1. 無益ライフ
「『地獄に堕ちろよ』って言われたらどう思う?」
学校の帰り道。「今日の小テスト難しかったよな」とか「あの教師、マジムカつく」とか、そんなどうでもいい話と同じ感覚で友人の千葉昴に訊いてみた。
「うん?」
「わからんよな。状況を追加するか。彼女にそう言われたらどう思う?」
「まず第一に」
「ああ」
「その子は彼女じゃない」
「だよな。じゃあ元カノなら?」
昴は顎に手をやり、目を細める。……これはまずい。何か探ろうとしている。用心して聞くべきだった。長年の付き合いから分かってしまう。
「……ああ、なるほど。死ななくて良かったね、響太郎。それともこれは幽霊かい?」
「残念だがこの世にやり残したことはない」
「その言葉が本当かはわからないね。それにしてもへぇ……。そうやって別れたのか、鷹瀬さんと。高嶺の花を振ると殺人予告をされる。覚えておくよ」
「ほっとけ。だが昴も流石だな。耳が早い。鷹瀬から聞いたのか?」
「そうじゃない」
まあ、そうだろうな。鷹瀬は俺のことなど早く水に流したいはずだ。思い出すのも嫌なら、わざわざ言ったりしない。
「けど鷹瀬さんからだよ。顔に出やすいから」
「すげえ納得。鷹瀬は詰めだけは甘い」
そこで笑い合う。やっぱり別れ話なんていうのは唾棄すべきものだ。笑い話の肥やしにしてしまうのがよろしい。
「というかお前の情報網は凄いな。どのくらい機密情報を保有してるんだ?」
「まあ人一人追い込めるくらいには」
「どこまで?」
「生死の境、とでも言っておこうか」
そこで再び笑い合う。ははは、怖いから。友達やめたい。
「お前に弱みを握られるなんてまっぴらだよ」
「別れ話の詳細なんていう激レアなこと知っちゃったけどね。いくらで売れるだろう」
「そんなもん駄菓子の足しにもならんだろう。どうせいつか知られることだし、そもそも隠すほどじゃない」
「けどなるべく自分の弱みはひけらかしたくはないでしょ?」
「それはそうだが……結局、別れ話なんてすぐに広まるだろうよ。人の不幸で三杯の飯が食える生物は人間しかいないからな」
特に学生の恋愛に対する好奇心は非常に高い。興味がそそられる内容なら、外灯に集まる虫のようにわらわらと食い付く。
それに来て人の不幸話ときた。興味は当然そそるし、俺と鷹瀬が別れたということは男子人気の高い鷹瀬がフリーになったということだ。注目度も高いだろう。
「至言だね。けど隠しても良かったと思うよ。鷹瀬さんは口も固いし、ついでに言うなら義理も堅い」
「鷹瀬は顔に出やすいから意味がない。知らないか? 目は口ほどに物を言うんだぜ」
「ちょっと意味、違うと思うけど……、まあいいや」
そして昴は大きくため息を吐く。どうした、と目だけでその理由を促す。
「こっちとしてはそっちが助かるよ。惚れた腫れたは進んで自慢するくせに別れ話になると不機嫌になるやつもいるし。……フラレる覚悟がないやつが付き合うなよ」
昴は悪態をつくように吐き捨てる。
「千葉の毒が出たな。しかし俺も割とこの件には不機嫌だぞ」
「おいおい。彼じ……、失礼! 元カノのせいじゃないだろ」
「その一言で俺は不機嫌になった」
千葉は別れ話をカミングアウトしないやつがおかしいみたいなことを言っているが、誰だって自分が否定された話には首を突っ込みたくはない。
そんな思いも露知らず、千葉は呑気そうに訊いてくる。
「それで一体、響太郎は何が原因で鷹瀬さんの逆鱗に触れたのかな?」
「言う義理はない」
「だよね。でも彼女の逆鱗に触れたのは御愁傷様」
「本性は鷹じゃなくて竜だったって話か?」
「学年のマドンナに失礼だね。それも逆鱗に触れるよ」
鷹瀬と俺はもう無関係だし、無関係なやつに突っかかるほど鷹瀬はしつこくない。何なら俺より吹っ切れているに違いない。
「ていうか学年のマドンナってまじ?」
「何? 別れたら彼女が急に恋しくなった?」
「そうじゃない。ただ聞いただけだ」
「冗談だよ」
昴は手をヒラヒラさせながら何でもない風に言う。こいつめ……。
「それより、何でかはよく分からなかったんだけどね。この話を聞いて分かったよ。鷹瀬さんが君を無視しろってお触れがきた理由」
「……知らなかった」
だからか。今週はクラスの人に宿題のことを聞いたり、他愛もない世間話をしようとしても反応が鈍かったのだ。
「あと卯坂小鳥さんだっけ? 彼女もハブれだとさ。彼女と浮気した?」
「……いや、誰だそいつ」
「幼なじみを他人扱いとは酷い人間だね」
「……やっぱ怖いよ、お前。接点なさそうなのに何で知ってんの? 友達辞めていい?」
「じゃあこのこと言いふらすけどいい?」
「構わないぞ、ハブられ仲間が増えるだけだから」
ニヒルを気取って俺は笑いながら返す。だが昴はそれに対し、少し笑っただけだ。賢明である。
「で、卯坂さんってどういう人? よく知らないんだけど」
「マスコミかぶれが知らないなら幸いだ。教えてやらない」
「いや、ホントによく知らないんだよ。鍵見中出身で元1-6組で、性格は絵に描いたような文学少女で、おしとやかなことくらいしか。ちなみに顔は可愛い」
「知ってるじゃないか!」
俺の驚愕に昴はペロリと舌を出す。それ女子がしたら可愛いけど、男がしてもなあ……。
「弱みの一つも知らないのを、知ってるとは言わないよ」
「どういう価値基準だよ……。だが助かった。それはつまり俺のことはよく知らないということだな、うん」
「自分のどこを見て、弱みがないと言えるの? 響太郎の弱みは108個あるよ」
「正確にカウントしすぎだろ……、あとそれは煩悩の数な」
「はいはい。論点ずらさない。で卯坂さんってどんな人?」
論点をずらしたのは俺じゃなくて、こいつのはずなんだけどな……。
昴の質問に俺は一瞬、黙る。とても言いづらい。だがこの沈黙のせいで何か見透かされるのも困る。なので忠告だけしといてやる。
「これには鷹瀬も関わってる。余計な首突っ込むと危害が及ぶぞ」
「しかしこれは情報屋の習性だからなあ……」
顎を触りながらそう言う。その感じにはいかにも危機感がない。だが俺がこ・い・つ・に忠告するはずがない。
「別にお前じゃない。お前の彼女に危害が及ぶぞ。クラスで鷹瀬と仲いいんだろ?」
「うーん。確かに危害は及んで欲しくないなあ……。彼女、優しくて純情で健気で一途でラブラブだから」
ちっ。舌打ちが漏れる。男ののろけなんて聞きたきゃねーんだよ! だから俺は満控の怒りを込めて言う。
「お前、地獄に堕ちればいいよ」
「実際に言われた人の言葉の重みはやっぱり違うなあ……」
昴の口から嘆息が漏れる。余計なお世話だ。
「ま、またなんかあったら言ってよ。ラーメンの一杯ぐらい奢るよ」
「割りに合わんなぁ」
「じゃあ三杯でどう?」
「それも割りに合わん。ってか情報狂すぎるだろ」
「それが売りだからね。それでさ……」
そこからはいつもの無益なだらだら話。どうやら今、俺から搾取できる情報はないと判断して、そこそこにしたらしい。
やはりこれぞ青春だ。鷹瀬と付き合うなんていう嵐の中に突っ込むような真似は非日常極まりない。
何かあることを願いながら、何もないこと。それが青春。俺はそれを噛み締めながら歩みを進める。
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