(Fe)male もう一人のお父さん
「ただいま!」
ぼくは靴を脱いできちんと並べて直してからリビングへと続く廊下を急いだ。途中には洗面所があって、回されている洗濯機から柔軟剤の爽やかな香りがぼくの鼻をついた。前にぼくがフローラルの匂いは女の子みたいでいやだって言ってから使わないでくれているんだ。
その先の角を曲がってリビングに入ると、テーブルのうえでノートパソコンを開いて仕事をしているマーカスこと、ぼくのお母さんが座っていた。
「学校はどうだった?」
お母さんはぼくが帰ってくるといつもそのことを聞いてくる。同じルームメイトと同じような授業内容が昨日も一昨日も続いているっていうのに、お母さんは飽きることなくそう聞いてくる。
「いつも通りだよ」
「ベップ、またそう言って。どんなことでもいいから教えてって言ってるじゃない」
お母さんはそう言って身を乗り出してぼくの顔を覗き込む。そんなに見たって僕の顔にはなにも浮かんでなんかいないのに・・・。もしかして、なんか浮かんでいるのかな。ぼくはちょっと不安になってお母さんに聞いた。
「どうしたの?そんなに真剣に見つめて・・・?」
「うん?きょうも我が子がかわいいなと思ってたところよ」
といってお母さんはぼくの頭に手をのせてわしゃわしゃとかき回すと最後にぼくのおでこにかるくキスをした。
ぼくはなんだか恥ずかしくなって夕ご飯の時間まで部屋に閉じこもってしまった。不思議そうなお父さんに対してお母さんはなんだか嬉しそうな表情を浮かべてご飯の準備をしていたみたい。ぼくが部屋から出てくると「きょうはなにか嬉しいことでもあったのか?」ってぼくに聞いてきた。どうやらぼくとの会話はお父さんにも秘密にしているようだ。ぼくのほうからお父さんに説明するのはやっぱり恥ずかしくて結局その日の夕ご飯はあまり会話をせずに終えてしまった。
でも食卓を囲む二人の空気はむしろにぎやかで、ぼくの方を見ては何度も笑いあっていた。
ぼくはそんな二人のことが大好きだった。たとえ二人がぼくと同じおとこであっても。
「そうだ、今度の休みに三人で買い物に行かないか?」
お父さんが夕ご飯を食べ終わったタイミングで切り出した。ぼくもお母さんもその提案にすぐのった。ぼくは久々に家族そろって出かけられる機会がやってきてウキウキした気分でお父さんと片付けを手伝った。
そんな当たり前がぼくにとってはなによりも幸せなことだった。
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