温泉鬼行:伝承



「アジフさん!! おーい! アジフさんが帰ってきたぞー!!」


 カンカンカン、と木の板が打ち鳴らされ、見張りに立っていた村人が声を上げる。軽く手を上げて応えながらもニンドル村の外壁に近づくと、辿り着く前に門は大きく開け放たれていた。


「よくぞご無事で!」「オーガは? オーガはどうなりました?」

「怪我は無いのですか?」


 おそらく近くで農作業でもしていたであろう村人たちが、駆け寄ってくる。心配する声があるのは、鎧があちこち壊れているからだろう。


 門をくぐって背負い袋の口を開け、中からオーガの角を取り出した。


「倒してきたさ。きっちりな」

「「「「おおーー!!」」」」


 角を見せると、歓声が上がる。待ち望んだ明るい報せに、農具を放り出して集落へと駆ける者、一緒に村の中へとついて来る者とそれぞれに動き出した。



 村の集落部分にたどり着く頃には、後ろにちょっとした行列ができていた。集落の門にも人が集まり、到着すると前後を囲まれて動けなくなってしまう。


「よくやってくれた!」「信じてたぜ! アジフさん!」

「オーガにアジフさんが負けるはず無いんだよなぁ」


 ウルゾンとメットは相変わらずの過剰評価だ。握手を求めてくる者、肩を抱いてくる者、もみくちゃにされる。それぞれに共通するものは笑顔だ。

 オーガの角は子供たちに持っていかれてしまった。上に掲げて走り回り、追っかけっこが始まっている。


 村人たちの一角が割れて、村長が歩み寄ってきた。周囲の騒ぎが収まり、二人を囲んで注目が集まる。


「アジフさん、おかえりなさい。上々の首尾と聞きましたが、確認させていただいてもよろしいですか?」

「もちろんです。ほら」


 背負い袋から、もう一つの角、そして二つの魔石を取り出す。子供たちも大人たちの足元をくぐり抜けて、村長へと角を掲げた。


「見事な魔石、そして角です。メット、オーガの物で間違いないか?」

「忘れもしねぇ、間違いようもねぇよ。オーガの角だ。魔石だって、こんなでっけぇのは見たことねぇよ」


 ウルゾンも後ろで、何度もうなずいた。それを見て村長は、手にした魔石を上に掲げた。


「皆の衆、村をおびやかすオーガは、冒険者アジフの手によって討伐された! 調査の後になるが、ジデルル谷への立ち入り禁止は解除する!」


 村長の宣言がなされ、村からは<わっ>と歓声が上がった。


「今日は祝いの席を設けようと思いますが、アジフさんはさぞお疲れでしょう。今夜はゆっくりされますか?」

「いや、そうでもありません。参加させてもらいますよ」


 昨夜は魔物の気配がまったくしなくて、数度獣らしき物音に目を覚ました以外はぐっすりと眠ってしまった。装備を緩めてはいないが、気がついたら日が昇っていたほどだ。


「おお! そうですか! 皆、今夜は宴だ、それぞれ館へと集まって準備をしてくれ!」

「よっしゃ! とっておきの樽を開けるぞ!」「忙しくなるわねっ」


 続く村長の声に、村人たちは各々の準備へと散り散りになって歩き出した。


「アジフさんも、着替えて館へとお越し下さい。何か必要な物はありますか?」

「湯が欲しいです。それと洗い物もしたいですね」

「湯は持って行かせましょう。洗濯する物があれば、その時に渡してくだされば、こちらでやらせますよ」

「それは助かります」


 館というのは、村長宅の隣にある大きな建物だろう。村長の家は普通の民家で、とても村人が集まれるような広さではない。

 旅の荷物が置いてある小屋で、装備を解いて一息つく。椅子へと立てかけた鎧はあちこちぼろぼろで、デロスロに戻ったら修理に出さなければならない。剣も研ぎに出さなきゃならないし、しばらくお休みかなぁ。


 

 身支度を整えて村の館まで出向くと、すでに多くの人が集まりいくつも机が並べられていた。


「アジフさん、こっち、こっちですぜ!」


 手を振るウルゾンに案内されて向かったのは、主賓席。いわゆるお誕生日席だ。もともとは領主の館であったらしい建物は、なかなかに立派で居心地が悪い。

 それでも、素朴な料理が並び、精一杯に着飾った村人たちが集まると、なんとなくほっとできる雰囲気になって来た。


 そして準備が整った頃合いで、村長が前にでてしゃべり始める。がやがやとしていた村の人々が口を止め、村長に注目を集めた。

 

「皆、ようやく私たちはオーガから解放された。半年間、皆には気苦労をかけてしまった。それも十分な討伐報酬を用意できなかった私のせいだ。すまなく思う」


 頭を下げた村長に「気にすんな!」「貧乏はみんな一緒だぜ!」と声がかかる。


「それでも、勇気ある冒険者が、決して多くない報酬で、たった一人で二体のオーガに挑み、そして見事討ち果たした! 今日、この日を迎えられたのは、オーガを恐れる日々に耐えてくれた皆と、冒険者アジフ殿のおかげだ! さぁ、今夜は感謝を込めて存分に祝おう!」

「「「「おーー!!」」」


 村長の掛け声で、皆がそれぞれに飲み始め、次々に料理が運ばれてくる。格式なんて全くない、小さな山奥の村におとずれた平和を祝う宴。

 世界の片隅の村で、勇者や英雄と呼ばれる人々なら一撃で片付けてしまうかもしれない魔物との死闘。これはそんなちっぽけな出来事だ。


「アジフさん! どうやって倒したんですか」「教えて下さいよー」

「オーガってどれくらい強いんです?」


 コップを持った人々が集まって話を聞きたがる。死活問題だった村人たちには、世界から見て大きいか小さいかなど関係ない。

 語っておかなければならないだろう。村にとってオーガは『ともかく恐ろしいモノ』。どれくらい恐ろしいかなど、今まで想像もつかなかっただろうから。


「オーガの拳は木を薙ぎ、蹴りは空を割る威力だったよ。まともにもらえば、一撃だって耐えられなかったはず。しかも目に止まらぬほど速くて」


 聞き耳を立てる人々が”ごくり”と息を飲む。そんな空気の中、話を始めた。


「ようやく剣が当たっても、硬くて斬れやしない。困ってね。どうすればいいと思う?」


 最前列で聞き耳を立てる少年に問いかける。


「ええ~、そんなの無理だよ~」

「そうだな、俺も最初はそう思った。だから一生懸命考えたんだ……」


 身体に刻んだオーガの強さ、恐ろしさ、そして勇猛さを語る。ゆっくりと、丁寧に。この話が村に伝わり、もし再びオーガが現れた時に少しでも知識を持って怖れられるように。


 そして願わくば、恐怖だけではなく、畏怖を抱いてほしい。それは、勇者や英雄と呼ばれる人々にはできない役目。彼らには彼らの役割がある。


 話が進むごとに、歓声と悲鳴が上がる。全てを話し終えると、少しの静寂の後に拍手に包まれた。


「大変だったんですねぇ」

「そんなのが村の近くにいたなんて」


 聞き終わったそれぞれが、想いを口にする。


「メットやウルゾンの話と全然違うじゃないの」

「いや、俺たちが見ててもわからないんだって」


 尾ひれセットが付いた話もちゃんと修正できたようだ。あんな話が伝わって、村人がオーガを恐れなくなったら危険極まりない。


「でも、アジフさんがすげぇってのは間違いない! これだけはゆずれない!」


 そこは…… 訂正しない方がいいのだろう。『この人は特殊な訓練を受けています』ってヤツだ。あまり謙遜しても話が正しく伝わらないし。


 思わず浮かんだ苦笑いをワインで流し込む。この村のワインは美味いんだ。


 真面目な話をしたせいで静かに始まった宴は、次第に賑やかさを増していく。盛り下げて正直すまなかった。

 いつしか酔っ払って歌い出す者がいて、そこに楽器の演奏も加わる。机が端に寄せられ、踊りの輪が出来ていた。


 酔いに足を取られて転ぶ者、それを笑う賑やかな声。村人たちのその笑顔は、オーガを倒した成果によるものだ。

 じわじわと増す実感に、酒を飲むペースも上がる。


「さぁ、アジフさんも」


 自慢ではないが、リズム感はない。しかも義足。踊りなどできないのに、村の娘さんの手を取ってしまったのは酔いのせいなのか。


 けれど、そんな事を気にする者は誰もいない。不器用に踊り、時に転びそうになりながらも、村人たちと笑い合う。



 山奥の村に響く賑やかな笑い声は、夜が更けても、いつまでも続くのだった。


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