第18話 希少種

「よっと」


 霊刻印の能力で棒立ちにさせたゾンビの首を、ダリウスナイフで軽快に掻っ捌く。俺が操作しているので反撃される訳でもなく、ゾンビはそのまま霧となってダリウスに吸収された。よし、こいつで本日の通算十体目だ。


「ふーむ、その能力は本当に便利なものだな。弱いながらも凶悪な能力を有する屍に対し、何の危険も冒さずに倒す事ができる。楽が過ぎて勝負勘が鈍りそうなのは難点だが、何かと死にやすい新人探索者の成長を促す為だと考えれば、それほど悪い事でもない。ベクト、その力はどんな黒霊から手に入れたのだ?」

「女型のゾンビから、だったかな? その時はそいつが周りのゾンビ達を操って狂暴化されちゃってさ、危うく俺もゾンビの仲間入りするところだったよ。ハハハ」

「笑える話じゃないだろうに…… しかし、それらしき黒霊はこの辺には見当たらないようだが」

「そういやそうだな。今日はもう結構狩ってるってのに、まだ一度も出会ってないっけ。男のゾンビばっかだ」


 俺達は今、女神像があったボロ小屋から大通りの道を横切り、目についた黒霊を殲滅しながら移動をしているところだ。前回の探索は武具店のみだったが、今回からは漸く探索者らしく、未知のエリアに足を伸ばしてみようという試みだ。つってもまあ、まだこの辺はオルカが俺と出会う前に女神像を探していた区域らしく、全くの未知という訳でもない。


「ふーむむ…… 恐らく、その女の屍はこの辺りの希少種なのだろう」

「黒の空間は通い慣れた道でも、いつも同じとは限らない。黒霊もまた然り、だったか?」

「その通り。滅多に現れないが、一般的に同じエリアの黒霊よりも強く、より厄介な能力を有している事が多いんだ。しかし、数回の探索で希少種に巡り合ってしまうとは…… ベクトは運が良いのか悪いのか、正直微妙なところだな。フフッ」

「それ、笑うところじゃなくね?」


 まあ、実際あの時はアリーシャを助ける前にも女ゾンビと戦っていたし、良い悪いは別として機会には恵まれていたと思う。いやはや、たまたま運よく生き残れたけど、よくよく考えてみるとゾッとする話だよ。


「ちなみにさ、アレはその希少種とやらなのかな? さっきはかなり苦戦したけど」


 俺はダリウスの剣先を空に向け、ある方向を指し示す。真っ赤な空にちらほらと映る黒い物体、鳥さんである。鳥さんは鳥さんでも、この屍街かばねがいにお住みの鳥さんは皆漏れなく腐っている。所謂鳥ゾンビさんってやつだ。


 ここまでの道中で、道端の枯れ木に留まっていた奴をたまたま発見したんだが、予想通りというか、その鳥ゾンビさんも俺が近くを通るなり、急に襲って来やがった。俺の中ではもうすっかり敵認定&要注意黒霊となっている。今まで倒してきた男ゾンビより脆い代わりに、剣で倒すには的が小さく、何よりすばしっこくて厄介な敵なんだ。唐突に空から襲われるとかなり焦る自信があるので、現在は周りだけでなく空も要警戒中である。


「希少種はあんな風に群れるものではないよ。ごく普通にこの場所に現れる黒霊の一種だろう。それにだ、苦戦したといってもこれまでの屍共と同様、命令をすればベクトに従っていたじゃないか。敵の方から地面に寝転び、剣で倒されるのを待っているだなんて、戦いとも呼び難いぞ」

「いやー、腐ってるから効くかなと思ってさ。案の定効果覿面で助かった」


 本来空を飛ぶ鳥なんて、剣で戦うべき相手じゃないだろう。正直操作能力がなかったら、ここでかなり足踏みしていたと思う。見た目からして、あの鳥もゾンビのような感染系の霊刻印を持っていたかもだし。つかそもそもの話、腐ってるのに飛ぶなとツッコミたい。


「ベクト、今はそれで十分だが、あまり慢心するなよ?」

「ああ、分かってるよ。操作できるとはいっても、所詮はレベル1の霊刻印。って事は、屍の相手でもいずれ効かないのが出て来るのは目に見えてる。操れる頭数にも限りがあるし、俺自身の力で戦っていく事にも慣れていかないとな」

「む、よく理解しているじゃないか。そうと決まれば早速だ。次に見つけた黒霊は能力を使わずに戦ってみよう。可能ならば、集団を相手にしたいところだ」

「うえ、いきなり集団戦かよ……」

「まあそう身構えるな。何度か白の空間で魔具の強化を行っているのなら、最初に戦った頃より随分と楽に勝てると思うぞ? 装備もしっかりと整えているのだから、着実に強くなっているだろう」

「そ、そんなに褒められるまでは、強くなってないと思うんだが……」


 そりゃあ、最初の1ばかりのステータスの頃よりはマシだろうけどさ。実際には装備の恩恵で、頑強が辛うじて十の位に届いている程度だぞ?


「分かったよ、りょーかいだ。死なず倒れず諦めずで頑張ってみるよ。けど、オルカだって注意してくれよ? オルカは俺と違って、感染の耐性がないんだ。もし何かあったら、俺に構わず帰還してくれ。俺、それで前にすっげぇ苦しい思いをしたからさ」

「……フッ、ベクトは優しいな。だが、確かにそうだな。精々不覚を取らぬよう、私も気を付けさせてもらおう。っと、あそこを見ろ。早速手頃な黒霊がいたぞ」


 そう言ってオルカが大通りの奥、馬車らしきものが倒れているところを指し示した。そこいたのは、今や見慣れたゾンビが四体――― いや、今までと少し違う。ボロボロに錆び付いたものではあるが、全員農具らしきものを手に持っている。しかも、そのうちの一体の頭の上には、何と鳥ゾンビ一羽留まっている。 ……頭に留まっている!? 何それ、そういうのもアリなの!?


「うん、見るからにちょうど良い。さ、ベクト!」


 行けと言わんばかりの輝かしい瞳で、俺を見詰めるオルカ。いや、待てと。


「あの、オルカさん? あの黒霊、初めて見るタイプの奴らだと思うんですけど……」

「大丈夫だ。アレらも前回の探索中に倒した事があってな、身体能力は通常の屍とそう変わらず、所持している霊刻印も同じものだったよ。武器を巧みに扱うような能はない。だから、大丈夫だ!」

「えっと、頭の上に鳥の黒霊が留まっているんだけど……」

「それも大丈夫だ。ここに来るまでベクトの動きを観察していたが、あの鳥にも十分に通用すると確信した。だから、大丈夫だ!」

「………」


 こうまで自信満々に言われてしまうと、俺はもう何も言い返せない。どうしよう、凄まじく期待されてるぞ、俺。


「そ、そこまで信頼してくれるのなら、まあ行くけどさ…… 万が一の時は骨を拾ってくれよ?」

「む? おかしな事を言うじゃないか。探索者が死んでも骨は残らんぞ? 時間経過で黒霊になってしまうからな。だから、すまない。その時は骨を拾ってやれない」

「………」


 冗談も通じないときたもんだ。しかもそれ、今はあまり聞きたくない情報である。オルカは基本的に俺の安全を重視してくれる指導方針だが、どうも稀に天然が発揮されて、思いもよらぬ方向に向かう節がある。今回のこの信頼が、その変な方向に向かわない事を祈っておこう。


『おっ、久方振りの本当の戦闘か? どれ、ワシも起きるとするかの』


 お前、ダリウス…… 随分と静かだとは思ってたけど、もしかして寝ていたのか? いや、それ以前に剣って寝るのか?


『馬っ鹿もん。若い男女の密会を邪魔せんようにと、気を遣っておったに決まっておるだろう! 娘っ子の方も、魔具に喋らせないようにしておったようじゃしな』


 あ、そうか。そういやオルカの持つ剣も魔具で、ダリウスみたいに話す事ができるのか。ダリウスはまだ俺との会話限定だけど、オルカの魔具は大分成長しているだろうし、やろうと思えば実際に話す事もできんのかな?


『あれだけ魔具が成長していれば、恐らく使い手の心の中でだけでなく、実際に言葉を発する事が可能じゃろうて。それはさて置き、相棒。さっきから娘っ子が、ずっと相棒を見ておるぞ? そろそろ覚悟は決まったか?』


 うん、お前と話していたら、余計な不安が吹っ飛んだよ。じゃ、今の俺の地力を試しに行こうかね。

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