9. 噂イレギュラー

「昴、なんで今日やった問題のやり方、覚えてねぇんだよ……」


  図書室での仲直りが終わったあと、俺と昴と細江はファミレスを訪れていた。一応、テスト勉強という名目になっているが、実際は昴へのマンツーマン授業だ。

  見事に今まで習った所がすっぽりと抜け落ちていて、授業のし甲斐があると皮肉の一つでも言ってやりたいほどだ。


「ホントにちゃんとしてよね、昴〜。三年生になれなくても知らないよ」

「いや、大丈夫なはずなんだ。大丈夫……」

「自己暗示はほどほどにしとけよ」


  細江が発破をかけても、返ってくる言葉は頼りない。普段から真面目にやらないから、ここでしわ寄せが来るんだ。


「あの千尋さん……、ここはどうやるのでしょうか」

「あ〜、ここ? それはね……」


  昴の要請を受けて、再び質問を受ける細江。彼氏と違い、細江は随分成績がいいらしく、滞りなく昴に一つ一つ、説明している。

  俺はというとパラパラと日本史の教科書を眺める。これさえどうにかすれば、定期テスト程度なら乗り切れるだろう。逆にここまで詰め込まないといけない昴がおかしいのだ。


「ここらへんで少し休憩しようか」


  一通り解説を終えた細江が仕切る。時計を見ると、だいたい八時半。ここで休憩ということは長時間コースか。夕食はいらないと親に伝えておこう。

  今までドリンクバーだけで粘っていたからな。そう思い、店員さんにオムライスを注文する。ちなみに昴はカツカレーを頼み、細江はダイエット中ということで、追加しなかった。


「はあ……。どうしたものかねぇ」


  細江が物憂げな声を出し、瞑目する。昴の勉強のことだろう。


「どうもこうも、これは手遅れだろ。基礎が成ってなさすぎる」

「『これ』とは心外だなあ」

「じゃあ『お前』になれるように勉強頑張れ」


  それでも昴の表情は、どこかのんびりとしている。こりゃ駄目だ。危機感がないんじゃ自発的な勉強は望めない。

  どうしたものかと思った時、細江が厳かに口を開く。


「別にバカでもいいけど、彼女に恥かかせるのだけは止めてね……?」


  全く関係のない俺でも背筋が伸びるほどの剣幕。隣の昴をちらと見ると、コクコクと頷いている。額には汗をかいていた。

  ……まあ、これで昴もやらないといけないという気持ちにはなっただろう。持つべきはケツを叩いてくれる恋人か。

  となれば、俺のここでの立ち回りは北風と太陽の太陽、アメとムチのアメだろう。話を変える。それは前から訊きたかったことだ。


「そういやお前、アノ情報をどっかに流したりしたか?」

「あれか。もちろん、流してない。なんでそんなこと訊くのさ」

「知ってる奴がいるらしい。鷹瀬がそいつから何か察してた」

「嘘だろ……」


  昴の目が厳しいものに変わる。


「名前を聞き出しそうとしたかい?」

「した。けどダメだった」

「そうか……」


  ここで俺は少し水を向けよう。ずっと悩んで、わからなかったものだ。


「どこから漏れたと思う?」


  うーん、と言いながら昴は腕を組む。あらゆる可能性を考えてくれているようだ。そしてこういう時の昴は、頼りになることを経験則から知っていた。

  俺が心強さを覚えてる一方、完全に話においてけぼりになっている人がいた。細江千尋だ。


「ねぇ、何の話してるんですかー?」

「大したことじゃない」

「嘘つき」


  ポリポリと思わず、頬を掻く。困った。こんな所で小鳥が匿ってることを話すんじゃなかった。

  あれ、とか代名詞で会話すれば、そりゃあ気になるというもので、失策だった。


「まあ、気にしないでくれ」

「いや〜、気になるでしょ〜」

「気になったとしても、内容は話せない」

「なるほどね」


  一つ頷いて、すっと立ち上がる。


「帰る」

「え?」

「私がいると、話しづらいでしょ?」

「そんなことは……」

「正直に言えばいいよ。私はいつもそうしてるし」


 髪をかきあげて、なんでもない風に言い放つ。こいつが言うと、説得力あるな……。

  いると困るのは間違いない。それでも、のけものにしてる風で、「はい」とは言いにくい。気づいたら、ほんの譲歩のつもりでこう言っていた。


「問題が済んだら言うから」

「うん、分かった」


  口許に少し微笑みを浮かべ、その場を去ろうとする。その直前に細江は千円札と共に、言葉を残す。


「これで私の分の会計しといて。お釣りは後で返してね」

「おう」

「それと……昴。今日出来なかった勉強の分は、明日やるから。県立図書館、朝九時に集合ね。それじゃ、遅れないでね」


  ヒラヒラと手を振りながら、ファミレスを出ていく細江。その後ろ姿を眺めて、思わず呟いていた。


「ホントに細江はいいやつだな」

「人の彼女に惚れたかい?」

「人の彼女じゃなかったら、惚れてたかもな」


  正直に言うと、昴はそんな目で彼女を見られた苦さと彼女を褒められた嬉しさの入り混じった微妙な表情をしている。


「ま、まあ、千尋も酷いもんだよ。明日も勉強会なんて!」


  俺は苦笑を浮かべる。昴がこうも焦った口調で言うのも珍しい。おおよそ照れ隠しなんだろうが。だから俺は笑いながら、こう言ってやる。


「そんなこと言っていいのか?」

「……良くないね。感謝しないと」

「だろ。人の機微が分かるいい彼女持ったんだから、大切にしないと」


   そこまで言うと、昴は再び思考の世界に入り込む。やがて腕組みを解き、ゆっくりと口を開く。どうやら答えは出たらしい。


「……鷹瀬さんへの情報漏洩のルートを辿るのはそんなに難しくないよ」

「分かったのか」

「ああ。まずアノ件を知ってる人を挙げてみて」

「俺とお前と小鳥だろ。ああ、それに俺の親と小鳥の親も知ってるな」

「情報を漏らす可能性があるのは?」


  俺は犯人はお前だ、という風に昴を指差す。


「響太郎は酷いなあ。『地獄に堕ちろよ』と言われるのも納得できる」

「一番、無関係だからな。疑っても仕方ない」

「じゃあ言い方を変えるよ。この中で情報を漏らす理由があるのは?」


  今度は俺が腕を組んで、考え事をする。だがすぐに答えに思い至り、口に出す。それは


「いない。情報を漏らすメリットがない」


  というものだった。


「メリットはあると思うけどね。まあメリットよりデメリットが大きいのは事実だ」

「じゃあ誰が……」

「大丈夫。情報を漏らしたやつは誰か分かる」


  昴はピンと指を立てる。自信がみなぎった声でゆっくりと話す。


「情報を知る方法は二つある。他人から聞くことと、そして直接、見ることだ。少し考えれば、卯坂さんを匿ってることを見たやつがもう一人いることに気づくだろ?」

「……そうか。小鳥のストーカーは、小鳥が俺の家に入ったのを知ってる。だからそいつが元か」


  満足そうに昴は笑う。俺の洞察は間違っていないらしい。

  だがそれだと辿り着きたくない真実に辿り着くことに気づいてしまう。それを否定してほしくて、ある疑念が口を衝いて出てくる。


「つまり鷹瀬はそのストーカーと繋がりがあるということか?」

「嫌な想像だけどね」


  昴の言葉は言外に間違いない、と伝えていた。その事実に目眩を覚えそうになる。つまり鷹瀬の片想いの相手は本当に糞野郎だった訳だ。

  そして今は無関係なはずなのに、そんな男に騙されかけている鷹瀬にどこか灰色な気持ちを覚える。

  その後、食べたオムライスはまるで味がしなかった。

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