第4話
廻船問屋は海に近い江戸の端にあった。普段使っている廻船問屋よりも豪奢な作りをしていて、儲けているのが一目でわかる。表に出してある簪も良い物と見え、ほう、と勝山髷姿のお瑠璃もため息をついてしまうほどだった。
「お嬢さん、何をお求めで? 中には紅などもありますよ」
揉み手でやって来たのは背の小さい小柄な店主だった。ああいえ、と戸惑ったように見せて相手の出方を見る。客じゃないのかと思わせた所で、お瑠璃は切り込んだ。
「昨日こちらに小間物屋の祖母が仲買と来たはずなんですけれど、まだ帰って来なくて。ご存じありません?」
ぴく、と店主の眉が動くのを、隠れていた十手持ちや岡っ引きたちは確認していた。
「どうぞ中でお待ちください、知っている者を探しますので」
「はあ……」
どこまでも心配げな顔は、嘘でもなかった。普段から家賃は取り立てて見合い話は断って、と邪険にしていたが、『お瑠璃』にも『瑠璃べえ』にも、二人はたった二人の血縁なのだ。祖父はどちらも早死にしている。父も母も亡いお瑠璃には、大切な。
こちらへ、こちらへ、とどんどん店の奥に引き込まれる。晴日の親分さんも見張っていてくれているから、お瑠璃は何の心配もしていない。何より籠から長谷川が見ている。大丈夫だろう。思ったところで急に店主の手が荒々しくお瑠璃を突き飛ばした。
「ひゃっ」
思わず叫ぶと、そこは座敷牢のようであった。
「身内がいたとは聞いてなかったが、詮索するなら嬢ちゃんもここでおっちんで貰わないとな」
「ばーちゃんは!? ばーちゃんと仲買さんは無事なんだろうね!?」
「おうよ、ぎゃあぎゃあ騒いで、訛り散らしてら! ったく、なんだってここがばれたんだかなあ。随分川を上って死体を捨てに行ったのによう」
「手代さんもあんたが!?」
「おうともさ! あいつ銭をちょろまかして自分の店を作る資金に充てようとしていやがった! ふてぇ野郎だ、まったく。まああんたらの肝の太さには負けるがな、がはははは!」
ちゃりんと鍵束を懐に仕舞い込んで、店主は明るい方へと出て行く。
「――はん」
すうっと目つきを『瑠璃べえ』にして、周りの座敷牢を見る。見える範囲で入っているのは瑠璃べえだけだ。他にも場所があるんだろうと、瑠璃べえは懐から十手を取り出し錆びの浮いた牢の格子をべきべきと折って行く。出られるぐらいになったら十手はまた仕舞って、きょろきょろと他の座敷牢を見回った。すると二人で一つの房に入れられている二人に気付く。
仲買と祖母だった。店に入って四半刻経っても出て来なかったら踏み込んでくれと言ってあるからまだ時間がある。いざと言う時に人質にされないよう、瑠璃べえはやはり錆びの浮いた格子をぺきぺき折って行った、泣き疲れた仲買が目を覚まし、ついで祖母が伏せていた身体を起こす。
大あくびだった。
流石の祖母である。
「瑠璃? あんた、瑠璃かい?」
「今は瑠璃べえだよ、ばーちゃん。無茶して踏み込むなんて、ほんっと人騒がせな」
やがてやいやい表が騒がしくなる。二人を助け出した瑠璃べえは、そちらには向かわず船着き場に向かい――
「お瑠璃ッ!」
魚のように勢いよく、飛び込んでいった。
祖母の悲鳴が聞こえた気がするが、ここは無視しておこう。そして瑠璃べえは目当てのものを握り締めて、出て来る。
「手代の財布とここらの砂。黒い砂なんて珍しいからすぐに分かったんだ、ばーちゃんにも。だろ?」
ニッと笑う瑠璃べえに平手が飛んだのは、言うまでもない。
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