第2話
船着場から飛び込んで死体を回収すると、追いかけてきた祖母二人はひぇっと声を上げ、置いて来たらしい親分を呼びに行った。その間に瑠璃べえは簡単な検死をする。腹には水が溜まっているようだからおそらくは溺死。少し潮の匂いのする口元の匂いを嗅いでいると、なんだなんだと人が集まって来る。笠がないのが面倒だな、思いながら瑠璃べえはそこに浮かんでいた、と簡単な説明で親分に引き継ぎ、振袖に着替え手ぬぐいで髪を上げてから湯屋へ行った。人は少なかったが、うっかり男湯に入りそうになって慌てて女湯の暖簾をくぐる。死体に触った身体で眠るのは流石に気分が悪いので、軽く身体を流すだけにした。髪もだ。乾くまでが面倒だな、思いながら帰り道に渡月橋の方を見ると、ほぼ野次馬は引いているようだった。親分さんが十手持ちたちにあれこれ指示を出して、死体は担架で運ばれていく。
しかしあの潮の匂いは、とお瑠璃が考えていたところで、瑠璃、と二つ重なった女声が響く。祖母二人だった。
「あんたあんなもん拾ってからに、どこ行っとったん!?」
「湯屋。さすがに気持ち悪いから」
「せ、せやな、気持ち悪いのは悪いな……それにしてもふらっといなくなるさかい、心配したんやで」
「んだ、せめて一声掛けてから行け。まったく、親そっくりだよ、急に江戸に行くなんて次の日にはいなかったり」
「せやせや。うちの子も家継ぎとうない、言って次の日には……おまけに孫遺して死んでしまうなんて」
「親不孝の子不幸だばって、おめもそうなんねが心配なんだで。なあ妙ちゃん」
「なあ芳ちゃん」
気の合う二人は互いのことを名前で呼び合っている。母方の祖母は上方で小間物屋をしていたが、暖簾分けじゃと強引に江戸へやって来たのだ。しかも自分でその暖簾を持って。仲買人からの品物の仕入れは父方の祖母が行っており、これと当てた物は必ず江戸で流行る。生まれは田舎だが審美眼は確かで、お互いに互いを頼りにしているのだ。閑話休題。
あれこれ子供の愚痴で盛り上がっている二人を放って、お瑠璃は親分の下に石段を下りて行く。船着き場で一服していた親分さんは、おう、と徳利を上げて見せた。さすがにそんな気分ではないので遠慮しておいたが、親分も煙管からぽちゃりと灰を川に落とし、徳利を腰に戻した。
「水死かい? やっぱり」
「まああの腹見りゃなあ」
「口から少し潮の匂いがした。腑分けは朝だろう? その時に胃の腑も見せてくれないかい」
「『お瑠璃』には見せられんなあ」
「親分さん」
てしっと肩を突く。はははと笑った親分は、分かった分かったと言って見せた。幸い冬だ、一晩で死体が膨らむこともあるまい。瑠璃はまだ橋の上であれこれ話している二人をとりあえず屋敷に送り、そのまま泊まることにした。同心の頃より広い家では貸しに出した方が儲かるのだ。もっとも同心の頃も二人に家を貸していたのだから、大して変わらないが。
「せやし……な、そしたら」
「んだな、瑠璃も……」
「細腕で小間物屋立てたうちの腕力、見せたるわ」
「庄屋で米背負ってたおらの膂力もな」
「何こそこそ話してんだい」
「ひゃっ」
「る、瑠璃、寝たんじゃ」
「ひそひそ話には耳が働くんでねえ。で、誰がどーしたって?」
「何でもない、何でもないえ」
「そんだ、うちの孫はどっちに似てめんこくなったのか話してただけだ」
「そりゃ母親似だよ」
「父親似の方が娘は幸せになれるって言うじゃないか」
「ぐぬぬ」
「ぐぬぬ」
「いーからさっさと寝とくれ。明日は早いんだ」
「へいへい、ほなおやすみなさいまし」
「ん、おやすみ、ばーちゃん達」
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