第3話 黒の世界

 それから黒の世界のより詳しい情報、すべき行動について教わった俺は、早速初探索に乗り出した。十分な準備はない。願いを叶える為も覚悟も曖昧と、下手をすれば死んでしまう要素が盛り沢山な今、こんなにも早くに出発を決めるのは不用意ではないかとも、一応は考えた。でもさ、あのまま数日も考えていたら、第一歩を踏み出す勇気が徐々に削がれていってしまう気がしたんだ。事実、白の空間内は安全という言葉に惑わされて、そのまま一歩も外に出ようとしない者もいない訳ではないらしい。俺からしてみれば、その白の空間も絶対に安全だなんて、安易に受け入れられないんだけどな。


 ゼラについては今のところ信用しているが半分、心のどこかで疑っているがもう半分な割合。いや、疑っているというよりは、見定めている最中ってところか。自分の事も思い出せない不甲斐ないこの状況、ゼラの存在は凄くありがたいのも事実なんだ。魔剣であるらしい、俺の相棒ダリウスを育てるのに、その案内人としての力も必須だ。俺としては、できるだけ仲良くしていきたいと思ってる。


 で、肝心の黒の世界についてなんだが…… まず、あの白しか見当たらない場所からどうやって出発するのかが、そもそもの謎だった。そんな疑問をゼラに聞いてみて、返ってきた答えが祈る・・だった。いや、何に対して何を祈るんだよと。恐らくは日本人で、殊更信仰心の薄い俺が考えるのも仕方なかったと思う。


 それだけじゃ分からないと、祈る行為自体を詳しく聞いてみると、本当に目を瞑ってただ漠然と祈るだけでオーケーなんだそうだ。適当、思ったより適当である、黒檻。取り敢えず瞳を閉じ、手を合わせてお参りするような形で適当に祈ってみる。何者かも分からない神様よ、或いは死の巫女様よ、俺を黒の世界に導き給え~。と、本当に適当な文句でだ。しかし―――


『さあ、到着したぞ。ここが黒の世界だ』


 ―――マジで到着してしまったらしい。それで良いのか、黒檻。


「……ここは、どこかの部屋か?」


 目を開けると、そこは廃屋という言葉が最も適切であろう、木造の部屋だった。打ち捨てられた小屋っていうのかな。壁は所々破れていて、屋根なんてあってないような状態。一応の扉はあるけど、そこも上から半分がへし折れてしまっていて、元の役割を担えない状態になっていた。だけど、だからこそ小屋の中からも、外の様子を窺う事ができた。


「空が赤い…… まるで、血みたいな色だ」


 夕焼け空って意味ではない。真っ赤な月が真上に見えて、その月に負けないくらいに空全体が真っ赤なんだ。これが天気が悪い日であれば、血の雨でも降ってきそうな有り様だ。


『空だけではない。壁の隙間から、外を覗いてみよ』

「あ、ああ……」


 ダリウスに言われた通り、壊れた壁の隙間から外を覗く。見た感じ、恐らくは街だった場所なんだと思う。破損が多くて原型である家屋の造りまでは察する事はできないが、たぶんこの小屋と同じようなものが並んでいた。かつて舗装されていたであろう道は荒らされ、場所によっては大きく陥没。一体何をしたら、あんな穴が空くんだ? いや、今はそれよりも、気にするべきは―――


「―――死体が、動いてる」


 ゾンビ映画よろしく、明らかに死んでいるであろう人間の腐敗した死体が、非常にゆったりとした足取りで街中を彷徨っていた。耳障りな唸り声を上げ、どこかに置き忘れてしまったのか、右の肘から先はなくなっている。腹からは腸らしき物体を垂れ下げ、ズルズルと地面にその一部を引きずらせて…… うえ、これ以上は詳しく解説したくない。


『あれも黒霊の一種じゃよ。要は、お主の敵じゃ。白の世界と黒の世界を繋ぐあの女神像、その付近にいる限りは攻撃もされんし、こちらから騒がない限りは発見される事もないじゃろう』


 小屋の中にある壊れかけた棚の上に視線を移す。そこにはこの世界の色合いとは真逆の性質を示す、純白の女神像が安置されていた。この女神像こそが、俺をこの場所へと転移させてくれた媒体だ。白の世界で祈れば女神像付近に転移し、逆に黒の世界であの女神像に祈れば、元の白の世界に戻れるという寸法らしい。今さっきダリウスが説明した通り、女神像には部分的セーフティ機能があり、近くにいる限りはまだ安全だ。


 女神像は黒の世界の至る場所に存在し、一度祈った事のある女神像であれば、次回からその場所もスタート地点の選択肢として増えていく。最初に飛ばされる場所は、ある程度初探索者が生きていけるレベルの領域内でランダムに決まるようになっているようだ。で、俺が飛ばされたこの場所が、これから長く付き合っていく事になるであろうスタート地点という訳だ。


「近くと言ってもな…… 具体的な範囲って、どの辺りまでなんだ?」

『このサイズであれば、この小屋の中までじゃろう。その扉を潜れば、真の黒の世界が待っておる』

「潜るというより、跨いで行く事になりそうだけどな。扉、上半分あんな状態だし」

『ククッ! 冗談の1つも言えるのであれば、思っていたよりも心配はなさそうじゃな。臆病な者なら、外を覗いた時点で女神像に祈り出すところじゃぞ?』

「俺だって臆病だよ。今回の探索の目標なんて、かなり簡単なものに決めてるし」


 今回は黒檻、その危険領域である黒の世界の初探索だ。様子見も様子見、黒の世界がどんな場所かを確認して、黒霊の1体でも倒せたら御の字くらいに考えている。しかし、初っ端からあんなグロいゾンビが相手になるのかと、正直気が気でない状態だ。スライムとかじゃないのかよ。


「今の俺、本当に剣が扱えるんだよな?」

『それは白の世界で何度も確認したじゃろうが。ほれ、よく見ろ』


 そうダリウスが不満そうに言うと、俺の脳内にある情報が浮かび上がった。


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魔剣ダリウス

耐久値:10/10

威力 :1

頑強 :1

魔力 :1

魔防 :1

速度 :1

幸運 :1


霊刻印

◇剣術LV1

◇無

◇無

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 これはダリウスの、延いては俺自身の能力を数値化した表示だ。我ながら頭が痛くなるほど、1という数字で埋め尽くされている。探索者は皆ここからスタートなのだと言うが、下手すれば敵の攻撃をダリウスナイフでガードするのも、危険なんじゃなかろうか?


『それは相手によるのう。まあ、あの屍程度であれば大丈夫じゃろう。それよりも、お主自身が攻撃を食らわんよう気を付けよ。ワシには魔具としての補正が掛かるが、お主には数字以上の能力は発揮されんのじゃ。痛みを楽しみたいという、奇異な趣味があるのならば別の話じゃが……』

「ねぇよ!」

『声がでかいぞい』

「む、すまん……」


 なぜか俺が悪いみたいな感じになっているが、ダリウスの助言は聞き流さない方が良いな。こんな貧弱な状態で、あんな化け物の攻撃なんて食らった日には、生きて帰られる自信がない。安全第一、命を大切に。


 唯一の俺の強みは、霊刻印と呼ばれる欄に刻まれている『剣術LV1』の力だろう。これは本来、死霊を倒して入手するものだ。初回特典というか、ダリウスのお下がりというか…… そんなニュアンスで最初から刻まれていたのだ。レベル1とこちらも頼りなさそうな感じは拭えない。それでもこれさえあれば、十分に剣を振るう技能を授かる事ができるという。何はともあれ、実戦で試してみない事には立証できないよな。


「はぁー…… よし、行くか」

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