第7話 青霊

 ―――青霊。これまで何度か、会話の中にこの単語が出ていたと思う。青霊と名がついているだけあって、それらの者達は全体的に淡い青色をしている。見方によっては最も幽霊らしい容姿であり、彼らも死霊であるので、その見解もあながち間違ってはいないそうだ。但し、彼らにはこの周辺をうろつく化物共と決定的に異なる点が1つある。


 黒檻は憎悪といった負の感情が集まる場所だ。ゾンビのような化物達は日々掻き集められる負のエネルギーに飲み込まれ、あのような凶暴性を獲得した。それが黒霊。もっと分かりやすく言えば、問答無用で俺を襲ってくる悪い死霊だ。俺の身の安全を確保する為、そしてダリウスの強化する為にも、できるだけ駆除すべき存在といえるだろう。


 一方で青霊は、どういう訳か負の毒素に侵されていない、まっさらな死霊だ。良い死霊と称して良いのか定かではないが。黒の空間内にはそんな青霊が極稀に現れるらしく、幸運にも発見できた場合、俺のような探索者は率先して青霊を救助する。なぜかというと、青霊を自身のセーフティエリアに連れ帰った場合、ある現象が起こるからなのだが…… 今はそれよりも、青霊の救助を優先した方が良さそうだ。


「ウア、アァ……」

「ひぃ……!」


 負に塗れていない青霊は、化物達の格好の餌でもある。彼らの青い光はその証であり、羽虫が外灯に群がるが如く化物共を引き寄せてしまう。だから探索者の俺と同じように黒霊に襲われるし、あのまま放っておけば食われてしまうのだ。負の力とはいえ、エネルギーはエネルギー。そんな力を与えられた黒霊に、この場に自分がいる理由も分かっていないような、非力な青霊が勝てる道理はない。


『相棒っ!』


 青霊の少女は腰を抜かしてしまったのか、その場で尻餅をついて動けそうにない。オーケー、待たせたな。俺の良心がゴーサインを出した。幸い敵はあのゾンビ1体、青霊のお嬢ちゃんをターゲットにしてるから、背中を思いっ切り晒している状態だ。俺の存在には気付いていない。今から駆け出しても、十二分に間に合うっ!


「ガゥ、ィア……」

「あっ―――」

「―――諦めるには、まだ早いぞ」


 ゾンビの後頭部にダリウスを突き立てる。5体目ともなれば俺の手際も良くなっていたのか、狙ったポイントに寸分違わず放つ事ができた。もちろん、ゾンビはこの一撃で撃沈。靄となってダリウスの中に消えていった。


「……え? ええっ?」

「やあ、怪我はないかい? 大丈夫?」

「う、うん……」


 少女はまだ状況を理解していないのか、少し呆けているようだった。驚かせてまた大声を上げられては敵わないので、しゃがんで目線を少女の高さに合わせ、できるだけ落ち着いた口調で話すよう心掛けよう。


 改めて少女を見る。体に青いオーラみたいなものを纏っている以外は、普通の幼気な少女と何ら変わりないように思えるかな。幽霊の割には、ゼラみたくしっかり足もあるし。ひょっとして、最近の幽霊は足ありがトレンドだったりする?


「あ、あの……」

「ああ、ごめんごめん。外傷がないか確認していたんだ。無事で何よりだよ」


 肩に軽く手を置いて、慣れない笑顔を浮かべる。うん、たぶん今、俺はスマイルしていると思う。手に伝わる体温の低さにビックリしてけど、今は精一杯のスマイル。


「……その、ありが――― あっ」


 漸く落ち着きを取り戻したかと思われた少女の目が、目一杯に開かれる。目を合わせていた俺には、彼女がどう感情を変化させたのかが、読み取る事ができた。安堵から転じて、再び絶望に染まった際の瞳だ。


『相棒、どうやらそううまい話ではなかったようじゃ。追加が来おったぞ』


 俺にも聞こえたよ。耳障りなゾンビ共の呻き声がさ。最初の悲鳴を聞きつけたのか、数にして全部で7体も。正直きっついなぁ…… できれば、この子の保護を優先したい。直ぐにできるもんか?


『青霊の保護には条件がある。本人の同意と、周辺に存在する黒霊の排除じゃ。青霊はその場所から離れる事ができんから、逃げの一手はないと思え。まあその娘っ子の様子なら、同意の方は問題ないじゃろうて。相棒の汚い衣服を握ってまで、頼りにしておる』


 頼りにされるのは光栄だけどさ、まだ黒霊の邪魔があるってか。つか、何でそんな面倒な条件になってんだか。青霊、色々と制限が多くないか?


『それほどまでに繊細な存在なんじゃよ。青霊を保護するにしても、一旦ワシに取り込まれる事となる。その際に負に塗れた黒霊が近くにいると、青霊に悪影響が出るんじゃ。最悪、悪しき感情に毒されて黒霊になってしまう事もある』


 ふんふん、青霊がその場から動けないってのは?


『青霊が顕現するのは、生前に強い思い入れがあった場所だけじゃ。つまり、強い想いが篭った場所でなければ、青霊は存在できない。この荒れ果てた庭は、娘っ子にとっての思い出の場所なんじゃよ』


 あー、そういう事か…… この子がああなってしまう姿は、見たくないなぁ。ましてや、黒霊に食わせるなんて以ての外だ。


『気が合うな。ワシもそっくりそのまま同意しよう。青霊を護りながらの防衛戦、腕の見せ所じゃな。しかし相棒、頭の調子は大丈夫か?』


 全然大丈夫じゃない。熱のある頭で必死に理解してるところだよ。今更効果があるとは思えないが、一応ぽいっと。


 ―――カァーン!


「アブ、グウィ……」

「アァー……」


 駄目だ、小石を逆方向に投げても全然反応してくんない。こりゃあ、いよいよマジで覚悟を決めなきゃならないか。


「安心して、あいつらはお兄さんが倒すから」

「で、でも、あんなに沢山……」

「ハハッ、さっき同じ奴らを大量に倒したところだよ。だから君は、できるだけ声を出さないように我慢してくれ。もう見つかってはいるけどさ、できるだけ注目は俺に集めておきたいんだ。見たくないなら、目を瞑ったって良い。できるかい?」

「……う、うん!」


 そう答えた後、口元を両手で押さえながら身を丸める少女。よし、どこかの自称騎士様と違って、素直な良い子だ。


『異議を唱えたいところだが、それは無事帰還してからするとしようかの!』


 ああ、そうしてくれ。じゃ、距離を詰められ過ぎても護り辛くなるし、そろそろ行きますか。この際、魔具ダリウスで倒すかどうかは重視しないからなっ!


『おうっ!』


 庭へと侵入し、にじり寄ろうとするゾンビ共の方へと向き直り、俺は足音を大きく鳴らしながら駆け出した。こうなってしまっては、もう生きるか死ぬかだ。可能な限り矛先をこちらへと向けさせる。


「ウアアアァ!」

「って、誰が馬鹿正直に戦うかよっ!」

『じゃよねー』


 そして、庭先へと到着。そこにあった木箱やら鉢を投げまくる。投げる技術がなくても、そんだけ頭数がいれば何体かには当たるってものだ。卑怯? いやいや、これが普通のスタイルだろ。ゾンビ共の体は、転倒して腕や足が取れてしまうほど脆い。こんなド素人の投擲だって、当たりさえすれば立派な武器と化すのだ。


「って、もう弾切れか……!」


 などと思っているうちに、残弾ゼロ。廃屋の庭なら、もっとあったって良いだろうに……!


「けど、先頭を歩いてた2体には当たったか」

『うむ。仕留めたのは1体、片方は死んではおらんが、腕と足が損傷しておる。さ、ここからが正真正銘の戦いじゃ。死ぬなよ!』


 残ったゾンビは6体、うち損傷してるのが1体。俺はダリウスナイフを握り直し、敵を見据えた。

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