◇2◇
「まあ、この間の貸しと一緒に払うさ」
肩を回し、首を回しそれから椅子を探して座る。
「ナナシさん貴方ねえ……。まあ良いです。とりあえず外傷はなさそうですが。それに、なんですかこの足枷」
アルヴィスは困ったように肩を竦め、少女の体を見ていく。
風月が横へと降りれば表情はないが心配そうに首を傾げたり回したりしている。
「わからん。その場で起きなかったから話も聞けんかったし、ここまで運んできたが目を覚まさなかったからな。もしかしたら何かあるかもとね」
「うーん。なんか特にマズそうな状態ではなさそうですね。呼吸もしっかりしてるし。骨折してる様子もなさそうです。ただ……これはなんだろうな」
体、関節などに触れながらしきりに首をかしげる。
「どうしたんだ?」
「これは魔術の痕跡かもしれませんね。詳しい所は調べてみないと」
「魔術の痕跡?」
一旦少女の様子を確認するのをやめ、アルヴィスは乱雑に本が置かれている机の上を漁り始める。
「アルヴィス。いつもの薬草在庫が無くなってるぞ」
そんな間に、奥の扉が音を立てて開きそこから別の男の声がした。
「ああ、イセアさん。代わりの薬草を手配しましょう。他にも足りない薬剤がいくつかありますから」
漁りながらアルヴィスがそちらへと視線を向ける。
ナナシと風月もその音に反応してそちらへと向くと、癖の強い黒髪の男がナナシを見た。
腕にはナナシの首から下げているものに一つ歯車を足した腕章。
腰からは銃を下げている。
「おー? ナナシがこんな店に珍しいな」
今度はナナシが嫌そうな顔をしてその男を見た。
その男はナナシが首から下げている腕章――一つ歯車の紋を確認して、それから笑った。
「こんな店とは失礼ですよイセアさん。おれの店なんですけど」
悪い悪い。と笑いながらイセアは手に持っていた箱を机と下ろした。
「で、
ナナシは顎でソファーで寝かせている少女を示す。
イセアがそちらを見ると眉をひそめ、それから笑顔がひきつった。
「お前……」
かつかつ、と足音を立てながらナナシへと近寄れば、胸ぐらを掴む。
「な、なんだよ」
両手を上げて無抵抗を示してみせる。
「あの足枷はなんだ。ついに人身売買まで手を付け始めたのか!?」
「落ち着け、落ち着け兄弟。誤解だ。それに揃いも揃ってついにって言うな」
「しかも少女趣味とは見下げた奴め」
先程のアルヴィスの反応からして、こうなるだろうなと予想していたのか苦笑を浮かべて首を横に振る。
「二重に誤解だぞ。いや、ほんとに。なあアルヴィスからもなんか言ってくれよ」
自分から何かを言っても解ってくれなさそうな様子に店の主へと声を投げる。
「おれの工房なんで、喧嘩なら他所でやってくれませんか」
「おーい」
「事と次第によっちゃこのまま僕が詰め所までしょっぴくぞ。ただでさえその腰の銃もどきがかなりグレーなんだから」
ナナシの腰に下げられた銃の形をしたものを見れば黒い目を細めた。
「だから誤解だってば。そのへんで寝転んでいたから保護しただけだ。これは工具だって。そもそも弾丸なんてないし、撃てないのは知ってるだろ」
それを聞いてイセアはぱっと手を離して肩を竦めた。
「ま、そんな事だろうと思ったよ」
「わかってくれりゃ良いよ。しかしどうしたもんかと思ってたんだ。トリガーの詰め所の方で預かってくれたりしないのか?」
ナナシがイセアの左腕の、二つ歯車の腕章をちらりと見て言う。
「どうだろう。詰め所って言っても大した部屋があるわけでもないから子供を預かるには上層に行く必要があるな」
「上層、かあ」
「今から行くにも申請は必要だろうし、一旦どこかでやっぱり預けないとならないね」
「そうだな。うーん。まあ、預けるアテはないことはない」
「あ、孤児院か?」
「ああまあ。そうだな……」
ナナシはなんとなしに天井を見上げた。
明かりのついているシーリングファンがぐるぐると回るだけだった。
ポイントアライバルには
腕章に刻まれた歯車の数と色によって行える行動が変わってくる。
下層はスラム化している為治安も悪く、何もなしに自警団になりたがる人間はそう多くはない。
ここでは住人登録が無く、ここで住んでいる人間たちは便宜上それぞれ別の国に所属している物となっているため、この腕章は個人の識別証にもなっており、同時に管理も行われている。
ギアーズ登録については中層に管理局があり、一定の金銭を払えば誰でも行えるようになっている。トリガーに関してはいくつかの条件をクリアしてようやくなれるものでもあり、許可をもらうためにも上層に行く必要もあり、トリガーから要職についたという話も少なくない。それ故にこの中層では一定の知名度と権利があり、住人たちに慕われる職業とも言えた。
「とりあえず、このままじゃ可哀想です。工具がそこの箱の中にあったはずなのでその足枷外してあげてもらえますか」
ルーペのようなものを探し当て、アルヴィスは二人へと言う。
「だいぶ丈夫な造りしてるけど」
無理そうだ。とイセアが首を横に振る。
「まあ、鍵穴はあるし、壊すよりは楽なんじゃないかね」
その様子にナナシは言われたとおりの箱を漁り、工具をいくつか手に取ると確かめ頷く。
「そこは任せるよ。僕はそこまで手先は器用じゃないし。鍵開けの講習は受けたけどギリギリ及第点だったからこんな鍵は開けれる気がしない」
「なに、分解はお手の物だって。見てな」
「だいじょうぶかー? 外れるかー?」
心配そうにしている風月に手を伸ばし、その腕を伝って頭に上るのを待ってからナナシはソファーの横に座り込み、少女の足をそっと持ち上げて鍵を膝に乗せる。
工具の先を鍵穴に入れて確認すればピッキングツールを使い手先を動かし始める。
「片目でよくやるよ。疲れない?」
「ないものはない。手持ちでやるしかないだろ」
言う割には愉快そうに目を細め、最初は乱雑に動かしていた手がゆっくりと丁寧な動きに変わっていく。
「これで、よし」
何かが噛み合うような音がすれば、するりと鍵が外れる。
「外れたぞー。すごいなー」
風月が頭の上で羽を開いて喜びを体で示している様子にイセアが笑いながら「良く出来てるな」とつぶやいているのが聞こえた。
「あんま揺れるな。重いぞ」
手順を理解したのかもう片方の足の鍵もそれほど時間をかけずに取り外した。
「外してわかるが、結構重いなこれ」
外した鍵を持ち上げればイセアへと放り投げる。
突然投げられ、お手玉をしながら落とさずにキャッチする。
「それ、結構しっかりした造りだから製造元とか特定できないか」
「あー。そうだね。ちょっと調べてみるか」
改めて見てみると、鍵自体に装飾が彫られておりちょっとしたアンティークの様な造りになっている。
「それもそうだけれど、こちらも調べてみますね。何かどうにも引っかかりますので」
鍵を取り外した後にアルヴィスが少女の首についているチョーカーに触れる。
「これはやっぱりそうか、結構古い術式なのか」
双眸を細め、ナナシを一瞥する。
「なにか解ったのか?」
アルヴィスは頷き、それから鍵を指差す。
手に持っていたもう一つの鍵をアルヴィスへと手渡した。
じっとルーペを翳しその鍵を見れば難しそうな顔をする。
「チョーカーには
そう言われるが、ナナシとイセアはお互いに顔を合わせて首を傾げるだけだ。
「魔術の話をされてもちょっとな……オレ達にそんな魔術の話しされても、なあ?」
「そうだよ。そんな旧世代の力とか言われてもちょっとピンとこないんだけど」
中層では普段一部で魔術による明かりで保たれている場所は存在するが、魔術そのものは習得に知識と使用に技術、どちらにもかなりの時間を必要とするため、クラスタを用意することによって誰でも使える蒸気機関が発展した以上、魔術形態は陳腐化していった。クラスタの精製流通が多いこのポイント・アライバルではそれが特に顕著だった。
「そうですね。何から説明しましょう。と言う前に」
ナナシを見てアルヴィスはまたもや笑顔を引きつらせた。
「厄介なもの持ってきてくれましたね。マジで」
「どういうことだ?」
「
「その術式が掛けられた物の場所がわかる魔術だよ」
新しい声に、反射的に三人が視線をそちらへ向ける。
半開きにされたドアの前に、初老の男が立っていた。
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