5. 居候クエスチョン
「私はストーカーされてます」
小鳥の思い詰めたような言葉にいつもなら確実に茶々を入れる昴が口をつぐんでいる。
そんな張り詰めた空気感。俺は過程については知っているので、この話は今更なのだが集中が途切れたりしない。むしろ一語一句漏らさないつもりで耳を傾けていた。
「あ……。その、自由に質問していいよ。喋りっぱなしは逆に話しづらい」
「そう言われてもな」
「こっちもちょっと喋りづらいよね」
俺の言葉に笑いかけながら、昴が返答する。その傍ら小鳥が「そっかあ」と納得している。
一応納得はしてるが、多分俺たちがそう言う理由を見抜けてはいないだろう。俺たちと小鳥の決定的違いは性別にある。
ストーカーというと男には……ちょっとよく分からないのだ。したことがなかったら、被害に遭うこともないし。なので必然的に聞き手に回ってしまう。
「まず始めに気付いたのは二ヶ月前。女子高生ってだけで変な目で見られるのは結構あるんだけど、だいたい一時的だから今まで気にしたことはなかったの。
だから男の人が後を付けてるのを最初は付きまとわれてるなあ、とは思ったけど楽観的に大丈夫だと考えてた。でもそれが何度も続いて……」
そこで小鳥は言葉が止まる。口元を押さえ、顔色も幾分か悪い。
嫌なことを思い出してしまったらしい。
「小鳥、大丈夫か? 無理すんなよ」
「うん、大丈夫」
これ以上、自ら語らせることは厳しいだろう。それを見切ったのか、昴は口を開く。
「待って。卯坂さん、質問。女子高生って変質者にそんなに狙われるもんなの?」
「うーん。人によるとは思うけど……。あ、でも、制服着てて分かりやすいっていうのはあるかも」
「なるほど。そういう記号があるのか」
昴はうーん、と唸る。この会話一つでも男の俺らには目から鱗なことがあった。そうか。制服か。そのブランドは確かに学生にしかないな。
続けて昴が質問する。
「人によるっていうのは、やっぱり可愛さで変わる感じ?」
「どうだろ。考えたことない」
ちらと、昴は俺の方を見てくる。そこには隠しきれない好奇心が混じっている。その正体は分からないが。
「なんだよ」
「いやね、響太郎はそこんとこ、どう考えてんのかなって」
「そこんとことは?」
「鈍いね。別にいいけど。まあ、端的に言うなら卯坂さんが狙われた理由だよ」
「それは今言ってただろ」
小鳥が言った、制服だから何割増しかで可愛く見えるみたいな感じだ。
「いやそれは女子高生が狙われる理由だろ。僕は卯坂さんが狙われる理由を訊いてるんだ」
「知らん。ストーカーするろくでもないやつの思考なんて理解したくもないね」
「その態度が解決を遠ざけてるとは思わないの?」
さすがの舌鋒。今度はこちらがむむ、と唸ってしまう。……まあ、確かに俺にも改めないといけない部分はあったかもしれない。
反省して昴をちらと見るが、ふふっと口元は笑っている。指摘は厳しいからこそ、その表情だけがどうも解せなかった。
「……そうだな。小鳥はおとなしそうに見えるから、その隙につけこんだのかもしれん」
はあ……、と大袈裟に昴がため息を吐く。
「ねえ、卯坂さん、味気ない答えだと思わない?」
「もう慣れたから……」
「慣れたからって、磨り減るものは磨り減るよ。この朴念仁には分かりやすい言葉を投げ掛けてあげないと」
「どういうことだよ。磨り減るって」
「それは自分で分からないとねぇ」
あっけらかんと昴は言い放つ。腹は立つがここはいつも通り。
明らかに様子が違うのは小鳥の方だった。先ほどまでこちらに向いていたのに、プイっとそっぽを向いてしまう。思わず声が出てしまう。
「……小鳥さん?」
「諦めてるから別にいいよ。それより見え透いたご機嫌取りしないで」
意味が分からない。この会話全てが。分かることがあるとするなら、それは俺が諦められてしまっていることだ。意味が分からない。くくくと笑う昴が鼻につく。
「それで卯坂さん。ストーカー被害に遭ったのは分かったけど、どうして春宮家に?」
「響ちゃんが助けてくれたの」
「だから響ちゃんは辞めてくれ……。はずいから……」
だがそんなの小鳥にはお構い無しなのだろう。話を続ける。
「いつもだったらストーキング辞めるくらいの時でも付きまとわれてる日があって、気味が悪いなあって思ってたら……」
「思ってたら?」
「家まで付いてくるし、それにいつもより距離が近くて……」
昴ならここで相づちくらい打ちそうなものだが、完全に固まって言葉が出ていない。
「そんな時にたまたま響ちゃんに会って、春宮家に転がりこんだってわけ」
「……よく家に入れ込む気になったね。響太郎」
昴の何気ない一言にむっつり黙ってしまう。その言い方だと俺がストーカーよりもやばいやつみたいじゃないか。
しかし解せないのは小鳥はその言葉を聴いて少し笑う。ともすれば見逃してしまいそうなものだった。
じとと昴を見てやると、それに気付いたようで一言。
「あ、特に深い意味はない」
「……ま、別にいいけどな。てかそれ以外、咄嗟に方法が思い付かなかったんだよ。小鳥の家はバレない方がいいし、でも安全な場所じゃないといけない」
「そういう意味なら的確だね。響太郎の家以上に安全な場所を僕は知らないし」
なんといっても両親が警官だしな。むしろ両親はそのストーカーが家に入って来たら、家屋侵入で逮捕できるからそっちの方がいいと息巻いてたくらいだ。
「でももっと即物的な解決法があるんじゃないか? 例えばストーカー規制法で逮捕とか」
「それは……」
小鳥が言いづらそうに口をつぐんでしまう。次の言葉は分かったので、俺がその続きを引き継ぐ。
「犯人が捕まる可能性が低いからだよ」
「というと?」
「小鳥が分かってるのはストーカーされてるってことだけだ。顔も体つきさえ分かってない。これじゃ最近はストーカーに敏感な警察でも何もできないだろ」
「匿ってるのは響太郎の親だし、警察じゃ……」
「あくまで個人的にだ。警察は何も関わってない」
昴はこめかみを二度、中指でトントンと叩く。熟考している時に出る癖だ。本人は気づいてないようなので、分かりやすい合図として利用させてもらっている。
だが一つ注意点がある。こいつの思考は意外と深いのだ。答えを出そうと思えば、高い精度で正答を出してくるのがこの男だ。
勘づかれてほしくないこと、正しくは言ってほしくないことが小鳥にはある。だから予防線を張っておく。
「……卯坂家とうちは親交があるからな。うちの親が『小鳥ちゃんがそうなってるのは大変だ〜』ってことで引き取ったんだよ」
「正義感が強いのか、お人好しなのか……」
「単純に能天気なだけだよ、あれは」
はあ、とため息を吐く。俺ははっきり言って小鳥を引き取るのは反対だった。
身近な人が危険な状況に置かれていることは心配だし、何も起きたりしないから大丈夫だろう、とかいう安易な見通しな訳でもない。そもそもストーカー被害を邪険に扱うほど冷血漢ではない。
嫌なのは……俺のわがままだ。つまり小鳥を、幼なじみとはいえほぼ他人の小鳥を自分のテリトリーに入れるのが単純に嫌なのだ。
そんなわがまま到底、受け入れられるはずもない。沽券にも関わるし。だから心には今もしまったままだ。
「とにかくこんな感じなんだが、噂しないでくれるか?」
「それはしろってこと?」
「笑いのお約束じゃない。本気でするな」
「もちろん分かってるさ。しないよ。警察事は情報屋じゃ手に余るからね」
ふっ、と昴は笑う。ここまでこいつが言い切るんだ。信用はある。
となると心配事は一つ減った。まあ、俺の不注意が生んだ心配事なので自業自得とも言えるのだが。
それよりは……。ちらと小鳥を見る。雰囲気は和やかだが、未だ暗い表情をしている。それにそわそわとしていてどうも落ち着きがない。不安からだろうか。
それもあるだろう。けど一番の理由は彼女が嘘を吐いているからだろうと思っている。
事情を話せば楽になるのに。けどその事情が嘘を吐く理由なのだろう。それを無理やり引き出す真似は俺にはできない。
俺はどうするべきなのか、ふとそんなことを思った。
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