第2話 相棒

 さて、大まかに俺がここに至った流れは分かった。正確な経緯は全く不明だが、納得するしかない。ゼラさんを疑うのも何か違うと思うし、記憶を失った俺にそれ以上の選択肢はないからな。しかし、問題はある。これからの事だ。


「あの、ゼラさん」

「ゼラとお呼びください。敬語も必要ありません。私は一介の案内人に過ぎませんので……」


 と、言われましても…… ゼラさんの言う案内人は、黒檻を訪れ記憶を失った俺のような者達・・に、これからすべき事を説明する役割を担っているらしい。彼女は人間ではなく、死の巫女より使命を与えられた幽霊の仲間なんだそうだ。まあ足がちゃんとあるからか、確かに異様に白いけど恐怖心はいまいち感じられない。見た目と雰囲気とは重要なファクターだな。ちなみに黒檻では、色々な種類の幽霊をひっくるめて、『死霊』と称するそうだ。


 そして、ここを訪れた者達といったからには、俺の他にも死の巫女を探している奴らがいる。色んな世界の奴らが踏み込んで来ているからか、その数は優に数千人に達するらしい。俺を含めて、これらの来訪者達は『探索者』と呼ばれている。もしかすれば、俺と同じく日本出身者もいるかもな。記憶がないから、恐らく意味のない情報なんだけどね。


 っと、そうだ。ゼラさんに質問するところだったんだ。


「ゼラさ…… ゼラの話は理解した、と思う。流れから察するに、これから俺はその死の巫女とやらを探しに行かなくてはならないんだよな?」

「いえ、絶対ではありませんよ」

「絶対じゃないの!?」


 これは予想外。もしや、引き返せる?


「黒檻では空腹になる事がありませんし、排泄も起こりません。更には肉体の老化も防ぎます。この『白の空間』にいる限りは、安全も保障されています。ですので、貴方が自らを危険に晒したくないとお思いでしたら、永遠にここで閉じこもる事も可能です。但し、死の巫女を探し出す以外に、元の世界へと帰還する手段はありません」

「いや、それはそれで発狂しそうだ……」


 一見良い事尽くめなお知らせのようだが、この白白白ばかりな何もない空間で余生を過ごすなんて、人生を全力で投げ捨てているようなものだ。それ以前に、精神的にやられてしまう。しかし、死の巫女とやらを探しに行くとしても、外での探索には危険が伴う。


 ゼラの説明には、このセーフティエリアであるらしい白の空間の外側の話もあった。『黒の空間』とされるそこでは、死霊が悪しき感情に染められ、暴走状態になってしまった『黒霊こくれい』、所謂モンスター達がそこら中で徘徊しているのだという。モンスターって、怪物って。何でそんなに物騒なのかと問い質したい気持ちになってしまう。あ、そもそもが黒檻は、負の感情を集める場所だったか……


 また、この黒檻では歳を取らないといった話もされたが、死の概念がない訳ではない。凶悪な黒霊に襲われ、致命傷を負ってしまえば俺は死ぬし、そのまま魂は黒檻に囚われ、晴れてモンスター共の仲間入りしてしまうのだ。


 うん。ここに残ろうが、外に出て死の巫女を探そうが、主に絶望が待っているのはどちらも間違いなさそうだ。暗に覚悟を決めろと、そう言われている気がしてならない。


「願いを叶える為にわざわざ来たってのもあるし、最後の希望が死の巫女探しって事か。分かった、分かったよ。だけどさ、こんななりで黒霊のいる外側を歩くのは、いくら何でも無謀なんじゃないかな?」


 今の時点で、俺の中では死の巫女探しをする事が確定している。一方で武器を何も持っていない丸腰の状態では、それが自殺行為としか思えなかった。衣服も…… さっき気付いたんだが、ゼラのローブより酷い有様だ。ボロボロというよりも、ズタズタである。おい、誰がこれ着せた? 防御力の欠片もないぞ。


「それでは、黒檻より気持ちばかりの贈り物をしたいと思います。あちらを」

「あっち?」


 ゼラに右を指差され、そちらに視線を向ける。すると、そこには色鮮やかに輝く発光体が浮かんでいた。ちょうど俺の胸元あたりの高さで、ふよふよと僅かに上下している。ゼラの時のような見間違いではない。これはさっきまで、絶対にそこにはなかったものだ。


「えっと…… これは?」

「この光が貴方に力を与えます。利き手を光に近づけてみてください」

「………」


 と、言われましても…… 得体の知れないこいつに手を指し出すのは、なかなか勇気のいる事だと思うんだ。それっきりゼラは喋らなくなってしまったし、もう待ちに入ってるよね? パッと見、綺麗な光ではある。大丈夫、だよな?


「―――南無三っ!」


 始めから選択肢なんてないんだ。他の探索者達も同様に通った道だと思えば、多少は気が楽になる。勢いのまま、俺は光に手を突っ込んだ。


 その瞬間、鮮やかな輝きはその強さを増して、視界を煌めきで覆い尽くした。眩しいだなんてレベルじゃない。目の前が全く見えない。そして、手の平に何かの感触。その感触を感じ取った直後、輝きは徐々にその強さを弱めていった。


「……これ、ナイフか?」


 俺の手の中には、1本のナイフが握られていた。刃渡りが10cm程度の、刃が黒く軽いナイフだ。何というか、色合いが不気味。


「それは黒檻を彷徨う良き死霊の力を借り、武器の形として再構成させたものです。元となった死霊はランダムに選ばれ、その性格によって武器の形状は左右されますが、性能はどれも均一。運によっての得手不得手は発生しませんので、ご安心ください」

「も、元が幽霊なんすか……」


 今更だけど、これ触って大丈夫なものなんだろうか?


「あ、ですが1つだけ、これだけは運だという点があります」

「えっ?」


 やっぱり何か、悪影響的なものがっ!?


『ほう、お主がワシの使い手となるのか。何だかひょろいのう、しっかり飯を食っておるか?』


 ほら、よく分からない老人の声みたいな幻聴が聞こえてきたっ!


「武器には死霊の意思が宿っていまして、性格も死霊に準じます。ですから、性格的な相性の合う合わないといったものは、どうしても運任せになってしまいまして……」

「……意思が、ある?」

『と、いう事だ』


 幻聴、再び。


『幻聴ではない。我が名はダリウス! 生前はとある国の騎士として生きた者じゃ。精々上手く扱うのじゃぞ、相棒!』

「……ゼラ。このナイフ、今喋った?」

「無事に意思疎通する事ができたようですね。おめでとうございます」


 いや、意思疎通なんてしてないし。一方的に語り掛けられ、自己開示されただけだし。


『現実から目を背けるのも、そろそろ止めたらどうじゃ? ほれほーれ、沢山語り掛けてやるぞーい』

「幻聴じゃなかった! しかも、俺の心を読みやがるっ!?」

「はい、そういった武器ですので。貴方が顕現させたパートナーは差し詰め、喋る魔剣といったところでしょうか。残念ながら剣が成長しない事には、実際にその声を私が聞く事はできませんが……」

『魔剣ダリウスと呼ぶが良い、相棒』


 俺の魔ナイフ、なぜか誇らしげだ。


「魔剣って呼べる刃渡りじゃないだろ! って、このナイフって成長するのか?」

「ええ、外界である黒の世界にいる黒霊をその魔剣で倒す事で、魔力が蓄積されていきますので。探索をされる決心がつきましたら、まずは魔剣を成長させる事を第一に行動されると良いでしょう。蓄積した魔力を解放するのも、私の仕事の1つとなっています。貯めておける限度はありませんが、ある程度蓄積させたところで、この白の空間に戻るよう心掛けてください」

「は、はぁ……」


 何か、ゲームでいうところの経験値みたいなシステムなんだな。管理人の死の巫女って、意外とゲーム好きなのか? 暇を持て余してデスゲームやってるとか、そんな感じ?


「ですが、1つだけお気を付けください。その契約した貴方にとって、その魔剣は体の一部のような存在です。貴方が肉体を損傷させ過ぎると死に至るように、魔剣が破壊されても貴方は死んでしまいます。もちろん、その場合も黒霊の仲間に…… どうかその事を、お忘れなきよう」

『運命共同体という奴じゃな。相棒、死ぬ時は一緒じゃぞ!』

「………」


 とんでもない詐欺商法にあった気分だった。

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