第11話 装備

 俺の仮称がベクトに決まったところで、そろそろ次の探索の準備をする。とはいえ、特に何かを用意する訳ではない。単に俺が気合いを入れたり、次回目標を決めたりするだけだ。


『のう、相棒よ。そろそろ、その服装を何とかせんか? 防御力皆無じゃぞ?』


 服装? このボロ布の事か?


『うむ。もう少しマシな装いにすれば、先の戦いであそこまで重傷を負う事もなかったと思うのじゃよ。鉄鎧とまではいかなくとも、探索者として相応しい装備を整えたい』


 そうは言ってもなぁ…… アリーシャのような青霊、それも鎧とかに由縁のある奴が見つかればそうしたいけど、何分俺には手段がない。そんな青霊が見つかるまで探すってのも、あまり現実的な話じゃないぞ。


『確かに贅沢を言えばそうしたいが、何も装備を整えるだけならば、青霊を保護する必要はない。相棒は黒の世界で、まだ建物の内部を探索していないじゃろ? あの周辺は街中のようじゃし、屋内であれば何らかの装備品が残されている可能性がある。それに確率は低いものの、黒霊を倒す事で装備が落ちる場合もあるぞい』


 え、あのゾンビ倒して何か落とすのか……? ちょっとそれは、あまり着たくないというか……


『あいつらを倒したところで、相棒が今着ているものと質はそう変わらん。狙うならば、更に上の黒霊じゃな』


 次の探索でそこまで無理をする気はないし、やるとすれば屋内探索かな。あの荒れ果てた街に、何かあるとはとても思えないけどさ。ところでさ、黒の世界で発見したものって、こちら側に持ってこれるもんなの?


『相棒が身に付けているもの、或いはワシが収納したものは可能じゃ。もちろん、ワシへの収納には大きさや数に限度はあるがな。今のワシじゃと、相棒が抱えられる程度のサイズで、それらが3つで限界かの。大きさに関係なく、数の枠は適用されるからの。その辺は要注意じゃ』


 ふんふん。その辺に落ちてる小石でも、屋内に置いてあった1人用ソファのどちらでも、枠を埋める1つは1つって事か。ちなみに、いっつもゼラが用意してくれる霊薬とかは別枠なのか?


『別枠じゃな。あれは毎回補充される特別枠、霊薬を使ったからといって、そこへ新たなものを入れる事はできんよ』


 あら、残念。システムの裏をかけるかと、少し期待してしまった。しっかし、聞いてると益々ゲーム染みた話だよなぁ。こんなシステムを管理する死の巫女さん、やっぱり相当なゲーマーなのでは? 俺の疑問は募るばかりです。


 よし、一先ずは目的も定まった。屋内探索で装備品探し、それと手に入れたばかりの能力検証。無理せず安全第一でいきましょう、ってところで。


「……ベクトお兄ちゃん、またあそこに行くの?」

「ん? あー、そうだな」


 気が付けば、アリーシャが心配そうに俺を見上げていた。彼女を保護した時の、ボロボロな俺の姿を思い起こしているのだろうか? クリッとしたその瞳に、もしもが起こるかもしれないという、不安を抱いているように見えた。


「無傷で帰って来る。なんて、毎回そんな上手く立ち回れるかは無理だけど、まだ俺は死ぬつもりはないよ。俺が黒檻ここに来た理由も思い出していない、そんな半端な状態じゃな。もし理由がすげぇ恥ずかしいものだったら、その場で慚死ざんしするかもしれないけどなっ!」

「ざ、ざんし?」

「恥ずかし過ぎて、赤面しながら死んじゃうって事。キャー! 忘れてー! ってな感じで」

「……くすくすっ! ふふっ、それじゃベクトお兄ちゃん、恥ずかしいのを隠す為にも、絶対死ねないね!」

「いや、まだ恥ずかしいかどうかは分からないんだけど…… ま、お土産を期待して待っててくれ」

「うん!」


 アリーシャは大きく頷き、ゼラと一緒に俺を見送ってくれた。こんな大言吐いたんだ。勝手に死ぬ事は許されなくなっちゃったな。


『土産、ゾンビの衣服だけなら悲惨じゃな……』


 そこ、微妙にありそうな嫌な未来を予想しないで!



    ◇    ◇    ◇    



「到着っと」

『もうすっかりと慣れたもんじゃなー』


 白から黒へと世界が転じて、再びゾンビが渦巻く廃街へとやって来た。まずは、そうだな…… 単独で彷徨っているゾンビ探しからの、能力検証。小屋を抜け出し周辺を探索開始。


 ―――で、無事に普通のゾンビを発見して、色々試してみた。結論から言うと、この『統率・屍』はかなり使える。視認できる範囲のところから命令を念じたみたところ、思いの外素直に従ってくれるようになったのだ。とは言えレベル1の能力だけあって、できる行動は極簡単な動作に限られ、最大人数も3体までと制限があった。それ以上は同様に命令を出してみても、うんともすんとも言わず、反応もなし。


「おー、これはこれで……」


 物は試しにと、支配下においたゾンビを1体だけ、敵ゾンビの方へと向かわせてみた。攻撃はさせず、ただ向かわせただけだ。すると、敵さんも特に反応する事なく、近付かせても殆ど無視に近い。次に危害を加えさせて、漸く反撃するといった具合だったのだ。不自然な行動をさせなければ、普通に仲間と認識してくれるらしい。


 戦わせた2体のゾンビは例の如く足が折れ、勝負がつかない泥沼状態になってしまったので、ダリウスで両方に止めを刺す事に。配下を1体失ってしまったが、有益な情報を入手できたし、結果として黒霊も討伐できて万々歳だ。よし、補充だ補充。


『相棒、夢中になってるところ悪いのじゃが、屋内探索も忘れるなよ?』


 む、そうだった。あまりに有能な能力だったから、俺とした事がテンションが無駄に上がってしまった。要反省。でも、見張りが多いに越した事はないし、使役するゾンビの補充はしておく。


 ここまでは実に順調な出だしといえるだろう。いつもの事だが、出だしは順調だ。そしてこれもいつもの事で、問題はその後に発生する。


「……遅いな」

『まあ、所詮は朽ちる寸前の屍であるからな』


 ―――ゾンビ、めっちゃ足遅い。


 俺は頭をかきながら、後に続くゾンビ達の鈍足っぷりを眺めていた。さっきまでは実験と検証だったから気にならなかったけど、実際に行動を共にするとその問題点が浮き彫りになってしまう。


 俺が少しの距離を移動するにも、こいつらはその倍以上の時間を掛けて歩くのだ。しかも全員に全員、一々命令をしなければならないので、精神的にかなり疲れる。前に歩け、という命令であれば本当にその通りにしか動かない為、道中の障害物や段差に対応できないからだ。何となく悟ったよ。そういうところを微調整しながら、こいつらの脆い体を考慮して動かすのは現実的ではないと。


 ……でも悔しいから、頑張って今回の探索では役立ってもらう! 移動の必要のない見張りとかで! 俺は要らぬ覚悟を固め、近場の建造物まで頑張って移動させた。


『ここは…… 武具店、だった場所かの?』


 ああ、それっぽい看板があるから、たぶんそうだと思う。店の外見は他の建物同様、すっかり廃墟同然な佇まい。見通しの良い屋外とは違って、あの中に入るのは違う恐怖感があるもんだ。


『幸い、あの紅い月光が太陽の代わりをしてくれる。明かりがなくとも、窓から光は入るじゃろう』


 心持ちな。ま、先行させるのは苦労してここまで連れて来たゾンビ君だ。1体だけ先行させて、室内を確認させる。敵を探す。いたら唸り声を上げるの、超お手軽コンボで安全確認だ。俺はまだまだ弱いから、石橋を叩いて渡るのが丁度良いのだ。

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