◇3◇

 いつの間にかに店先に立っていた、軍服の様な出で立ちの初老の男が続ける。

「そのお嬢さんは預かりものなのでね。こちらに返していただけないだろうか」

 年齢にしては、体格に見合った背筋の伸びた姿勢。

 扉が完全に開かれれば伴うように二人の男が入ってくる。

「何事ですか」

 アルヴィスが最初に先頭に立ち、初老の男へと話しかけようとしたところでナナシが腕を引く。

「待て」

 そこでアルヴィスが逡巡の後に諦めたように下がる。

 今入ってきているのは三人だが、扉の向こうには更に複数の人間が居ることが見て取れた。

「ご老人。一体どういうことでしょう。少なくとも大人数でやってくる場所ではありませんよね」

 イセアが代わりに先頭に達男たちへと視線を向ける。

「私はディキオズという者でね。上層からやってきた。今言ったとおりに彼女の関係者なんだ。預かっていて、いわば保護者代わりというものなのだ」

 威圧するような様子こそないがそもそもの存在に威圧感がある。

「事情があるのであれば詰め所で伺いましょう。ここは個人の店です」

 二つ歯車の腕章を示し、外に出ましょう。と告げる。

 ディキオズが眉を上げ、イセアを見た。

「ちょっと穏やかじゃありませんよね。上層から来たとのことですし、お疲れでしょうからお茶も出しますよ……ちょっと人数多いですが」

 こちらは笑顔ではあるが、目は笑っていない。

「私は返していただけないだろうか。と聞いているのだが?」

 荒い口調ではないこそ、口調は断定的だった。

「足枷がされている少女を返してもらおう。と。なるほど。それは理解しましたが……保護者、が行う扱いではありませんよね?」

 すでに外してはあるが、わが子可愛さに足枷をつける保護者などあってたまるか。という表情でイセアは答える。

「こちらは最悪、多少貴方達を痛めつけても良いと言われている。まあ後ほど見舞金や彼女の身柄を確保したことに対する報奨もお出しいたしますよ」

「いいえ、お構いなく。少女の身柄はこちらで預からせていただいておりますので、事実確認の上で上層からご連絡が行くと思いますよ? お礼もその後で結構です。正規の手順を踏んでいるのであれば、ですがね」

 その言葉に平行線になるだろうことを判断したのか、ディキオズが目配せをすると一人の男が少女へと近づいていく。

 だが、少女へと近づいた男が蹴り飛ばされ、壁の本棚にぶつかり本棚が崩れてその下敷きになった。

「あっ! おれの店で暴れないでくださいよ!」

 店の主は憤慨した様子でナナシへ非難の言葉を投げつける。

「悪いね。足癖が悪くてさ」

 にぃ、と笑って他の男達へと視線をやる。

「待ちなよ旦那がた。その子はオレが先に見つけたんだ」

 埃が舞う店内でナナシが薄ら笑みを浮かべ、右手を前へ出し制する。

「多少痛めつけても良い。だろ? じゃあオレ達がお前さん達にそうしたって構わないってことだろうよ」

「おれを巻き込まないでくださいよ……。誰が片付けると思ってるんですか」

「でも、仕方ないな。僕としてもここで暴力を示唆して交渉されても頷くわけには行かないし」

 イセアも構えを取り、男たちと向き合う。

「名前だけは聞いておこうか。ギアーズ一つ歯車の男」

「名無しのナナシだ。忘れてくれて結構だ」

「この場は預けるぞ。少々慰謝料が高くなるかもしれんが必要経費だ。まあ、受け取れる体が残っていればだがな」

 ディキオズがそれだけ言えば興味を失ったのか踵を返すと数人の男たちと扉を後にする。それと入れ違いにまた別の男たちが入ってきた。

 こちらはすでに抜き身のナイフや剣で武装している。

 先に走り込みながら掴みかかろうとする男の手を払えば、ナナシは逆に掴み手首を捻って背中を蹴ってディキオズのその背中を見送った。

「ちょっと……。外でやってくださいってば!」

 アルヴィスが男から逃げつつ叫んでいる様子を背にしながら、次の相手を見据える。

「アルヴィスはその子を頼む。僕たちでこいつらを追い出すから」

 風月が女の子の前で翼を広げて威嚇するようにしている様子に、アルヴィスへと言った。

 向かってきた男の手を払い、握っていたナイフを叩き落とし顔へ肘を打ち込みんでからイセアは、扉の方へとその男を蹴り出す。

「つーても、なあ。こんな場所でどうしろってんだ」

 目を細めながら残りの人数を目で追う。

 入ってきたのが七人で、今倒れてるのは三人。扉の近くに二人と、アルヴィスを追いかけている一人と、ナナシに向かっていく一人。

「とりあえず後で詰め所から人呼ぶからそこら辺に転がして置いて」

 二人目を地に叩きつけながらイセアはアルヴィスを追いかけていた相手へと掴みかかる。

「いやいや、オレ達は荒事専門じゃあないぞ」

「最初に手を出したのはナナシなんだから、責任は取ろうよそこは」

 手慣れた様子で殴りつけ、足を払って転ばせばそのお腹を踏む。

「それにさっきあの子は預かれそうにないって」

「こういう輩は外にでも寝かせておけば良いんだよ。体力もありそうだし」

「修理代はつけておきますからね。しっかり払ってくださいよ」

 男たちが落としたナイフを踏み、跳ね上がらせたものを手に取り、扉の近くにいた男の腕へと投げつける。

「流血沙汰は……ってもう。人が寄り付かなくなるじゃないですか」

「悪い悪い。ついね」

 剣を落とした男がその腕にナイフが突き刺さったことでそれを抜こうとするもヨロヨロと後ろへと下がり、今度は机を倒して上に置かれていた道具や本が乱雑に散らばる。ガラス落ちればが割れる音が響く。アルヴィスがすごい顔をしていたがそれは見ないふりをする。

 入ってきていた男の殆どが倒れたところで小さな破裂音がした。

 当然のように視線が集まれば、その男がコートの下から取り出した銃で天井に穴を開けていた。周辺に蒸気が吹き出している。

「なんてことを!」

 別の意味で悲鳴を上げるアルヴィスと、その銃を見る二人。

「マジか」

「脅しではない」

「脅しじゃないなら撃てばよかったのに」

 男の一人を掴んでいたイセアはその男を盾にしながら銃の持ち主を見る。

「それに、銃を持ってるのお前さんだけみたいだし」

 倒れてる男を足蹴にしながらナナシが言う。

ギアーズゴミ拾い風情が……」

 そのナナシを睨みつけ、銃口を向ける。

「もし外してあの女の子に当たったら、どうするんだ?」

 今の今まで出さなかったのは、味方を含めて誤射の可能性が高そうだったからだろう。視線でアルヴィスの横で眠っている少女を示せば、男に指を向ける。

「あんたらの目的はあの女の子を連れて行くだろ? これ以上やるならこっちも同様の条件で戦うことも考えることになるよ」

 イセアが空いている手で自分の腰に下がっている銃を示す。

トリガー二つ歯車の腕章もしていないのに、それを使うってことの意味解ってるよね」

 威圧するように銃口を見る。

「とにかく、おれの店から出て……」

 アルヴィスはすでにこの後の片付けを想像して項垂れていた。

「まあ、今の音で騒ぎを聞きつけた野次馬たちもやってくるだろ。揉め事はともかく、銃声は結構響くからな」  

 銃口がイセアとナナシに対し、交互に向く。

「いいかい、旦那。二つに一つだ。ここで一旦仕切り直すか、お互いの命を掛け金にして殺し合うか。好きに選べよ」

 指を二つ立て、ナナシは銃口が向いてるとは思えないような仕草でその男へとゆっくりと歩いていく。

「あ、そうだ」

 ふ、と。思いついたように上を見る。

 その反応に気が緩んだのか釣られたのか男の視線が上へと向いた。

 男が反応したときには遅く、その姿は沈み視界から消える。同時にナナシが男の足を払い、床に転がれば銃を持った手を足を強く踏んだ。

 骨が軋む音と男の呻く声を気にせず男に三本に立てた指を向けた。

「間合いだよ。三つ目はここでオレ達にボコボコにされて連行される。だ」

 にぃ、と笑えば銃を拾い上げ装填されている弾を抜き、圧力用の蒸気管を強引に引き抜けばイセアへと転がす。

 イセアが足で止めると、ため息を零した。

「まったく。アルヴィス。なんかロープでもない? 適当に縛り上げておこう」

 そこで抵抗する意欲を失ったか、外からの野次馬の気配に気づいたのか他のもの諦めたように逃げ出そうとする。

「いいや、それは放っておいて。どうせさっきのディキオズだっけ。アレが帰ったなら無駄になるだろうから」

 イセアの言うとおりにそのまま三人が逃げるのを見送ってから、アルヴィスがロープを用意して残った男たちを縛り上げる。

「風月。もう大丈夫そうだ」

 翼を広げたままの状態でキョロキョロとしていた風月へと声をかけると、ソファーには依然変わらずに寝息を立てている少女がいた。

「それにしても、これの中でも起きないとは」

「本当に大丈夫なんだろうね」

「おそらく大丈夫だと思うんですがね」

 三者三様に見合わせると、苦笑を浮かべて少女を見下ろした。 


   

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