう力強く語るオルカの瞳が、眩く輝いているように見える。俺は彼女が鬼教官でない事を、心から祈る事くらいしかできなかった。 ……あれ? さり気なく新しい単語出てきてない?

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