第13話 遭遇
改めて状況を確認する。奥の崩壊した部屋を調べ終わった俺は、扉を潜り店側の部屋へと戻った。しかし、そこには待たせていた筈のゾンビ達はおらず、つい先ほど扉を開けさせたゾンビ君の姿もなかった。いや、それはちょいと語弊があるか。正確に言うのなら、ゾンビ君は靄となっていた。そして現在俺の首に向けられている、この長剣に
つまるところ、俺の味方であるゾンビ達は全滅し、俺自身も死の瀬戸際にいるのだ。俺の命を狙う剣は寸前で止められたが、首に触れるようにして添えられている事に変わりはない。
……やばい! 凄くやばい! 何なんだ、この状況は!? 俺が奥の部屋に行って、こちらに戻って来たのはほんの一瞬の事だ。その一瞬で俺やダリウスに気付かれる事なくゾンビ達を制圧し、俺を待ち構えていたというのか!?
『相棒、下手な事はするな。相手は黒霊ではない。どうやら他の探索者のようだ』
探索者ですと!? あ、ああ、なるほど。だからゾンビ君が剣に吸収されていたのか。でも俺、今動けないから、相手の顔どころか姿も見えないんだけど……!
「自分の得物とそれ以上話すんじゃない。これから私が幾つか質問をしていく。死にたくなければ、嘘偽りなく素直に答えろ」
意外な事に、それは女の声だった。しかもかなり美声、歳は二十代前後だろうか? ただ、声に篭められた威圧感が半端ない。ぶっちゃけ怖い。ダリウス、今はシャラップで頼む。こんな状態ではどうやっても勝てないだろうし、素直に従うとしよう。
「私の言葉を理解したのなら、ゆっくりと一度だけ頷け。それ以外の行動を取れば、その首を落とす」
従います、従います。理解もしましたとも。俺は慎重に、心を込めて頷かせて頂いた。滴る汗の量がやばい。
「お前の名前は?」
「……本当の名前は知らないけど、今はベクトと名乗ってる」
「そうか。ベクト、お前は他に探索者を知っているか?」
「知らない。というか、この世界で会話できる相手と出会ったのは、今が初めてだ」
「次。ここは何という場所だ?」
「何というかって、黒の空間だろ? それは説明の段階で教えてもらったぞ?」
「……なるほど、理解した。どうやら本物の新米のようだ」
彼女のそう言うと、ついさっきまで感じていた異様なプレッシャーが嘘みたいに消え去った。同時に、首に当てられていた剣が遠ざかる。敵ではないと認めてくれた、という事だろうか?
「脅してしまって、すまなかった。何分、私はこの場所が初めてでな。気が立っていたんだ」
「……もう動いても良い?」
「ああ、構わないぞ。止まっていては、面と向かって話す事もできまい」
念には念をと確認を済ませ、漸く体を動かせるようになった俺。これで彼女に向き直る事もできる。さて、うちのゾンビ君を葬ってくれた怪物さんは、一体どんな顔を―――
「………」
「……どうした? 私の顔に、何か付いているか?」
―――何だ、この美人さんは!? そんな叫びが心の中で上がり、ショックが全身への満遍なく届けられる。思わず俺は硬直してしまい、数秒間は口を動かす事もできなかった。ある意味で、さっきの襲撃以上の驚きである。
白と銀で配色された、高貴なる鎧を纏った彼女は非常に凛々しく、同時に目を奪われるほどに美しかった。長いコバルトブルーの髪をハーフアップで纏め、眼光鋭い瞳も髪と同じ色をしている。どこかの国の騎士、なんだろうか? 武人らしい振る舞いに、そんな印象を勝手ながらに持ってしまう。
『あー、やっぱり見惚れてしまっとる。尋問の最中に相手の探索者が美人だと伝えんで、本当に良かったわい。相棒、意地でも見ようとしていたじゃろうし』
いやいやいや、流石の俺でもそこは自重していたさ。でもほら、今は仕方ないだろ。荒廃したこの世界とは似つかわしくない、乖離した容姿の美女が突然現れたんだよ!? ゾンビしか目にしていなかった今回の探索で、行き成り彼女だよ!? 腐から美への振り幅が大き過ぎるわ! 誰だって動揺するわ!
『う、うむ。確かに仕方ないな、ワシも納得じゃわい。それはそうと相棒よ、思いっ切り心が表情に出ておるぞ』
「えっ、表情に出てる?」
「ああ、出ているな。顔が真っ赤だぞ、一体どうした? どこかに怪我でもさせてしまったか?」
「……穴があったら入りたい」
「そうなのか? 丁度そこに、良い具合の穴が開いているぞ? 遠慮するな、思う存分入ると良い」
「あ、はい……」
『うわ、この娘もなかなかに天然っぽい気配がするぞい』
美女に言われるがまま、俺は宝箱を見つけた穴の中へと入るのであった。 ……何なんだ、この状況は?
『ワシが聞きたいわい』
ですよねー。だけど、動揺が収まって多少は冷静になった。床の穴に入ったままではあるが、先に最低限の意思疎通は済ませておこう。
『こんな体勢での意思疎通ってどうなん?』
黙るといい。
「改めて自己紹介するよ。俺はベクト。お察しの通り、つい最近に黒檻にやって来た新米探索者だ。ええと、名前は聞いても?」
「これは失礼した。私の名はオルカ。ベクトと同じく、この黒檻で探索者をやっている者だ。期間はもう長い事になるがな。よろしく頼む」
「あ、ああ、よろしく。ちなみになんだけど、どの辺で俺が駆け出しだって分かったんだ? ええと、オルカさん?」
「呼び捨てで構わんよ。私だってそう呼んでいるんだ」
「……オルカ」
「よし」
なぜか満足した様子の彼女。出会い方は最悪だったけど、どうやら彼女は悪人ではないようだ。ただダリウスが言うように、ちょっと天然な気配はする。いや、かなりするかも。
「なぜ君の事を新米だと分かったのか、だったか。理由はいくつかあるが、まず第一にその服装だ。黒檻に落ちて来た者は、決まって最初に
「……確かに、好んでこんな見てくれのままでいる奴はいないわな」
俺のボッロボロの布とオルカの鎧じゃ、見ただけでも防御力が段違いだと分かる。
「ベクトが案内人から授かった得物は、そのナイ――― コホン、剣か?」
「気を遣ってくれてありがとう。でも大丈夫だ。俺もナイフだと思ってるから」
『魔剣じゃってば、魔剣ダリウス! 将来的には大剣になる予定!』
魔ナイフさんが何やらほざいておられる。あと、大剣は絶対使いこなせないから止めて。普通サイズの剣にして。
「別に貶めている訳じゃないさ。そいつが第二の理由なんだ。その得物、まだ殆ど成長していないだろ?」
「ま、まあ…… やっぱり、それだけで分かっちゃうものなのか?」
「ああ、私の剣も最初はそんなものだったからな。先ほどの服装の件と併せて、それで君が本物の駆け出しだと確信した」
「な、なるほど」
「……しっかりと成長させれば立派な剣になるものだ。決して焦らない事だ」
……もしかして、フォローされてる?
『そうじゃそうじゃ、ワシだって成長すれば立派な魔剣なんじゃ! もっと言ってやれ、娘っ子!』
魔ナイフさん、相手に聞こえないからって好き勝手に言わんでください。俺が恥ずかしいです。
「先ほどの非礼の後で申し訳ないのだが、実は私からもベクトに聞きたい事がある」
「俺に? オルカに教えられるような事なんて、殆どないと思うけど?」
「いや、その心配はないから安心してほしい。探索者なら必ず一つは知っているものだ。その、君が黒の空間に転移する際に使った、女神像の場所を教えてほしいんだ」
「女神像…… ああ、セーフティエリアで毎回祈ってる、あの女神像の事か。でも、どうして? 道にでも迷ったとか? ハハッ、まさかな」
「あー、えーっとだな…… 恥ずかしながら、その通りなんだ。私のミスで、うっかり転送の罠に巻き込まれてしまってな。勝手の知らない土地故、女神像の場所が分からず、白の空間に帰れなくて困っていたというか……」
「何その罠怖い」
そしてオルカ、やっぱり天然。
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