第9話 リザルト

 最後の霊薬を食われた足に振り掛ける。足の痛みはもうない。というよりも、体全体が溶けるように熱くって、それどころじゃない状態なんだ。溶かした鉄を血管にぶち込んだようで、もう意識は疎らも疎ら。この場で寝て良いのであれば、即座に意識を投げ出す自信があるくらいだ。


 だが、それは絶対にできない。次に眠りから起き上がった時、恐らく俺が俺ではなくなっているから。今は一刻も早く、女神像のところに辿り着かなければ…… ええと、その前に……


 そうだ、あの青霊の子だ…… ダリウス、悪いけど、即行でその子を保護、したイ…… どう、すれバ良い?


『黒霊の排除は終わった。後は、あの娘っ子に同意を求めるだけじゃ。急げっ!』


 分かった、分かってル。そう叫ば、ないでクレ…… 凄く、頭ニ響くンだ……


「ハァ、ハァー…… 君、もウ大丈夫だ」

「ほ、本当に……?」

「ああ、本当に本当。でモ、このマまここにいちゃ、まタ危なイ奴らが来ルカもしれなイ。お兄さンが安全ナとこロニ連れて行くカラ、付イテ来てもラッても、良イかな?」

「……うん。アリーシャ、お兄さんを信じる」


 そう言った少女ハ、靄となってダリウスに吸イ込まれるヨウニしテ、消えテイッタ。


「ヨシ、帰還ダ……」


 ここマで来タ道を、足を這いズラセなガラ歩ム。オカシイ。霊薬で回復シタばかリなノニ、両足が鉛ノヨウに重イ…… 一瞬で走ッテ来タ道が、永遠ト思えルほどニ遠ク感じル。


『相――― しっか――― 意識―――』


 ダリスウが、ドコカ遠くカラ叫ンデイルヨウな気ガシタ。ダケド、遠過ギテ、ヨク、聞コエ―――



    ◇    ◇    ◇    



 妙に落ち着く。頭や体中を蝕んでいた熱はもうなく、逆に健やかな気分だった。徹夜明けに十時間も寝たような、そんな爽快感? ちょっと違うかな。でも、悪い気はしない。頭の中はこれ以上ないくらいクリアで、花の良い香りが鼻をくすぐっている気さえする。


 ……いやいや、それはないよな。黒檻に来てからというもの、花なんて目にした覚えがない。あったとしても、その辺に生えてた痩せこけた雑草くらいだ。うん、あり得ない。


 あーっと、そういや俺、どうしたんだったかな? 確か黒の世界へ探索に向かって、黒霊ゾンビを倒して、青霊の女の子を保護する為に戦って、勝利したのは良かったけど、意識がぼやけまくって、歩いて、歩いて、歩いて、腹は減らない筈なのに腹が減って、肉が、喰いたくなって―――


「―――粥が美味いっ!?」


 ガバリと意味不明な叫びと共に起き上がり、俺は目覚めた。眼前に広がるのは、どこまでも白色ばかり。ここはどこだ? 天国か、それとも地獄なのか?


「……いや、戻って来れたのか。白の空間に」

「ええ、帰還されたのですよ。貴方は無事です」

「おわっ!?」


 唐突に背後から声を掛けられて、思わず飛び上がってしまう。


「ゼ、ゼラか!? 驚かさないでくれよ……」

「ふふっ、申し訳ありません。とても安らかな顔をされて、無防備だったのでつい」

「お、おお、ゼラも悪戯なんてするんだな…… ん?」


 ゼラの白い衣装の後ろに、ちょこんと栗毛色の髪の毛が顔を出している。これは……


「なあ、その子ってさ、もしかして―――」

「ええ、貴方が保護した青霊です。随分と体の修復に時間を掛けられていたようでしたので、勝手ながら先に顕現させて頂きました」

「やっぱりか」


 青霊の保護。以前に探索者はこれを率先して行うと言ったが、その理由がこれなのだ。白の世界への移住。そして、青霊にとって最も大切な場所の具現化だ。ゼラに隠れる少女の後ろには、庭程度の広さの花畑が広がっていた。赤に青、黄色や桃色など、色とりどりの花が咲いている。恐らく、この花畑が少女の最も大切な場所だったんだろう。


 青霊が了承するのは、その探索者が拠点とする白の世界への移住の了承だ。青霊は誰であれ本能的にこの事を知っているらしく、移住が完了すればそこで生活するようになる。以降は白の空間にいる事を不思議に思わず、探索者の助けとなるシステムなんだという。ちょっと引っ掛かるものはあるけど、黒霊に食われるよりはマシだと信じたい。


『よう、相棒。すっかりと元気になったようじゃな。青霊の救出は成功、相棒も無事に生き残った。これ以上ない戦果なのではないか? まあ、あの子の依代としていた場所が、もっと実用的な場所であれば更に良かったのじゃが。鍛冶職人などがおれば最高じゃぞ!』


 何言ってんだ。花畑だって、十二分に実用的な場所じゃないか。白ばっかりだったこの世界を、あんなカラフルに彩ってくれている。俺の精神に凄く良さそうじゃん? たぶん、あの中で昼寝すれば気持ち良いぞ?


『なるほど、考えようによってはそうかもしれんのう。ま、誰であろうと、まずは挨拶が基本じゃて。ほれ』

「アリーシャ、自分から挨拶はできますか?」

「う、うん」


 少女はゼラの背から姿を現し、ペコリと頭を下げた。改めて少女の姿を見ると、黒の世界で目にしたような青いオーラのような光はなくなり、それこそ普通の人間となっていた。青霊は保護すると、こうなるのか。うん、また1つ賢くなったぞ。


「私、アリーシャっていうの。好きなものはお花、好きな場所はお庭の花畑。えっと、これからよろしく、お願いしますっ!」

「ああ、これからよろしくな。アリーシャ」


 アリーシャに手を差し伸べて、その小さな手と握手をする。するとアリーシャはニコッと微笑んで、こう口を開いた。


「うん、お兄ちゃん!」

「―――っ!?」


 お、お兄ちゃん、だとっ!? その瞬間、俺の全身に電流が走った。言葉では形容しにくいんだが、何というか、その、庇護したい気持ちが強くなったというか、俺が護らなきゃって覚悟が決まってというか……


『相棒、流石にそれは駄目じゃろう。ワシの国でも10より下は犯罪じゃぞ』


 違う、違うから! そういう意味じゃない! お爺ちゃんが孫を慈しむような、そんな感情だよっ!


「仲良くなられたようで、何よりですね。それと、かなりの黒霊を倒されたようですが、早速魔具の成長を致しましょうか?」

「あ、そうだった。霊刻印も併せてお願いするよ」

「承知致しました。では、失礼して。■■■■―――」


 こうして危うくゾンビの仲間入り直前にまで追い詰められた、2度目の探索は終了した。火事場の何とやらに、アリーシャの笑顔。得るものも大きかったけど、もう暫くは無理はしたくない。取り敢えず、そうだな…… まずは、この花畑の中で一睡したいと思う。


『えっ、また眠るのか、相棒よ? さっきまで結構眠っておったぞ?』


 こういうのは気持ちの問題よ。心の栄養、とっても大事。



◎本日の成果◎


討伐黒霊

せる屍×5体

束ねる女屍×2体


保護青霊

少女の青霊アリーシャ⇒『鮮やかな花畑』が具現化


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魔剣ダリウス

耐久値:16/16(+5)

威力 :4(+3)

頑強 :2(+1)

魔力 :2(+1)

魔防 :2(+1)

速度 :3(+2)

幸運 :3(+2)


霊刻印

◇剣術LV1

◇耐性・感染LV1

◇統率・屍LV1

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