第4話 屍

 案の定扉は壊れていて、開ける事ができなかった。上半分の隙間から扉を跨ぎ、越えたところで直ぐに物陰へと隠れる。小屋の中もそうだったが、外もどこか埃っぽい。


「………」


 俺は今、小屋の入り口近くにあった半壊状態の木箱の陰に隠れている。隠れながら視界情報を整理、そして何か物音がしないか確認中だ。どうも廃街の住宅路に出たらしく、小屋と同程度の家屋が立ち並んでいるのが見えた。何者かの人影はなく、乾いた風の吹く音が虚しく耳に入る。


 念の為、こっからは喋らずに心の中の会話にしておくか。相棒は器用なのだ。


『……近くに黒霊はいないようじゃな。壁から見えた黒霊はあの曲がり角の向こうじゃから、こちらから出向かない限りは問題ないじゃろう。ほど良く距離が空いておるしな。相棒、心の準備はできておるか?』


 んなもん、できてないに決まってるだろ。こちとら記憶喪失な上、訳の分からん不気味な場所に飛ばされたばかりなんだ。記憶を失う前の自分に、文句と拳の1つも浴びせてやりたいよ。


『ふぅむ。案外、相棒は探索者に向いておるのかもしれんな。臆病過ぎず、蛮勇に走る事もない。できれば、そのままの冷静さを保ってほしいのう。折角有望な使い手に巡り合えたんじゃし』


 それができれば苦労しない。って、今ばかりはダリウスとお喋りしている場合じゃなかった。周囲警戒、周囲警戒。


 それから俺は、小屋を中心にぐるりと周囲のゴーストタウンを観察した。どこもかしこも廃墟と不気味である事には変わりないけど、やはり敵となる黒霊は最初に発見したあいつのみ。これはアレかな、るところまでやれっていう、誰とも分からぬ神からのお達しなのかね?


『チャンスじゃろうて。相手は雑魚単体のみ、これ以上に好条件な初陣など、早々あるものではないぞ?』


 自称騎士様はお気楽でいらっしゃる。雑魚雑魚言うけどさ、見た目がもう怖いんだよ。こんなナイフでゾンビと戦うなんて、映画やゲームの中だけにしておいてもらいたい。けど、戸惑っているだけじゃ、前には進めないんだよなぁ……


 ゼラから貰ったのは、何もこの自称騎士様だけではない。俗にいう回復薬であるらしい、霊薬と呼ばれる薬を3本オマケしてもらった。こいつは振りかけるだけで効果があるとか何とか。どんな即効薬なんだとツッコミの1つも入れたいものだ。が、それ以上にツッコミたいのが、ゼラから受け取った試験管の如く細い瓶が、光となってダリウスナイフの中に消えてしまった事だ。聞けば俺の意思で自由に取り出しができるそうで、非常に便利な機能が騎士様に付いているときたもんだ。便利であるが、もう原理を考えるのも馬鹿らしい。だから、そんなもんなんだと素直に受け入れる事にした。


『霊薬を使うのであれば、心の中でワシに念じるといい。蓋を開けた状態で、ポンとベストなところに出してやるわい』


 ははっ、順調に良い環境が構築されていく。爺さん相手とはいえ、至れり尽くせりとは嬉しいものだ。


『えっ…… お主、そんな趣味が……?』


 もう緊張も解れたから、変な冗談をかまさなくてもいいよ。それに、俺は普通に美人が好きだ。 ……たぶん、そうだと思う。


『思うとか曖昧なところがまた怪しいものじゃが、記憶がなければ仕方がない。この先生き残る事ができれば、自分の事を知る機会も増えていくであろう』


 ああ。その為にも、まずは実績作り。あのゾンビを討ち取らないとな。ちゃんと働いてくれよ、剣術レベル1!


 ―――そろり、そろり。


『……大見得を切った割には、忍び足で背後を突くのじゃな』


 そりゃそうだろ! 真正面からあんな化け物と対峙する馬鹿が、どこにいるってんだ! 俺も予想以上に自分が慎重な男だったんだと、今理解したけどなっ!


 標的であるゾンビがいる場所は、小屋の周りとそう変わらない環境だ。身を隠す壁として家屋が四方に点在、整備が行き届いていない為に、注意しないと転んでしまいそうな荒れた地面が広がっている。これら環境は俺の味方だと思っておこう。ふらふらと目的もなく歩くゾンビが、時たま穴に足を引っかけてバランスを崩していたし。知能はあってないようなもので、動きは緩慢。これなら背後をとる事も容易だろう。走るタイプのゾンビじゃなくて、本当に良かった……!


『行くか?』


 ああ。でも、その前に…… こいつを使う。ついさっき拾っておいたものを、改めて手の平に乗せる。


『それは、小石? そんなもので倒すつもりなのか? だが、それでは……』


 分かってる、ぶつけるつもりはないよ。黒霊を間接的手段で倒したところで、魔剣の成長を促す事はできない。そうゼラから聞いているからな。仮にこの小石を俺が本気で投じ、あのゾンビの頭部へと奇跡的にヒットし一発で倒したとしても、それは倒し損となってしまうのだ。谷底に突き落として倒すのも同様。つまり強くなる為には、魔剣ダリウスを介して倒さなくてはならない。


 さて、ここからはタイミングの勝負だ。ゾンビに悟られぬよう、徐々に徐々にと距離を詰めていく。幸い、不慣れな隠密行動もゾンビ相手には通じるようで、背後の俺に気付く様子はない。しかし、近くで見ると更に醜悪だな。背格好からして元は男だったんだとは思うが…… あれ? ここで死んだら俺、あれの仲間入りするんだっけ? いやー、それは避けたいなぁ……


『……行かぬのか?』


 タイミングを計ってるんだって。あと少し待て、あと少し。


「アァー…… アウアァー……」


 気味の悪い呻き声を上げながら、ゾンビが道をゆっくり進み続ける。3、2、1――― ここっ!


 ―――コォーン……!


「アァ? ウウゥー……」


 俺は小石を投げた。当たった先は、ゾンビの真横にある家屋だ。小石が発生させた音に反応して、ゾンビはそちらへと方向転換した後、再度盲目的に歩みを進め始める。が、直ぐに転倒。そこには取り分け大きな段差があったのだ。よっし、ダッシュで仕留めるぞ!


『奴を意図的に転ばせる為に、道にあいた大穴に誘い込んだのか……! しかしのう、雑魚相手にそこまでする?』


 雑魚相手に全力を尽くすのが、俺という人間だったみたいです! 失敗した時点で、俺もお前も雑魚の仲間な訳ですし!


 と、そこからは思っていたよりもスムーズに事が運んだ。ゾンビが倒れ込むのと同時に走り出したんだが、標的のゾンビの片足がもげていたのだ。穴の中でうつ伏せとなって、起き上がれないでいるゾンビ。じたばた、じたばたと残った手足で足掻き続けるも、片腕片足でそれはもう無理というもの。直ぐ後ろにいる俺の存在にも未だ気付いていない。


「……せめて、これで成仏してくれよ」


 ゾンビの脳天へと突刺したナイフは、面白いように頭を穿った。ナイフ越しに感じる、肉を断つ鈍い感触。奴の血が、俺の腕に降りかかる。この一撃で仕留める事ができたのか、ゾンビは最後に小さく呻きながら、体全体が靄となって、俺の腕に付着した血ごとダリウスナイフに吸収されていった。


 ―――こうして俺は、人生初となる黒霊退治を終えたのである。


「よし、帰るぞ!」

『え、もう!?』

「最初に言っただろ? 黒霊の1体でも倒せたら、俺としては上々の結果なんだ。あのゾンビの習性も分かったし、無理せず深追いせず、今日は帰る!」


 その後、俺は物陰に隠れ、慎重に周囲警戒をしながら小屋の中へと戻って行った。

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