Fairy 妖精(※ )
「よお!ベップじゃんか」
ショッピングモールの二階、吹き抜けの外周に沿ってぼくたち三人が歩いていると後方から聞き慣れない男子の声が響いた。ぼくたちの周りの大人たちも驚いた様子でぼくたちのほうへ早足で駆け寄ってくる男の子のことを見ていた。
ぼくははじめ誰なのか分からなかったが、近づいてくるたびに「なにしてんの?」と何度も聞いてくる声の感じからルームメイトのうちの一人だと遅れて気が付いた。でもお互いに学校で接点なんて無かったはずだから、どうして話しかけてきたのかすごく不思議だった。
「えっと、たしか・・・おんなじクラスだよね?」
ぼくは驚きと疑問とでそんな当たり前すぎる質問をしてしまった。
それに対してかるく不満そうな表情を見せつつも、その瞳の奥にはなにかぼくたちのことを嗅ぎまわろうという好奇心が見て取れた。その意識はすぐにぼくの後ろにいる二人に注がれたようで、その子はずけずけと
「なに?親戚の兄ちゃんと買い物?お前の母さん見てみたかったのにいないのか?」
と次々に口にする。
ぼくはその最後の言葉につい反応してしまい
「お、お母さんならいるよ!」
と被せ気味に口にしていた。
ぼくの反応に驚いた様子を見せたのもつかのま、その子はぼくにくってかかるように「どこ?どこにいんの?」と問い詰めてくる。ぼくは二人の反応を確認するのも忘れて、後ろにいるマーカスを指した。
「こ、この人・・・」
「え?でもその人・・・って」
「ぼくのお母さん、の・・・マーカスだよ」
ぼくたちの周りの空気が一瞬固まるのを感じた。もしかしたら、そう感じたのはぼくだけだったのかもしれない。周囲からぼくだけが取り残されたみたいになにも考えられなかった。
「えっと・・・ベップそれじょ
「おい、ジョーンズ。いきなり駆け出してどうしたんだ!?」
その子がなにか言おうとした瞬間、その子の背後に大きな影が出来てぼくの意識を引き戻した。見上げるとあごひげを豪快にはやした筋肉質の男性とその横に並ぶ明るい茶髪の女性がこちらを心配そうに見下ろしていた。二人は少しだけ息が上がってはぁはぁと深呼吸している。
ぼくがなにも言えずにいるとジョーンズと呼ばれたその子がかるく謝ってから、ぼくとのことをまるで仲のいい友達であるかのように紹介し始めた。ぼくはなにが起きているのか分からずなされるがままだった。ジョーンズがぼくの手を引いてそれぞれの家族から少し離れたところに連れてくると、親たちは子どもたちの健気な様子を楽しむようにただこちらに微笑んでいた。お父さんとお母さんはともになにも言い出せず合わせて笑顔を見せていたがその表情はいつもの自然な笑顔とは程遠かった。
ぼくの手を引く力が緩まる。
見るとジョーンズがニヤニヤと笑いながらこちらに顔を近づけてきた。その隠し持ったびっくり箱を今か今かと披露しようするような不気味な表情にぼくは不安を感じた。
「ベップ、おまえさっきのって・・冗談じゃないんだよなぁ」
「冗談って・・・なにが?」
「あの兄ちゃんがおまえの母さんだって話だよ!?」
そういってジョーンズは肩越しにそろそろと後ろを振り返る。その先にはジョーンズの両親と楽しそうに会話をするお父さんとお母さんがいた。でもやっぱりその表情は固くて緊張しているのがよく分かった。
「で!?どうなんだよ?おまえの母さんって、ほんとにあの兄ちゃんなのか?」
「え?そ、そうだよ!?奥の方にいるのがお父さんで手前にいるのがお母さんだよ」
この説明の仕方がいかに不自然なものか、この時のぼくには微塵も理解できなかった。
「マジかよ・・・!?ってことはあれじゃん!おまえの母さんってつまり・・・・・・じゃん」
ジョーンズがなにに驚いているのか全く見当がつかない。それに最後になにか言っていたがよく聞き取れなかった。
「なに?どうしたの、ぼくのお母さんがなんだって?」
「だから、Fairy《フェアリー》だよ。おまえの親はフェアリーだってことだよ」
そういってジョーンズは驚きと嘲笑の混じった笑い声をまわりに聞こえない程度にあげた。傍から見れば子どもたちが冗談を言い合っているように見えたかもしれない。でもぼくにはジョーンズの言ったことが理解できなくても、それが到底受け入れがたい内容であるという予感だけはなぜかあった。
ぼくは胸の沸き立つ衝動を抑えながらジョーンズに聞き返した。
「フェ、フェアリーってどういうことさ?ぼくのお母さんが妖精に見えるの?」
きっとそんなかわいらしい意味であるはずがない。ジョーンズのあげた声と表情からはもっとひどいなにかを感じる。
ジョーンズは笑い泣きした涙を拭いながら言い放った。
「フェアリーってのは男の同性愛者のことだよ。おまえの母さんってのはゲイなのさ」
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