第8話 餌
俺という獲物を見つけたゾンビ共は、余程その事が嬉しいのか両腕を前に突き出して、我先に掴み取らんと歩を進める。化け物にまでモテてしまうとは、色男とは何と辛いものなのか。
『相棒、そんな冗談を―――』
―――言ってる場合じゃないよね、これ以上ないほど正論だ。あの
「アァー……」
「ウアゥー……」
ただ、奴らは一列に並ぶのではなく、追い越し追い越されの殺到状態で向かっている。1対1ならまだしも、2方向3方向のゾンビと戦うとなれば、1つ2つの怪我では済みそうにない。さっきの戦いで霊薬を1つ使用したから、残りは2つだけ。確か、爪の引き裂きでは3のダメージを貰ったんだっけ。ダリウスの最大耐久値は11だから、それを3発も食らえばもう死ぬ間際だ。更に敵は後から後から湧いて出る。あの中で回復している暇はなく、感染が重なるのも――― きっついなぁ。
……ダリウス、俺が霊薬を念じた時点で、直接傷口に振り掛けるように出す事は可能か? できるだけ、俺は戦闘に集中したい。
『善処はするが…… いや、やってやろうではないか! こう、器用にピンポイントでヒットさせてやろう!』
頼りにしてるよ、騎士様。そしてよく見ておいてくれよ、俺の勇姿を! あと、もしもの場合は骨を拾っておくれ!
「ふっ!」
「ガァ……」
まずは先頭を歩いていたゾンビの腹部目掛けて、思いっ切り蹴りを叩き込む。これで死んでくれたら様様だが、今はそれよりも後列にいる奴らを少しでもばらけさせたい。先頭のこいつを後ろに押し倒して、ドミノ倒し風に吹っ飛んでくれれば、なんて考えだ。知能がなく脆いこいつらなら、こんなのでも幾許かの効果はある筈―――
「―――ありっ?」
『むっ!』
俺の思惑は初っ端から外れてしまった。後列にいたゾンビが、示し合わせたかのように道を空けて、押し倒された仲間を避けたのだ。さっきまでバーゲンセールに殺到するが如くの猪突猛進タイプだったのに、行き成り理性に目覚めたかのようだ。
『相棒、用心しろ! 奴らの中に、仲間を指揮する者がおるぞっ! 力はそれほどでもないようじゃが、奴ら全員が1体の個体の意思の下に動いておる!』
「なぬっ、っつ!?」
ダリウスの助言は助かるが、それは聞きたくない情報だった。奴らは俺が押し倒したゾンビを迂回するように、左右の二手に分かれて進み始めた。向かって来る速度は変わらない。奴らの脆さも変わりはしない。だが、この数を統率されると拙い事になる。俺を獲物として見てくれているうちはまだ良いが、デッドラインの向こう側、そこで声を殺して耐えている彼女を標的にし出したら、もう目も当てられない事態だ。
……ダリウス、早期決着狙いで行く。霊薬の準備、マジで頼んだ。
『自ら撒き餌となる策か。任せよ』
普段は多少アレだけど、こういう時は理解が早くて助かるよ。じゃ、餌として飛び込みますか。
「アァー……」
覚悟を決めて、右手側から回り込んで来るゾンビに突貫。当然、向かう先のゾンビ君は応戦してくる。大振りの引っ掻きだ。動作は遅い、間に合う。
「グゥア?」
俺に振るわれる前に、ダリウスナイフで肘先を削ぐ。数字的な能力は悲惨だが、お前らを斬るには十分過ぎる切れ味だ。剣術による支援も相まって、カットは容易い。腕を斬り上げたこのナイフを、そのままゾンビ君の頭へと突刺す。
―――ズン。
アドレナリンでも出ているんだろうか? 熱の篭った頭で、狙った箇所に一発で届いた。これで残りは5体だ。自分で自分を褒めてやりたい。だけど、上手くいく事もあればその逆もある訳で。
「いづっ……!」
倒したゾンビが靄となった瞬間、その奥から後続ゾンビが飛び掛かって来たのだ。奴は俺が付き出した左腕に噛み付き、ギリギリと肉を削ごうとしている。死体が一瞬でなくなるのも考え物、変に不意打ちを食らう事となってしまった。
痛い、つか熱い……! 感染をまた貰ってしまった、頭の中が更に混濁する。幸い、俺に噛み付いたこのクソ野郎の頭は無防備な状態だった。考えるまでもなく、ダリウスをそこに突き立てる。残り4、次は左側!
『相棒、足元じゃ!』
ダリウスの声にハッとし、最初に蹴り倒したゾンビが地面を這っていたのに気が付く。投擲で損傷させたゾンビも一緒だ。死角に追いやったのが仇となってしまった。最悪な事に、そいつらの動きに他の奴らもタイミングを合わせている。統率されるとは、何と厄介なものなのか……!
「おらっ!」
「ガァ!」
手始めに地面を這うゾンビ1体の頭を、サッカーボールをそうするように蹴り上げる。ボンと奇妙な音を鳴らしながら、そいつの頭が飛んでいった。攻撃を受けて使い物になりそうにない左腕は、もう盾として割り切る。左側より迫るゾンビの攻撃をこれで受け止め、同じ要領で頭をダリウスで頂く。
残り、ええと…… クソッ、頭が割れるみたいに痛い。頭蓋骨の中に熱湯を入れられている気分だ。残り、2! ダリウス、霊薬を!
『おうっ!』
栓の抜かれた霊薬は、出てくるなり降り注ぐ形で俺に掛けられた。感染のせいで、痛みが引いている気分にはならない。
「アアァー!」
俺が僅かにぼやっとしていたせいか、不意に足がゾンビに噛み付かれていた。熱に塗れた頭が、激痛で目を覚める。すかさず、そいつの頭を踏み潰した。普段であれば嫌悪感を抱くであろうこの感触、今はそれさえも感じる余力がなく、立っているのがやっとの状態だ。
「ウゥー……」
「ハハッ…… 最後だからって、そう、唸るなよ……」
最後の1体は忌まわしき女ゾンビだった。ああ、また女ゾンビだ。最後に残ったって事は、この女ゾンビが指揮を執っていたんだろう。こいつ特有の能力なのか、それとも前に倒した女ゾンビも所持していたのか…… いや、今となってはそれも後回しだな。倒して仕舞い。分析は帰ってから、だ。
『相棒、足の回復はするか?』
霊薬は最後の1本だ。あと1回か2回は耐えられるし、このままやるよ。倒し終わったら出してくれ。
『承知した。きばれよ』
こんな自称騎士様の声でも、応援してくれるってのは心強い。俺の頭は既にオーバーヒート寸前、感染が進めば奴らの仲間入りだ。最後の踏ん張りどころ、耐えて女の子に良い所を見せてやるよ。 ……伏せてるから見えないか。
「ウガァーーー!」
凶暴な叫びと共に、女ゾンビが向かって来る。微妙に他の奴らより速い、かも? どうなんだろうな、よく分からない。
「馬鹿正直に…… 戦う、かよっ……!」
さっきの霊薬で、俺の左腕は復活している。そして、左手に掴んでいるは――― 霊薬の、空瓶っ! 投げるもんがなければ、自分で生み出すまで。当たらなくても、牽制になればそれで構わない。俺は空瓶を、女ゾンビに投げつけ、その勢いで前に足を踏み出した。
「ギッ……!?」
「最後の最後で、ツイてるなぁ……」
空瓶は女ゾンビの顔面にぶつかり、細かく砕け散った。致命傷にはなり得ない。が、隙を作るには十分だった。今度は外さない。女ゾンビの脳天目掛けて、ダリウスを一気に突刺す。
「ガ、ゥア……」
断末魔の呻きを残して、女ゾンビは綺麗さっぱりと俺の眼前から姿を消した。ダリウスへの吸収が完了、戦闘も無事終了だ。 ……いや、全然無事じゃないけど。
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