風見鶏の向く方へ

七篠 昂

一つ歯車のナナシ

◇1◇


 常に舞い上がっている蒸気と、空を覆う厚い雲。

 空気が重いと感じる ポイント・アライバル到達点と呼ばれる街の一角。

 かつて、魔物と人間が幾重の時間をかけて領土を取り合ったと言われている土地。

 バレ・スーリア大陸の西方に存在する渓谷に存在する街。

 西の最果て。ドラゴンの顎。流刑地。様々な呼び方をされているその場所は、深い渓谷で南北へと切り裂かれている。

 大陸の各国から戦えるものを募り戦線を維持、そして勝利を収めた。

 いざその戦いが終わってみると、どこの国の領地にするかであわや戦争となる寸前までの話になる。

 しかしそれは過去の話で、結局の所

 それで手打ちになったのだ。戦争をするよりもずっとマシだろう。という理由で。

 ただ、そのまま放置するわけにも行かず、戦線を維持したときのように人を集め、その渓谷そのものを切り拓き、今までとは違う理由で人の集う場所へとなったのがここと言われている。

 一つ目の大きな転換期はクラスタと呼ばれる水晶の発見だった。

 その水晶は加工をすることで大量の蒸気を発生させ、それを動力とした蒸気機関の発展によって、人が集まり始める。

 色々な商人が、鉱夫が、冒険者が、またたく間にクラスタを流通させ、発展させ、ここを一つの国のように形作っていった。

 今では一つの商会が治め、治安の維持から流通までを複数の商会がお互いを補っている。

 最初は地上。地上に建物を。

 利便性が悪いから、渓谷の下に建物を。

 あとはねずみ算的に建物が積み上がっていった。

 今ではクラスタもほぼ枯渇し、このゴールドラッシュならぬスチームラッシュは終わりに見えた。

 今度は誰かがという話が広まった。

 これが二つ目の転換期だった。

 これによって、その製法を求め人が集まる。

 その精製の手順の一つがこの渓谷そのものだという事が広まる。

 それによって、ここに工場が必要になる。

 驚くような速度で建築物が増え、人が増え、いつの間にかにここでは上層、中層、下層と分かれるようになった。

 上層にはいわば貴族。富豪。そういった人物たちが暮らし、中層には労働者。配管と煙突にそこから吹き出す煙や蒸気にまみれた街のメンテナンスを。ドラゴンの喉と呼ばれる強い流れの川と、上から落ちてくるスクラップが溜まる下層には未だにクラスタを掘る者。もしくは、国ではなく、住人登録のない流れ者や犯罪者が屯する場所となった。

 奇しくも過去に流刑地と呼ばれ、ドラゴンの喉へと落とすファーウェスト送りと言う極刑の名の通りとなった。


 錆びた足場の軋む音を立てながら、男はガラクタを担ぎ歩いていた。

 懐中時計を確認すると、まだ昼前だが周辺は暗がりに落ちていた。

 縦に伸びるこの街の下層。ここにはほとんど光が入り込んでこなかった。

「ナナシー。おそいぞー?」

 苔のような深い緑色の髪の上で、機械じかけのフクロウがそう言った。

「このままだと、到着する前に昼になるぞー?」

 その下にはうんざりした男の顔。

 片手で振り払うと、フクロウは器用に髪を伝って肩へと降りる。

 汗の流れる頬、横に走る古傷をなぞるように手袋で拭い取る。

「うるせー」

 男――ナナシは自分の身長ほどの大きさの剣を手すりへと立てかけるとため息を一つ吐いた。

「中身が詰まってるんだ。こんなん重いに決まってるだろ。ったく、いい拾い物だと思ったんだがな」

 前に下りてきたみつあみを鬱陶しそうに後ろに払い、首に下げている一つ歯車の紋が刻まれた腕章を正しその剣へと視線を戻す。

 右目は大きめの眼帯に隠れ、もう片方の青い目がその剣を上から下まで見て、眉間にシワを寄せる。

「がらくたー。はずれー」

「うるさい風月。これは間違いなくお宝なんだ。分解して中身次第じゃこの間借りたクラスタを返す当てぐらいにはなる」

 風月と呼ばれた機械じかけのフクロウは興味もなさそうに配管と蒸気と煙しか見えない空を見上げていた。

「かんこどりがなくー。今日もー。お客はー。こないー」

「うるせ。お前さんの燃料だって必要なんだよ。ったく」

 と、言いながら剣へと手を伸ばすと。

 ぎい、ぎいいい。と鈍く軋む音。

「や、っば!」

 剣の重みで手すりが曲がり始め、それに従ってボルトが外れていく音。そしてさらには自分の足場まで引きずられるようにへしゃげていく。

 慌てて先まで走り、近場の手すりへと飛び込み掴む。

 落ちた足場が、剣と一緒に金属音を立てながら落ちていくのが視界に入った。

「うそ、嘘だろ……。ええー……。取りに行かなきゃならんの?」

 別な足場に這い上がり下を覗き込むが殆ど明かりはなく、底は何も見えなかった。

「ざんねんむねんー。今日は店じまいー」

 手すりに飛び乗った風月も同じく下を覗き込んで愉快そうに歌っている。 

「おい風月。お前ならひとっ飛びだ」

 下を指差し、半眼で風月を見つめる。

「しかたないなー。ぼくが居ないとだめなんだなー」

「そうそう。お前が居ないとなー。風月って凄いからなー」

 白々しく言えば、それでも風月は満足そうに機械でできた翼を広げて手すりから飛び降りていく。

「ぼくはすごいからなー。しかたないなー」

 風切り音と一緒に一気に滑空していく。

 手すりに寄りかかり下を覗き込み、足場を探せば腰に下げた携帯用の小型蒸気機関がぶつからないように自分も降りていく。

「降りるのは楽なんだよ。降りるのは」

 ボヤきながら足場を確保しながら降りていくと、途中で風月が声をかけてくる。

「ナナシあったぞー?」

「お。そっちか」

 声をかけてきた風月がそのまま引き返せば、それを追いかけるように走っていく。

 少し走ると、珍しい光景が見えてくる。

「陽光か? こんな下層で光が入り込む場所なんてあるもんなんだな」

 上から一筋の光が入り込み、その下には造花ではない本物の草花がそこに咲いていた。

 ナナシは物珍しそうに見上げ、それから視線を下ろして目的のものをと。先ほど落とした剣が転がっていた。

「ここだぞー? 人が落ちてるぞー?」

「ここにあるだろ。さっさと帰る……ぞ?」

 剣へと手を伸ばし、その言葉が頭の中で疑問に変わる。

 首だけそちらへと向けると、先程は光の加減で見えていなかった姿。

 その真中で少女が眠っている。

 一条の光が差し込む下層こんな場所でナナシは、少女を見つけた。

「参ったな……」

 顎に手を当て、もう一度上を見上げた。

「どうしたー? 生きてるかー?」

 肩に乗っかってきた風月の声に目を細めて少女を見た。

 体が動いている様子に小さく安堵の吐息。

「生きてはいる。血の跡もなさそうだから外傷はなさそうだが」

 周辺を見渡すが、特に彼女の持ち物と言えそうなものを見つけることはできなかった。

「落ちてきたのか迷い込んできたのか。それにしても、随分上等な服を着てるな」

 ワインレッドのような上着と、それに準じたスカート。見るだけで明らかに質が良い。首にはおしゃれなのかチョーカーまでついている。

「上の子供か? ……だが」

 足元を見れば、靴を履いていない。その代わりに目に映るのは鈍重な鍵で止められている足枷とそれにつながる鎖。

「……」

 眉間にシワを寄せた。

「おいていくのかー?」

「いや、流石に放っておくとそれはそれで夢見が悪そうだ」

 そう言いながら手を伸ばし、肩に触れて揺らすが起きる様子もなく反応はない。

「この状況で寝てるだけなのか何かあったのか。寝てるだけだったら肝座りすぎだろ」

 苦笑、少し考えれば上着をかけて少女を抱えて立ち上がる。

 ここは陽が当たるからこそ気温は高いが、基本気温が低い。

「風月。アルヴィスの店に行くからナビしろ」

「わかったぞー」

 頭を揺らし肯定の意を示せば風月が飛び上がり先導するように滑空する。

「しかし、どうしたもんか」

 少女の軽さに何度目かのため息を吐けば歩きだした。



 中層まで来ると、下層特有の匂いと空気の重さもなく、その代わりに煙と蒸気で視界の悪さが目につく。

 光が入らない分の寒さが蒸気機関や内燃機関によって緩和されている。

 どちらかと言うならば蒸し暑さすら感じる事がある。

 また、下層と違って常に何かが動いている音がする。ここからもどうやってつくったのか解らないほどのサイズの歯車が音を立てながら回っている。

 馴染みの建物、時間の頃にすれば昼をとうに過ぎていた。その扉を足で開けると中の様子を伺う。

「アルヴィス。居るんだろ」

 青銀の髪の男がこちらに気づかずにああでもないこうでもないと作業をしている様子が見えた。

 背中で扉を押して中へと入る。外の音もあるからか、どうやらそれだけでは気づかなかったらしい。顔だけ向け仕方なく声をかけると男が振り返る。

「おいヤブ医者急患だ」

「やぶいしゃー。きゅうかんだぞー?」

「おれは医者じゃありません。錬金術師です」

 ナナシの顔を見ると嫌そうな表情をして、それから言った。

「ヤブなのは良いのかよ。まあそれはいいから診てくれ」

 体を反転させ、抱えている少女の姿を見せれば男の顔が蒼くなっていく。

「ってうわ! ついに人身売買始めたんですか!? やめてくださいよまた厄介ごと持ち込むの!」

「ちげーわ! ってなんだついにって! ……拾いもんだよ」

 そんなことを言い返しながら少女をソファーへと下ろす。

「どっちにしろ厄介事じゃないですか……。高く付きますよ?」

 だよな。と顔をひきつらせ項垂れる。

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