第12話 幸運

 廃墟に1体のゾンビを突入させてから、十数秒が経過した。送り出したゾンビからの反応はなし。どうやら内部に敵はいないようだ。よし、そろそろ俺も行くとしよう。頑張って連れて来たゾンビ2体のうち、1体は見張り役としてこの場に残しておく。しっかりと見張るのだぞっと。


 細心の注意を払いながら建物内に足を踏み入れると、そこは予想していた通り、元々は武具店であったであろう場所だった。古惚けて所々欠損してしまった剣や鎧が壁に並び、部屋の奥には売り買いを行うカウンターが、その後ろには更なる扉が見える。最初の廃屋よりかは随分とマシ、しかし放棄されてから暫く経っている事には変わりなく、全てが荒れ果てた状態だ。


「アァー……」


 ゾンビはそんな部屋の中央で佇み、ゆっくりとした動作で周りを見回している。よしよし、ちゃんと仕事をしているな。


『のう、相棒。今更ながらに気付いたんじゃが』


 うん? どうした?


『目が殆ど見えん此奴らって、斥候や見張り役として機能するんじゃろうか? 雑魚ならまだしも、多少知恵が回る敵がいたら意味がないぞい。相棒だって何度か隠れてやり過ごしておったし。最悪、裏をかかれて不意打ちされぬか?』


 ……この手を使うの、これで最後にしておこうか。


『う、うむ』


 と、とにかくだ、幸いな事に俺の目から見ても、今回は敵がいないんだ。自分達の幸運に感謝しようじゃないか! ほら、偶然にもここ武具店だし、俺達が今最も求めている防具があるかもだ!


『ものは考えようじゃのう。まあ良い、では店内を調べてみようではないか。これだけの数があれば、一つくらい使える装備もあるじゃろうて』


 だな。そいじゃ、一応ゾンビ達に扉周りを固めてもらって…… よし、準備完了! 早速調べてみますかね!


 ―――そんな感じで意気揚々と物色を開始した俺であったが、思いの外に装備探しは難航した。ダリウスの言う通り、確かにものの数はある。あるのだが、どれもこれも予想以上に劣化が激しい。ある程度整った状態で商品棚に並べられていた鉄鎧も、俺が触れた途端に無残に崩れてしまったり、見えないところが錆塗れであったりと、とてもじゃないが着られそうなものはなかったのだ。考えてみれば、この建物と同様、ろくな整備もなしに長い年月放置されていたんだ。そりゃこうもなるってものさ。ハハッ……


「ウゥーアアッ……?」


 乾いた笑いが自然と出てしまうそんな時、不意にカウンター裏からバキリという音がした。咄嗟に身構えそちらを向くと、カウンター裏の扉前で見張りをしていたゾンビの姿が消えている。何だ何だ、ゾンビホラーの次は怪奇現象か!?


『黒霊が床を踏み抜いてしまったようじゃな。特に脆くなっていたんじゃろうて』


 ですよねー。木材が割れるような音がしたから、何となくそうだとは思っていたけどさ。


 武具店のカウンターを横から覗き込むと、床には見事な穴が出来上がっていた。そしてその中では、落下したゾンビがじたばたしている。穴の中は浅かったようで、奇跡的にゾンビ君の四肢は無事っぽい。


 落ち着け、落ち着いて這い上がれ。『感染』があるから手は貸せないけど、君なら這い上がれると俺は信じているぞ。そう、床の端に腕をかけて、ずるずるっとああ腕がっ!


『むむっ! 相棒、どうやらこの穴、床下倉庫に通じているようじゃぞ』

「何ですと!?」


 ゾンビ君への指示に気を取られていたのもあって、ダリウスの知らせに過剰に反応してしまった。危ない危ない、周りに敵がいたら気付かれるところだった。


 けど、床下に倉庫があったのは驚きだ。ここら一帯を探してみた感じ、床下に通じる扉のようなものはなかった筈。隠し扉があった、或いは完全に床で塞いでいたって事だろうか? どちらにしても、地下室の発見には結構期待を寄せてしまう。頑張ってゾンビ君をここまで連れて来て、本当に良かった……!


『さっきから気になっておったんじゃが、急に呼び方が変わったのう。何じゃ、ゾンビ君って?』


 いや、こんな見た目だけど、何か妙な愛着が湧いちゃって。それよりも今は地下だ、地下倉庫!


「どれどれ?」


 ゾンビ君が這い上がれるほどの高さしかない為、地下倉庫に降りるのは簡単だ。と言いますか、俺が屈んでやっと入れる、そのくらいの空間しかない。広さも大した事はなく、両手を伸ばした俺が二人入るかなーと、多少悩む程度のもの。なんつうか、物入って感覚である。置いてあるのは店内の商品同様、埃を被りどれもボロボロになっており――― だ、大丈夫! まだ俺の期待は生きているさ!


「ん?」


 僅かに残った期待に縋り、物置を物色する事数分。俺はガラクタの中から、とある箱を発見した。全体的に黒色で、箱の蓋には謎の紋章が記されている。そしてなぜなのか、この箱は少し異質な気配がする。どうした俺の第六感? そんな突然働かれても、俺は困惑するだけだぞ?


『おお、相棒運が良いな! そいつは『宝箱』、何かしらの有用なもんが入っておるぞ!』


 宝箱ってお前、宝箱ってお前。


『おい、なぜ二度も言いおった?』


 いや、だってさ、あんまりな名称だったんだもの。


『馬っ鹿もん! こんなところで宝箱が見つかるなんて、本当に幸運なんじゃぞ! 何の因果か死の巫女の気紛れか、この黒の空間には隠された宝箱が疎らに存在しておるのだ。野放しにされた剣や鎧とは違い、宝箱から入手できたものは新品そのもの! 中には魔法が付加された伝説級の代物が入っておる可能性もある! これに興奮しない手はないわい!』


 俺としては死の巫女ゲーマー説が、かなり有力になってきたところだよ…… あとさ、もしかしてダリウスって、珍しい武具収集とか好きだったりする?


『めっちゃ好き(はぁと)』


 止めてぇ!? お、俺が言っておいて何だけど、本気で言い方がキモいから…… ま、まあそこまでダリウスが言うのなら、大いに期待し、活用させてもらおう。いざ、オープン! 俺は勢いよく宝箱を開けた!


「……おお?」

『ほう』


 宝箱には衣服やボトムス、ブーツなどの防具が入っていた。見たところ、体に見つけるもの一式だ。紺色を基調とし、局部は革で補強されている。恐らくは着慣れていないであろう鎧よりも動きやすく、それでいて丈夫そうな装備だ。


『これまた折良く防具ではないか。相棒、前世でどれだけ善行を積んでおったのだ?』


 うん、俺も驚いてる。求めていたものが眼前に出てきたもんで、どう反応したら良いものか困ってるよ。と、とりあえず装備する? 装備ってみる?


『浮かれるのも仕方がないが、まずは落ち着け。ここは黒の空間、全てが危険と隣り合わせとなる場所じゃ。そんなところで着替えるのは、危険以外の何者でもないぞい。それにこの装備についても、まだよく分かっておらんしな。確率は低いが最悪の場合、装備が呪われている事もある。白の空間へ戻り、装備をゼラに確認してもらってからでも、決して遅くはあるまいて』


 の、呪い!? 確かに、それはここでは装備できんわ。ガラスメンタルな俺には無理だわ。そいじゃこの装備はダリウスに収納、後はカウンター裏の扉だけ調べて、今回の探索は終わりとしますかね。しかして心配性な俺は、こんな時でも注意を怠らない。扉をゾンビ君に開けさせ、警戒心マックスで挑ませていただく。


 ……探索終了、扉の向こうはただの生活スペースだった。しかも、こちらの部屋は殆ど崩壊していて、有用な道具らしい道具もない。まあ、崩れてしまったのが店側じゃなくて良かったと、そう思った方が良いかもだ。さて、やる事はやったし、愛しのホームに帰るとしよう。アリーシャの顔を見て癒されたい。


『―――っ! 相棒、前じゃ!』

「へ?」


 店側の部屋に足を踏み入れるや否や、ダリウスがそんな叫びを上げた。急な忠告に俺は反応できず、また状況も理解できない。唯一視界に入ったものといえば、俺の首元へと迫る鋭い刃だった。

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