第10話 名前
成長している。俺は自らの成長を肌で感じているぞ!
『正確にはワシの成長じゃけどね』
先の探索で、ダリウスの能力は格段に成長していた。計7体もの黒霊を討伐した甲斐あって、今回は耐久値以外のステータスも見事に上昇だ。これで次回の探索は随分と楽になる事だろう。
そしてそして、見所は霊刻印のところにもある。今回倒したゾンビ達のうち、2体は束ねる女屍という黒霊だったのだ。名前から察しただろう。そう、あの女ゾンビだ。ゼラから聞いた話だと、あの女ゾンビも青霊と出くわすレベルとまではいかないが、出くわす機会がなかなかないほど珍しい黒霊なのだという。通常のゾンビよりも少し強力で、周囲にいる屍達に命令して連携してくる、新人殺し的な厄介な奴だ。俺は運良く生き残る事ができたけどさ、そんな厄介な黒霊と1回の探索で2度も戦闘になるなんて…… うーむ、運が良いんだか悪いんだか。
うん、ポジティブに考えよう。今回こいつらを倒した事で、レアな霊刻印を入手する事ができたのだ。その名も『耐性・感染』と『統率・屍』、共にレベル1! 男ゾンビは感染の能力しか所持していなかったが、女ゾンビはそれに加えて、この2つの能力を持っていた。
耐性・感染、これはそのままの意味合いだろう。散々苦しめられた、あの感染症状の予防だ。当然、ゾンビ共がうろつくあの場所の探索には欲しい力、霊刻印に刻む。次は統率・屍、女ゾンビの能力を読み解けば大よそ想像がつくな。ゼラに詳細を伺ったところ、名前に屍が入る黒霊に命令を出す事ができる力なんだそうだ。こいつも色々と応用が利きそうで、是非ほしい。よって、同様に霊刻印に刻む。
―――と、いきたいところだが、耐性・感染を刻んだところでダリウスの霊刻印は既に3つ。最大3個までしか刻めない為、予め刻んでいるどれかを上書きしなければならない。ダリウスがもとから会得していた『剣術』は、消す訳にはいかない。これがないと、俺のナイフ捌きが素人同然になってしまうという、死活問題になるからだ。さっき刻んだばかりの耐性・感染も、今の環境下で必要不可欠なものなので除外。となれば、導き出される削除候補は自然と『感染』となる。これならその辺のゾンビを倒せばまた会得できるし、妥当なところだろう。統率・屍で上書き。
チョイス完了。これにて次回の探索は、更に万全の備えとなるというもの。統率・屍は色々と試してみる必要があるかな。どの程度の命令ができて、その間の敵意の有無やら最大数やら。
「ふぁ……」
不意に
「あれ、お兄ちゃんお昼寝?」
「うん? うーん、時間が定かじゃないから、これが昼寝に入るのか分からないけど…… ま、昼寝だな!」
「そっか。おやすみなさ~い」
「おやすみ~」
土いじりをするアリーシャの隣で横たわり、花畑の中で昼寝をする。うん、これは実に良いものだ。花々の微妙な高さが視界を遮る壁となって、何もなかった時と比べて安心感がある。フローラルな香りも心地好い環境を提供するのに一役買っていて、久しぶりに安眠する事ができると確信する。これで空が青空ならいう事はないのだが、そっちは相変わらずの白景色だ。まあ、
◇ ◇ ◇
それからまた暫くして俺は目覚めた訳だが、時間の概念が希薄な分、結構な時間寝ていた気がする。しかし、やはり気分は良いものだ。日曜日にしてしまう惰眠のように良いものだ!
『相棒、そろそろダメ出しをするべきかの?』
結構です。そろそろ起きようと、心の中で決心していたところなんです。
「ふいー、寝た寝た~」
「おはよー、お兄ちゃん」
「ああ、おはよう。って、アリーシャはまだ土いじりをしてたのか?」
「うん! この花畑、今はまだ小さいけど、もっと広くしたくって」
目的がある事は良いけど、不眠無休でそれをやり続けるのはお兄ちゃん、ちょっと注意してやりたい。
『ほう、花畑の拡大がアリーシャの力か。確かにほんの少しだけ、花畑が広くなっている気がするのう』
む、言われてみれば確かに。僅かにだけど、白オンリーだった床に花畑の土が広がっているような……
「ああ、言い忘れていました。アリーシャの花畑の中に薬草もいくつか育っていまして、次回の探索から霊薬の数が1本分多く補充できそうです。あと、新たに毒消し薬も1本」
「マジで!?」
アリーシャの花畑、意外と凄いものが混じってた! 回復手段が限られる探索で、この手の報告は大変ありがたい。地味に毒消し薬という新たな存在も加わってるし。いや、待てよ……
「あのさ、ゼラ。もしかしてこの花畑がもっと広くなれば、常備される霊薬も増えたりする?」
「可能性はありますね。ただ、今の面積を倍にして漸く1本、という具合になると思いますが」
いやいや、可能性があるってだけで、感謝の心が無限大だよ。視覚的に楽しむだけで満足してたのに、凄い付加価値が付いちゃったよ!
「アリーシャ、お前って凄かったんだな」
「うん?」
アリーシャは何の事なのか、全然分かっていないらしい。何が? という様子で、可愛らしく首を傾げている。思わず頭を撫でてしまった。愛でり愛でり。
「えへへ~、褒められた~」
『……確かに、これは胸の奥がくすぐられるな』
だろ? 癒し系の極致だろ?
「ねえねえ、お兄ちゃん」
「何だい、アリーシャ?」
頭を撫でる手が止まらない。愛でり愛でり。
「お兄ちゃんのお名前は何ていうの?」
愛で――― え、名前?
「そういえば、まだお兄ちゃんのお名前聞いてなかったなって。ゼラお姉ちゃんは教えてくれたけど、お兄ちゃんはまだだったでしょ? お名前、教えてくれない?」
「………」
と、言われましても…… 今まで会話するのがゼラとダリウスだけだったから、すっかりその事を忘れていた。貴方や相棒といった呼び名だけで済んでいたもんな、事情も知られていたし、そこから掘り下げる機会がなかったんだ。だが言われてみれば、いつまでも名無しの権兵衛で通すのも……
「お兄ちゃん?」
「あ、ああ、ごめん。お兄ちゃん、昔の記憶がなくってさ。名前が思い出せないんだ…… ゼラ、探索者って、自分の名前とかどうしてんの?」
「仮の名を名乗るのが一般的ですね。特に制限もありませんし、お好きな名を名乗っても問題ありませんよ」
「何でもオーケーなのか……」
いざ自分の名前を考えるとなると、何にしたら良いものなのか、戸惑ってしまう。出身を重視して、日本風の名前にするべきか? それとも、ゼラやダリウス達に倣って横文字に? ううーむ―――
「―――何にしよ? 思いつかない……」
『おいおい、自分の名だぞ? こう、バッと決めてしまえ』
んな事言ったってぇ……
「よろしければ、私が代わりの名を付けましょうか? ランダムな選出になってしまいますが」
「そうしてもらうかな。たぶん、俺そういうセンスないし」
「承知致しました。それでは―――」
ゼラが祈るように手を合わせて始める。何だ、何を賜っているんだ……?
「―――ベクト。ベクトという名は如何でしょうか?」
「ベクトか…… アリーシャはどう思う?」
「格好良いと思う!」
「よし、それで決定で」
『即決か!? さっきまでの煮え切らない様子が嘘のようじゃな……』
今更ながら、俺の名前がベクトになりました。
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