2. 印象トーキング
金曜日。特段何もない休日の一日前。その日の放課後ともなるともう本当にだらっーとしている。
なら帰れよと思うかもしれないが、そうもいかない。今日は俺が所属する図書委員の当番があるのだ。しかしわざわざ学校図書館に足を運ぶ者もほとんどおらず、当番の仕事は暇を極めている。
「あー暇」
「暇だねぇ」
俺の何気ない一言を空返事で返すのは、同じ図書委員の細江千尋。
ストレートヘアーに眼鏡、女子高生には珍しくスカートを折っておらず、真面目な女学生という感じがするが実の所を言うと、クラスでは派手めな女子とつるんでいる、いわゆるパリピ系。
ちなみに俺の友人の千葉昴の彼女だ。昴曰くラブラブらしい。まとめて地獄に堕ちろ。
細江は手持ち無沙汰な俺とは違い、先ほどから本を黙々と読み進めている。たまに眼鏡を上げる仕草がとても絵になっていた。
あまりにも暇なので暇潰しに付き合って欲しいのだが、こんなジャブ程度の話題のフリでは興味すら持ってもらえない。ならば。
「昴に『地獄に堕ちろよ』って言われたらどう思う?」
「何? カンナのこと? あれってどうなったの?」
パタンと栞も挟まず本を閉じて、俺に向き直る。それにしても食い付きすぎだろ……。
「なんだ、もう知ってるのか」
「昴に聞いた」
「あいつ……。口軽いよ……」
俺はトホホという効果音がリアルで漏れそうになる。
「うーん。口が軽いのは違うかな。口を滑らせやすいけど」
「そんな簡単に口滑らせられたら、弱み握られてるやつはご立腹だろうよ」
「じゃあ響太郎くんはご立腹なんだ」
「別に弱み握られてねぇよ……」
最後の方は音量が萎んでいく。弱みは握られてない、大丈夫なはずだ、多分……。
「ま、大丈夫でしょ。私だから口を滑らせるんだろうし」
「情報屋も彼女には情報の無料提供か。いや君からの愛が情報料だぜ、とかか」
「気持ち悪いよ……、響太郎くん……」
ドン引かれてしまう。うん、今のは気持ち悪かった。こういう所にフラれた理由があるのかもしれん。
「まあ、でもそうやって特別扱いされてるっていうのは嬉しいね」
今までの真面目くさった顔が崩れ、はにかみ笑いを見せる。それに俺は思わず言ってしまう。
「……お前はホントいい女だな」
「おっ、彼氏持ちに口説き? だから死ねって言われるのよ」
「死ねじゃない、『地獄に堕ちろよ』だ。最後に本心入れるなよ。傷つくから」
「どっちも一緒でしょ。ホントは死ねくらい言いたかったと思うよ、カンナは」
「……そうなのかな」
『地獄に堕ちろよ』という言葉はなんというか、とてもポップなのだ。だからこうして話のタネとして使わせてもらってるのだが、それがオブラートに包んだだけなのなら……、怖い。
「カンナの言うことが本当なら潔く『地獄に堕ちろ』って感じだけどね」
「その言い方は違うってことか?」
「そうだよ。こんな話信じてない。あの子、思い込み激しい所もあるしね」
「悪口?」
「違うから! 話を途中で切らないで。悪者になっちゃう。そうじゃなくてね、裏を返せば素直ってこと!」
いつもは冷静な細江が声を上げる。別に怒っている訳ではないのだろうが、誤解だけは怖いらしい。いや、鷹瀬が怖いのか。
「それにしても素直ねぇ……。あれは素直とか言うより猪突猛進、行動力の権化だろ。考えるより先に一本背負いがくる。それで取り返しがつかなくなるだけだ」
「悪口?」
全く同じように言い返してくる。確かにこれは嬉しい返しではないな。それでも俺は平静に努める。
「違う。ただの分析だ」
「意外に当たってて反応に困るなあ……。一つ指摘するならカンナの得意技は一本背負いじゃなくて大外刈りね」
「どっちでもいい」
すまし顔で話を聞くが、内心は戦々恐々していた。気に入らなかったら投げられるのに比べたら『地獄に堕ちろよ』という言葉がいやに軽く感じ始めた。
「ていうかそんなにカンナのこと分かってるのに、どうして別れたの?」
「付き合ううんだ。解り合ってないと関係を続けたりできない」
「いい言葉だけど……純情すぎるね。中坊の考えだよ、それ」
「バッサリだな」
「私、サバサバ系だから」
その言葉は胡散臭いと思いつつも、細江の放った言葉に一理あると思った。
両思いほど難しいものはない。好きだからという理由で付き合えるのは確かに中学生までかもしれない。
純愛を否定する訳ではない。だが打算的なところが含まれていない純度100%の愛となると疑問符がつく。
「……俺は別れるべきじゃなかったのか?」
そんな質問が思わず出て来てしまう。だが細江の回答はシンプルだった。
「しるか!」
「知るかって……真面目に聞いたんだが」
「知らないよ! 人の彼女に対して何、勝手にセンチメンタルになってるの!」
「いや、まあ、そうだな……」
こんなところ見せるべきじゃなかったと反省する。急に萎れた部分を見せられても戸惑うだけだし、何より気持ち悪い。
「まあ、もうカンナに何言っても無駄だけどね」
「そうだな。あいつがキレたら弁解の余地なしだ」
「それだけじゃないよ」
意味が分からず首をかしげる。すると細江は自分の特技を見せびらかすような得意な笑みを浮かべた。
「もうあの子、彼氏いるよ」
「……驚いた。フッ軽だな」
「フットワークが軽いのことね。なんでそこで若者言葉?」
「若者だからな」
「男子高校生が使うのはなぁ……ちょっとないかも」
厳しめの採点を付けられてしまう。やっぱり若者文化ど真ん中のJKに若者言葉を使うのは良くないらしい。
「それでどんなやつなんだ?」
「なに、嫉妬? そういうの良くないよ」
「ちげぇよ。ただの会話の流れで聞いただけだ」
ここでそんな勘違いをされるのは男が廃る感じがする。きっぱり否定しておく。
「よく私も知らないけど年上らしいよ」
「三年か?」
「さあ? 知らないけど、部活で大学生とかとも練習するらしいからそっちかもよ」
細江が知らないけどを二回言うことを考えると本当に知らないらしい。
「それにしてもあんまり驚いてないね。口で言う割りに取り乱してないし」
「別に不思議なことは何もないしな。社交性もあるし、何より行動力の権化なんだよ、あいつは」
「確かに吹っ切れるのも早かったしねー。あの子、別れた翌日にはけろっとしてたし。ていうか彼氏側が未練タラタラだね」
「別に未練じゃない。ちょっと気になるだけだ」
「それを未練って言うんだけどね」
本当に未練があるわけではないのにぐうの音も出なくなる。傍目から見たら、確かに未練があるように写るだろう。
「気になることがあったら本人に聞いたら?」
ここで止めの一撃が来る。そうだ、その通りだ、正論だ。
何かまだあの時のことについてくすぶっていることがあるなら、聞くのが一番手っ取り早い。
そんなことを考えていると隣から「あっ」という声が上がる。どうしたのかと細江の方に目線をやると、扉の方を指差している。
そこ指の先にいたのは、見間違えることもない、鷹瀬カンナだった。
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