女与力・瑠璃べえ2
ぜろ
第1話
与力は通常三百坪の邸宅を与えられるが、瑠璃はそこに住んではいない。父方の祖母と母方の祖母、自分を育ててくれた二人に貸して賃料を取っているからだ。片方の祖母は上方で育ち、もう片方はみちのくに生まれた。瑠璃が父を亡くしたという報もすぐには届かなかったが、届くや否や関所破りまでしそうな勢いで出て来てくれたのだ。趣味も合い、仲良くやっている。瑠璃が『瑠璃べえ』となることには強く反対したが、瑠璃の方が強情であった。長谷川の言うとおりに、頑固一徹で通したのだ。それ以来普段瑠璃が住んでいる長屋に縁談を持って来ては、はやく結婚してそんな危ない稼業からは足を洗えと言って来る。
今日も今日とてその話であった。
「ええか瑠璃、女の幸せは結婚に掛かっとるんや。それを蔑ろにしたら、あの世のおとっつぁんも心配で出て来ちまうよ」
「たべ、いい加減そったらこど止めて、嫁げ。お侍さん友達はいっぱいいるんだべ? その中から選んでも良し、おらたちが探してくるも良し。瑠璃はめんこい顔だから、より取り見取りだべ」
「せや! いい加減身体もおなごになってきちゅうに、『瑠璃べえ』するにも無茶があるえ!]
「あー」
蓬髪頭で長屋の座敷に座っている瑠璃べえは、双子の二人暮らしと言うことになっている近所の手前、あまり声を上げられない。この長屋も先日火事があって立て直されたものだから顔見知りは少ないが、それでも体面と言うものがある。元々男女の双子は顔が似ないと言うのだから、勝山髷で大げさに女を演じ、蓬髪で浪人を演じるのも一苦労なのだ。もっとも網代笠で顔を隠していることも多いが、それでもである。確かに最近は胸も膨らんできてさらしであちこち締め付けるのも面倒になってきている。だが瑠璃べえにしか出来ないこと、お瑠璃にしか出来ないこともないではないので、この宙ぶらりんが今は便利なのだ。今は。
「やいやい言ってると思ったら、おっかさんたちかい」
「親分さん」
晴日の親分が徳利をぶら下げてがらりと長屋の戸を開けたのは、そんな時だった。
すると祖母二人の眼がきっとそちらに向けられる。うっと呻いた親分は、この二人が苦手であった。
「なんどす女所帯に戸も叩かず入って来て。着替えでもしてたらどうするつもりだったんどすえ」
「んだんだ、同心は粋だけども親分さんは襤褸着てることも多いけ、変に勘繰られても困るわ」
「ほんまほんま」
「なー」
齢五十を経て親友になった祖母たちは強い。親分さんには悪いが、とそーっと勝手口から逃げようとしていた瑠璃べえは、間一髪見付かってしまう。これ、と声を掛けられ、草履で慌てて飛び出すと、瑠璃、と言う声が追いかけて来る。知らん知らんと渡った渡月橋は夜の闇に照らされ月が浮いていた。
ついでに死体も浮いていた。
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