第14話 礼
この黒の空間で警戒すべきものは、凶悪な黒霊だけとは限らない。未探索の場所には罠が仕掛けられている可能性があり、その罠自体にも実に様々な種類が存在するのだ。即死級のトラップが作動する類もあれば、周囲に黒霊を大量に召喚するという恐ろしいものもある。探索者が憎むべきそんな罠の中で、オルカは数十分ほど前に転送のそれに掛かってしまった。これは広大な黒の空間のどこかに、全くのランダムに対象を転送してしまうという、運が悪ければ最悪の事態に陥ってしまうトラップだ。俺がもしそんな罠に掛かってしまったらと考えると、本当に恐ろしい思いしか生まれない。
幸いにもオルカは俺とは比べ物にならないほどに強く、この辺りの黒霊であれば容易に倒す事ができる。だがしかし、この土地を知らないという事は、白の空間の帰還に必須となる女神像の場所も分からない事に繋がる。要は見知った場所を発見するか、新たな女神像を発見しない限り、安全地帯に帰る事ができなくなってしまったんだ。途方に暮れていても仕方ない。オルカはしらみつぶしにこの廃墟街の探索に当たり、この武具店からの物音を聞きつけ今に至る――― という流れらしい。
「体験談を聞くだけでも鳥肌が立ちます、黒の空間トラップ群…… ちなみにまだ俺、そういった罠の類には出くわしてないんだけど、それって運が良かっただけ?」
「いや、それはこの辺りが初期転送ポイント付近だからだろう。これは私の経験談になるのだが、新人が最初に訪れるような場所には、危険な罠が殆どないんだ。この区画をそれなりに探索してみたが、やはり罠らしき仕掛けはなかったよ」
「それなら安心、か?」
「今のところはな。だが、どんな場所だろうと油断はしない事だ。この黒の空間は見知った場所でさえも、次の探索時には新たな道、未知の敵が出現する事がある。仮に今は大丈夫だったとしても、探索を続けていれば、いずれは殺意に満ちた罠エリアに行く着くだろう。その時まで生きていると良いな、ベクト」
「いや、縁起でもない事を言わないでほしいんだが……」
「縁起の良し悪しの問題じゃないんだ。比較的安全な筈の最初の転送場所でさえ、新米の約半数はそこで命を落とす。死なず、諦めず、二度三度と探索に身を投じられているベクトは優秀だよ」
は、半数が、死―――!? 生存率おかしくない!? ま、まあ確かに俺も死にかけたけどさ。比較的安全という、こんな場所で。お世辞にも優秀と言ってくれるのは嬉しいが、うう、これは先が思いやられる……
『相棒、そう気弱になるな。ワシの目から見ても、相棒は探索者として良い線いっておる。あの女騎士に負けないくらい、胸を張っても問題ないぞ!』
お前、それセクハラ発言だからな? 確かにオルカの胸は鎧越しにも大きいって分かるけど、実際に言葉にしちゃうのは良くないぞ。
『フッ、じゃってワシの声は娘に届かんし! 相棒の心の中だけに轟き放題じゃて!』
……オーケー、ポジティブにいけって事だな? 励ましてくれてありがとよ。流石に目の保養とする訳にはいかないが、気分は明るくなったよ。こんな世界で美人と会えたってだけで、俺は途轍もなく幸運だ。
『少しばかりかたっくるしいが、まあそれでこそ相棒か。その調子で頑張ってくれい』
ラジャラジャ。暫くは死んではやらんよ。
「ほう、一瞬心に影を落としたかと思ったが、もう立ち直ったのか。やはりベクトには素質があるよ。胸を張って良い」
「そ、そうか? あー、うん、ありがとう……」
「?」
ダリウスと同じような事を言われ、少しばかり動揺してしまう。大変不純な動機で申し訳ないのですが、その胸とやらで元気付けられたんですよ。ごめんなさい、ほんっとにごめんなさい……
その後、オルカに女神像の場所を教える為、俺達は最初のボロ小屋へと移動する事に。俺が武具店の探索をしている間にオルカが一掃してくれたお蔭なのか、その間にゾンビとエンカウントする事はなかった。
「ここが俺のスタート地点、女神像がある場所だ」
「なるほど、こんなところあったのか……」
安全地帯であるこのエリアに入った事で、今まで気を張っていたオルカの表情が和らぐ。俺なんかがこう言ったら失礼でしかないんだろうが、オルカの女の子らしい表情を、この時に初めて見させてもらった気がした。武人から女の子へ、って言うのかな? まあ、そんな事を思うくらいの役得はあっても良いだろう。そう勝手に納得させてもらう。
「ベクト、改めて礼を言わせてくれ。本当に助かった」
そう言って、深々と頭を下げるオルカ。突然の謝辞に、俺は再び動揺する。うん、今日はなぜなのか動揺してばかりだ。
「いやいやいや、オルカなら俺が教えなかったとしても、いずれは見つけていただろ!? 俺は全然大した事はしてないんだ。そんなに頭を下げないでくれ、逆に困るから!」
「それこそ、いやいやいや、だよ。君にこの場所を教えてもらっていなかったら、私は何日間も黒の空間に拘束される事になっていた。探索が長引けば気が滅入り、集中力もなくなっていく。散漫な状態では隙が生じ、予期せぬ事態を招いてしまうもの。だからこそ、ベクトには感謝しているんだ」
「え、ええっと……!?」
オルカの綺麗な顔で微笑まれてしまったら、俺はこれ以上反論できない。完全降伏である。
「それにだ、女神像の発見というものは、探索者にとって大きな功績となるものなんだ。本来であれば、情報と等価値となる何かしらの対価を差し出すべきなんだが……」
「女神像の発見って、少し大袈裟だよ。俺は黒の空間のスタート地点として、最初にここへ転送されただけなんだ。別に俺が苦労して発見した訳じゃない」
「経緯はどうであれ、私に有益な情報をもたらした事には違いないだろ? ちょっと待ってくれ。借りをそのままにしておけるほど、私は無礼ではないつもりなのでな。手頃な装備などを渡せたら良いんだろうが、初期に近い能力値で身につけられるような装備はないし、ううむ……」
オルカは顎に手を当て、何かを考えるような仕草を取る。代わりに良い表情が見れたし、そんなものはいらないと、咄嗟にそう口にしようとした丁度その時、俺の脳内にダリウスの声が割って入って来た。
『相棒、ここで遠慮はするなよ。娘が何かしらの礼がしたいと言っておるのだ。素直に受け取っておけ』
そうは言ってもなぁ。
『謙虚である事は、この世界において害でしかないぞい。綺麗事を並べても、相棒が貧弱新人である事に変わりはない。人の厚意を無下にできるほど、相棒は偉くも強くもあるまいて』
ぐぐ、ダリウスめ。痛いところを的確に突いてきやがる。だがしかし、確かに正論だ。そんな事ができるほど、俺に余裕なんてものはない。大人しくオルカの考えがまとまるのを待つとしよう。
「……そうだ。ベクト、良ければ私と組まないか?」
「組む? 組むって、何を?」
「共に探索を進めるチームを組まないか、と誘っているんだ。単独で行動するよりも余裕ができるし、探索者の先輩として君に色々と指導できると思うんだ。生憎持ち合わせがなくて、こんな礼しかできず申し訳ないのだが…… いや、こんな武骨な女から言われても、ベクトが困るだけ―――」
「―――オーケー、それでいこう!」
俺は即行で了承した。恐らくは決め顔で了承した。
『ええっ…… いくら何でもノータイム過ぎんか? 警戒心が迷子じゃない?』
おいおい、お前だってポジティブに素直に受け取れと、そう言っていたじゃないか。ハッハッハ――― ごめん。オルカの困り顔を見たら、無意識に言っちゃった。反射的に返事しちゃった。
『相棒……』
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