第5話 霊刻印
小屋の女神像に祈った瞬間、俺の体は白の空間へと飛ばされた。しかし、眩しいな。薄暗い場所から一気に明るくなったから、暫く目が開けられなかった。
「おかえりなさい。無事に帰還されたようですね」
漸く目が慣れた頃、ゼラが出迎えの言葉と共に俺達を労ってくれた。
「運が良かったのか、傷の1つも負わなかったよ」
『うむ、マジで運が良かったのう』
「運も実力のうちと言いますよ。今はただ、戻られた事を喜びましょう」
『そうとも言う! ワシが言いたかったのは、正にそれじゃよ!』
ダリウスの声はゼラに届いていない筈なんだが、どうも自然に会話できてるんだよな、この2人。両方の声を拾える俺は、何とも妙な気分になってしまう。
「それで、今回の探索では黒霊を倒されましたか? それとも、『
ああ、そうか。死霊を魔具で倒したら、帰還時にゼラがダリウスの成長をさせてくれるんだった。青霊については、また後で説明しよう。
「今回は様子見の段階だったから、弱い黒霊を1体倒しただけなんだけど…… それでも成長するもん?」
「問題ありません。能力の上昇は蓄積されますし、どのような黒霊も、霊刻印に刻める何らかの力を所持していますから」
「じゃ、早速お願いできるかな?」
「承知致しました。では少しの間、魔剣に触れさせて頂きます」
『優しくしてね!』
黙っとけ。
俺はダリウスナイフを鞘から抜き、刃を横にする形でゼラの前に出した。ゼラはダリウスの刃にゆっくりと両手を重ね、俺には理解できない呪文のような言葉を紡ぎ出す。
「■■■■■―――」
この間、ゾンビを倒した時に見たあの靄が、ダリウスから溢れ出す。今更だけど俺もダリウスを手に持っている訳で、ちょっと怖い。
「―――解析、完了。
「か、感染?」
「一種の病、のようなものでしょうか。先の探索中、痂せる屍と戦われたと思いますが、あの黒霊に噛み付かれたり、引っ掻かれたりすると、この症状が表れます。始めのうちは軽い思考能力の低下だけなのですが、攻撃を重ねて受けたり長時間その状態でいる事で、理性が完全になくなり、敵味方の区別もつかない暴走した状態になってしまうのです。更に時間が経過すれば、肉が腐食が促進されて痂せる屍と同様の姿に…… もちろん、感染した者から攻撃を受ければ、2次被害3次被害と感染は拡大し続けます」
「………」
なあ、ダリウス君。確かにあのゾンビ、身体能力的には弱かったかもしれないけどさ、何かの間違いで一度でも攻撃を食らっていたら、その時点で結構アウト気味な感じだったんじゃないかな?
『そうとも言うのう』
何でそんなに冷静なのっ!? 怖い、この自称騎士怖いわっ! 全然雑魚じゃないよ、あのゾンビ! ステータスの低さをスキルでカバーするタイプの、一番危ない初見殺し野郎だったよ!
『まあまあ、そう焦るでない。女神像に祈りこの空間に戻りさえすれば、如何なる損傷も猛毒も、たちどころに治療されるのだ。あの屍相手に一撃は食らおうとも、女神像のところまで戻る余裕はあると読んでおったのでな。ワシは信じておったぞ、相棒!』
調子が良い、調子が良いぞ俺の相棒……! つうか、その感染能力込みであのゾンビは雑魚って括りだったのか。うぐぐぐ、先行きが不安で堪らない。胃が痛くなってきた。
「あの、もしかして魔具とお話し中でしたか?」
『うむ』
「……そんな感じです。ええっと、霊刻印の件だったか。印の空いているところにお願い」
「承知致しました」
ゼラは再びナイフに手を重ね、呪文を口にし始める。
「■■■■―――」
『ほう、臆せず感染を付与させるのか。意外じゃのう』
使えるものは使っていかないと、マジで死ぬ世界だって理解したからな。この感染、あのゾンビみたいに元から理性の欠片もない相手にはあまり意味がないだろうが、しっかりと頭を働かせている奴にはかなりの牽制と成り得る。最初からこんなものを持ってるなんて分かっていたら、俺だったら絶対に近づかない。それくらい危険な代物だ。
今のところ、霊刻印は最大3つまで刻む事ができる。ダリウスが元々持っていた刻印が剣術のみだったから、空きはあと2つ。感染以上に欲しくなる能力が出てくるまでは、自らの武器として所持しておくべきだろう。
「―――お待たせ致しました。刻印完了です」
ゼラがもういいですよと、ダリウスナイフを返してくれた。その瞬間、脳裏にダリウスのステータスが表示される。どれ、どうなったかなっと。
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魔剣ダリウス
耐久値:11/11(+1)
威力 :1
頑強 :1
魔力 :1
魔防 :1
速度 :1
幸運 :1
霊刻印
◇剣術LV1
◇感染LV1
◇無
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え、ええぇ…… あれだけ頑張って、耐久値が1上昇しただけ? これ、表示ミスってない?
『頑張ったって、雑魚の黒霊を1体倒しただけじゃろうが。上がってるだけマシってもんじゃ。力を高めるにつれ、能力上昇にはより強力な黒霊を贄とする必要があるからのう。雑魚を狩って意気揚々と帰れるのも、今だけじゃよ?』
それって、俺が覚悟を決めてあのゾンビを倒しまくったところで、いずれは成長しなくなってしまうって事? もっと凶悪でグロテスクなクリーチャーを倒せって事? そんな殺生な……!
『そこまで悲観せんでも…… ま、まあ今だけというのは言葉の綾、暫くは大丈夫じゃて』
だろうな。
『そうじゃろって、変わり身はやっ!』
いや、俺だっていつまでもゾンビ狩りに興じるつもりはないよ。つか、あのゾンビとは極力戦いたくないくらいだ。化け物らしい化け物だったから、倒すのに躊躇する必要がなかったって点は良かったんだけどな。ま、生きてる限り寿命は無限みたいだし、マイペースにいこうや。
『お、おい、さっきまでの戸惑いは何だったんじゃ……』
相棒への嫌がらせ、さっきのお返しだ。感染にビビッてたのは本当だけどさ、まあ、何かとってもスッキリしたよ。サンキュー!
『お、おのれ……!』
ふはは、やいのやいの。
「会話の内容は分かりませんが、一度の探索で随分と仲が良くなられたようですね」
「え、そ、そう見えます?」
ゼラ、流石にそれはちょっと見る目がないと言うか―――
「―――はい。初めて貴方の笑顔を拝見しましたので」
「……あ、ああー。俺、笑ってた?」
「ほんの少しの間でしたが」
「………」
自覚は全くなかったけど、さっきの俺は笑っていたのか。ああ、確かに笑ったのは初めてだったかも。決して笑えるような環境じゃないってのに、俺の適応力には自分でも驚いてしまう。
『人を小馬鹿にするような、悪しき笑いじゃったけどね。ワシのような騎士には真似できん。ああ、真似できんとも』
……あと、相棒がアレ過ぎるのもあるだろうなぁ、うん。
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