19. 保身プライオリティ
「……やっぱ料理上手いな」
「ん。ありがと」
少し遅めの昼食。小鳥と向かい合い、小鳥お手製の食事をモグモグしている。気になるメインメニューの方は、
「美味しいけど、なんでこれなの?」
トンカツである。いや美味しいんだけど。絶品なんだけど。なんなら美味しすぎて、「毎日俺のために食事を作ってくれ」とか血迷ったことを言いそうなんだけど。
「普通、夜に食べない?」
「き、気合いが入ってしまいまして……なぜか」
「まあ、かなり美味しいよ、うん。量も気合い入ってるけど」
キッチンの方の大皿を見ると、これでもかとトンカツが山のように載せられている。あまりの多さに見てるだけで胃がもたれそうだ。こりゃ夕食……いや、明日の弁当もトンカツコースかな。
しかもすげぇお腹に来るし。トン「カツ」ということで縁起がいいとは言うが、大事なテスト前には向かないという一般論もよく分かる。
「そ、それも気合いが入ってたから! なぜか!」
「分かったよ。とりあえず座ろうぜ。な?」
「う、うん」
少しヒートアップしすぎたことを自覚したようで、すごすご椅子に座り直す。
「それにしても『なぜか』ねぇ……」
「うっ……そ、それは……」
「いや、いいんだ。やっと分かったから」
「それって……」
箸を止め、顔がだんだんと朱に染まるのが、ありありと見てとれる小鳥。
「箸止まってるぞ」
「あ」
そこで思い出したかのように、箸を動かしトンカツにパクつく。その間にもチラチラとこっちを見ている。
悪いな、とは思う。あの金曜日のハグは勘違いでなければ、きっとそういうことなのだ。小鳥は勇気を出した。だから俺はそれに応える義務がある。けど今日はそれを話すと、後の話に色々支障が出るのであまりしたくはない。
まあ、これも言い訳か。単純にこっ恥ずかしいのが一番の理由だ。
「ごちそう様でした」
小鳥は行儀よく手を合わせる。結局食べ終わるまで、何の会話もなかった。
「それで大切な話って?」
箸をテーブルに置くや否や小鳥はそう切り出す。俺はまだ食ってるんですけどねぇ……。それでも待たせたら悪いと思い、お茶碗の最後の一口を掻き込む。
「それでなんだが……」
「響ちゃん、食べながら話すのはお行儀悪いよ」
「あ、悪い」
もう十七歳にもなったというのに、食事のことで怒られる日が来るとは。根本的に誰が急かしたのか、とは問い質したい所だが。とはいえ「口にあるものをごっくんしてからお喋り」というのは子供の時から何度も聞いた言葉。守らねばならないだろう。あと小鳥は礼儀とかには厳しいし……、怖いし……。
掻き込んだご飯をちゃんと飲み込む。よそっておいたお茶も一口。やっとのことで話を切り出す。
「実は……俺らで鎌谷先生のストーカー行為を辞めさせようと思ってるんだ」
小鳥がぴたっと固まる。はは、瞬きもしてないや。こいつは傑作だ。
「あ。えーっと? 『俺ら』っていうのは?」
「具体的には俺と鷹瀬だな」
「お父さんは?」
「条件付きだけど解決を許してくれたよ」
「許しただけ?」
「許しただけだな。計画には全く関与してない」
疑問続きの後、一瞬小鳥は眉をひそめる。そこで瞑目して、一つ息を吐く。
「……まあ、いっか。それで辞めさせる方法はどうなの?」
「ああ、それなら」
コピーを取っておいて良かった。手書きの計画書は既に鷹瀬に渡してしまった。コピーの方を小鳥に渡す。
「ふーん」とか「ほー」とか納得した風な声を出している。よし、中々好感触のようだ。しかしそう思ったのも束の間。紙の下の方に目線が行くにつれて、表情は険しくなっていく。
全て読み終わったのか、テーブルに紙を投げ出す。「ふぅ」というため息ともつかない声と共に。
「私個人の意見言っていいかな?」
「……どうぞ」
『私個人』とかこういう枕詞が付いた時、自分にとって都合のいい意見だったことは、経験上一度もない。それでもアドバイスは聞かなければ、完璧な作戦にはなり得ない。少し怯えながら次の言葉を待つ。
「悪くなかったよ」
「え」
「発想としては面白いし、それでちゃんとした解決法にもなってる。ちなみに出された条件は?」
「それなら……」
父から解決にあたり、守るように戒められた条件を全て話す。
「へぇ、それだけ縛りがあるのに、よくここまで考えたね」
「ま、まあ……」
悪い言葉が来るとばかり思っていたので、この反応は結構意外で、逆にこちらの反応がしどろもどろになってしまう。小鳥の褒めが過剰で恥ずかしいのもある。
「でも!」
ピンと人差し指を突き立てる。表情はどこか怒っているように見えた。
「私はあんまり好きじゃないな」
「そっ、か……」
現時点でこれが完璧な作戦だと微塵も思っていない。条件の中でそれなりに上手くやっているが、不完全であることは間違いない。
だから指摘は欲しかったのだが……いざ受けるとなると、結構落ち込む。しかも『好きじゃない』という言葉は、理屈抜きで全て否定された気にもなる。
「……具体的にいうなら、どこがダメなんだ?」
すがるような思いでおずおずと訊いてみる。すると小鳥は表情を一転させ、穏やかな表情になる。それは笑顔にも見え、こっちとしては小鳥の感情の揺れ動きが激しく、さっぱり分からない。
「だってこの解決法、響ちゃんだけ損してるじゃん」
「え……」
俺が「そんなこと?」と思い、呆然としていると、小鳥はテーブルに乗せられていた紙をこちらに滑らせてくる。
すぐに手に取るが、そこには前と変わらない文章しか書かれていない。思わずある言葉が口を衝く。
「その何がいけないんだ……?」
ここでの最優先事項は鎌谷先生のストーカー行為を辞めさせ、鷹瀬と小鳥の不安を取り除くことであるはずだ。今は俺の利益やらはどうでもいい。
「全然ダメダメだよ」
「いや、でもこれが一番、丸く収まる方法なんだ」
「かもしれないね。けどダメ」
「なんで……」
胸の前でバツを作る小鳥に首をがくっと曲げる。なんか疲れてきたぞ。
しかしここまで小鳥が頑固でいるのも珍しい。一体否定するのにどんな理由があるのか。
「だって前言ってたじゃん。『自分のことは大切した方がいい』って」
ばっと小鳥の顔を見つめる。テーブルに頬杖をつき、にししと笑っている。
「……言ったっけ?」
「言ってたよお。とぼけないでー」
「はいはい、覚えてますよ」
あっさりと白状する。あの時は本当に小鳥が心配で発した言葉であったが、こんな形でブーメランになるとは。
「ホント自分を大切しなきゃダメだよ。助けてくれるのに、助ける人が損するのは私が辛くなっちゃう」
そう言って小鳥は俺の鼻先に軽くデコピンをする。小さくぴしっという音がする。
「そうか……そうだよな」
「うん、そうだ」
小鳥は言い聞かすように笑顔で頷く。
彼女のアドバイスは全くもって合理的なものではない。なんなら本筋とも関係がない。自分なら真っ先に切り捨てている部分。
けど今はそれを絶対に取り入れなければならない気がした。おそらくそれがいいと判断した訳じゃない。きっと……小鳥だからか。
そして早くに今の解決法に小鳥のアドバイスをドッキングする方策を思い付いた。しかしこれにはあいつが必要そうだな。そう思うと俺はすぐに行動を始める。
小鳥との会話を切り上げ、俺は自室に入る。入るや否やすぐに制服のポケットからスマホを取り出し、ある番号を呼び出す。
八回目のコール音。さっきからの今だ。もしかしたら相手は電話に出られないのではないかと思い始めた頃、電話が繋がる。
『……響太郎?』
「おう、昴。デート中に悪いな」
呼び出した相手は友人の千葉昴。出ないと思ったのは、現在彼女の細江千尋とデート中であるはずだからだ。
『全くだよ。席を離れるのに、どのくらい説明したことか』
「別に疚しいもんでもないし、スマホ見せればいいだろ。俺からの着信なんだし」
『いや千尋的に響太郎はアウトらしい』
「どういう判断基準だよ……」
普通、彼女なら彼氏にまとわりつく女の影とかを気にするもんじゃないのか? なんで俺とかいう無害がアウトなんだよ。そもそも男だし。
『それで要件は何? デートに水を差すんだから、何でもないってことはないだろう?』
「まあな。詳しいことは後から言うけど……」
鎌谷先生がストーカーだったこと、それによって鷹瀬と小鳥が被害を受けていること、そして小鳥の諌言を取り入れた新しいストーカーの解決法、それを遂行するに当たり、昴に協力してほしいことを端的に伝える。
電話越しでも分かる、深いため息の音が聞こえる。
『やっぱり嫌な予感は当たってたか……』
「そういうことになるな」
『まあ、協力してほしいことはよく分かった。善処するよ』
「悪いな。本当に助かる」
『いやいや、とんでもない。ここからは情報屋の本領だ。頼ってくれて光栄だよ』
自信アリな口調で言い切ってくる。いいね、これはかなり頼もしい。
伝えたいことは伝えた。あまり邪魔しすぎも悪いと思い、電話を切ろうとする。そんな時に昴が割り込むように一言。
『ちなみに僕への協力は小鳥さんの入れ知恵かい?』
「……入れ知恵ってほどじゃないが、大きく関わってはいる」
なんで分かるんだよ。そう感じたが昴が笑いながら、その理由を開陳する。
『道理で。響太郎は自分のことには無頓着だから、こんな自分のリスク回避の方法は考えつかないと思ったんだよ』
「……ケツを叩かれたからな。しゃあない」
『いい彼女を持ったね』
からかうような昴の口調。いつもなら「彼女じゃねぇよ」とすぐに強く否定している所だが、今日はどうしてか即座に返すことができなかった。
最終的には間が空きながらもなんとか返す。
「…………彼女じゃねぇよ」
『くくく……。そうか、それじゃまた』
「ああ、またな。任せたぞ」
そう言って電話を切る。最後の昴の笑い声が耳に残る。本当なら嫌みの一つでも言ってやりたかった。でも出来なかった。つまりは彼女と同じく……そういうことなんだろう。
こんな感覚は久しぶりだ。どこか浮遊感に似た感覚。それは確か前にも……。
記憶を辿りかけるが、テスト終わりで身体が疲れている。考えるのはよして、椅子に力なく腰掛けた。
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