温泉鬼行:焚火


 結局、尾根の上で一晩を明かしてしまった。


 原因は魔力切れだ。腕の状態が思ったより酷く、回復ヒールを繰り返すうちに魔力が尽きてしまった。

 さすがに気を失うのはまずいので、魔力の枯渇はさせられない。魔力の回復を待ちながら傷を治し、オーガの解体を済ませる。一通りが終わったのは、翌日の昼頃になっての事だった。


 解体といっても、オーガから取れる素材は少ない。角と魔石くらいだ。魔石だけはすぐに抜いておいた。最悪アンデッド化なんてされたらたまらない。習得したばかりのターンアンデッドを活躍させる気はこれっぽちもないのだ。


 丈夫だった装甲は、死後は木と変わらない程度になってしまっていた。クレイ・レオパルドと同じく魔力が関係しているのかもしれない。



 二体のオーガは、寄り添わせて尾根に横たえておく。尾根に横たわる二体のオーガ。その表情は死してなお険しかった。


「…………」


 腕を組んで冥福を祈る。といっても、死後だからといって安らかにするような奴らじゃないから、気持ちだけだ。


 自分で倒しておいて何を、と思うかもしれない。しかしこれはオーガは敬意を払うべき相手だと思ったからこそだ。もしオーガに他に有用な素材があれば遠慮なく解体する。それを死者への冒涜とは思わない。魔物とはそういう存在だ。



「ステータス・オープン」


  名前 : アジフ

  種族 : ヒューマン

  年齢 : 25

  Lv : 39(+1)


  HP  : 157/284(+8)

  MP : 44/178(+6)

  STR : 73(+1)

  VIT : 75(+2)

  INT : 50(+1)

  MND : 55(+0)

  AGI : 49(+2)

  DEX : 43(+1)

  LUK : 20(+1)


     スキル

  エラルト語Lv4 リバースエイジLv4 農業Lv5 木工Lv7

  解体Lv8 採取Lv4 盾術Lv8 革細工Lv5

  魔力操作Lv18(+1) 生活魔法(光/水/土)剣術Lv19(+1)暗視Lv3

  並列思考Lv5(+1) 祈祷 光魔法Lv10 アメラタ語Lv2

  

       称号

  大地を歩む者 農民 能力神の祝福 冒険者 創造神の祝福



 オーガとの戦いでまた一つレベルが上がった。剣術も上がっているのは大きい。前回レベルが上がってからそれほども経っていない。やはり強敵との実戦は得るものも大きいといったところか。


 魔力操作が上がっているのは想像通りだったが、並列思考も上がっていたのは意外だった。剣の魔力を操作できるようになったのと、何か関係があるのだろうか? 日頃からよく使うスキルなので、スキルレベルが上がるのは単純にありがたいが。


 しかし……剣術Lv19か。剣術Lv20ともなれば、連地流なら師範代の称号獲得に挑戦できる。自分があの連中と肩を並べるってのは、まだちょっと想像がつかないな。



 尾根を下って、谷川を目指す。目指すのはもちろん温泉の源泉だ。だが、温泉の調査に行く訳ではない。オーガが番いであった以上、子供の存在を警戒をしなければならないからだ。

 本来なら昨日のうちに行っておくべきなのだが、戦闘になる可能性もある。魔力が最低限回復して、腕が使えるまで治してから行くべきだと判断した。


 魔石を取り出す際にメスの乳が張っている様子はなかった。だが、オーガがどれくらいの大きさまで子育てするのか? 夫婦で子供を育てるのか? 生態はまったくわかっていないので調査しないわけにはいかない。


 温泉の調査はあくまでついで。ついでと言ったらついでだ。


 険しい斜面を下って谷川へと降りる。オーガ達はここを一気に登ってきたのかと思うと、その身体能力にあきれてしまう。


 周囲の気配を探りながらも、谷川の浅瀬を渡った。遠くに狐のような獣の姿が見え、こちらに気付いてすぐに逃げていった。他にも獣の気配は多い。オーガが近くに居座っていた割には意外ですらあった。



 尾根の上から確認した源泉の場所へと河原を歩く。目星を付けた辺りに枯れた小川があった。わずかに流れる水は湯気が上がり、触れると確かに暖かい。間違いない、温泉だ!

 その小川から森に分け入ると、森の切れ目から湯気がちらほらと立ち上る一帯が見えてくる。


 硫黄の匂いはしないな。はやる気持ちを押さえ、剣を抜いて気配を殺す。

 もしまだオーガがいて大人同様の索敵能力を持っていたら意味は無いが、念の為だ。


 茂みに紛れ周囲をうかがうが、近くに動く気配は感じられない。こそりと森を出て、動物の足跡が多く残るぬかるんだ場所へと向かう。

 その中に一際目立つのは、大きすぎる人の足跡。これはオーガの足跡だな。地面をさらに探すが、それより小さな人の足形の足跡は見つからない。三体目はいないのか、あるいはもっと小さいのか。


 地面に手を付くと、手の平に熱が伝わってくる。湯気が昇る場所に湯が少しだけ湧いていた。色は透明、湯量は少なそうだ。


「熱っ!」


 触れてみると、いい湯加減とはほど遠い。周辺の岩を転がしてみると、その下からじわっと濁った湯がにじみ出てきた。

 

 ふむふむ。手を加えればもう少し湯量を増やせそうだな。


 その周辺にある白い塊に手を伸ばし、欠片を削って見る。白い粉になった塊は塩のように見える。動物が舐めにくるというし、村でも採取していると言っていた。毒ではないだろう。もし毒性があったとしても、解毒の魔法もあるしな。


 手に付いた粉をぺろりと舐めてみると、確かにしょっぱい。少しだけ苦甘く感じるのは、何かの不純物のせいなのだろう。

 温泉は好きだが、成分などはそれほど詳しくない。確かしょっぱい温泉はよく暖まるはず。その程度だ。


 しかし、このまま湯量を増やしたところで、そのまま入浴とはいかなさそうだ。やはり何らかの手段で谷川まで源泉を引くか。木工スキルを活かしてといでも作って……


 ”はっ”と気付いて顔を上げる。そうだ、まずはオーガの調査をしなければ。


 恐るべし温泉の魔力。いや、魔力はそこら中にあるから、温泉の魅了チャームか。



 オーガの寝転がっていた大岩や、小さな滝の周辺。おそらく寝床にしていたであろう、近くに多数の骨の転がる岩棚などを見て回るが、オーガの子供も足跡やその痕跡も見当たらない。


 どうやらオーガは二体だけだったようだ。ほっと胸をなでおろす。子オーガが大人より強いはずは無いと思うが、魔物とはいえ子供を殺めずに済むのは正直ありがたい。


 出会えば迷いはしないが。


 

 昼頃から始めた調査を一段落つけた頃には、周囲にはすでに夕闇が迫って来ていた。山間部の日暮れは早い。

 暗視スキルがあるので夜の森も苦手にはしていないが、このジデルル谷はオーガの縄張りだけあって魔物の姿が見えない。村には心配をかけてしまうが、もう一日野営をしていく事にしよう。


 野営の準備をして、枯れ枝を集めて火を焚く。


 揺れる火を見ながら、オーガの魔石を取り出した。焚き火の炎に照らされて、魔石は赤く揺らめく。火属性の魔石だ。

 オスの魔石の大きさは拳よりも大きいくらい。ハーピークィーンの物と同じくらいか。赤色は薄く、向こうが透けて見える。メスの魔石は二つに割れてしまっていた。最後の一撃が魔石に当たってしまっていたのだ。


 どうしよう。売りたくない。記念に持っておきたい。


 だが、旅先で時折取り出して、話のネタに使っているハーピークィーンの魔石もある。このままでは荷物が魔石だらけになってしまう。

 旅の荷物は厳選しなければならない。荷物を背負ったまま戦う事だってあるのだ。余計な荷物を背負い込むわけにはいかない。くぅ、収納スキルインベントリが欲しい。


 無いものねだりをしても仕方がないか。リバースエイジを選択して後悔はしていないのだから。



 魔石を袋へとしまい、再び火を見つめた。


 揺れる炎に、オーガの赤い目を見た気がした。


 立ち上がり、剣を手に取って近くの木へと歩く。目を付けたのは、直径20㎝ほどの若い針葉樹。剣を下段に構え、目を閉じて集中する。


 剣に魔力が流れ、輝きを放つ。すぅ、と息を大きく吸って、止める。


 魔力を強く刃へと集める意識をすると共に、刃の輝きが強くなる。その光に照らされて、暗い森の中に明るい一帯ができあがった。


「せぇぇぇッ!!」


 気合いと共に息を吐き、剣を上方へと振り切った。


 刃は木へと吸い込まれ、ぬるりとした手応えを残して反対側へと通過する。一拍の後に木は音を立てて倒れ込んだ。



 おいおい、斬れちゃったよ。木が、剣で。木こりにでも転職しようか。


 魔力を一点に集めた剣は、重さは魔力を流す前より少し軽い程度。だが切れ味は段違いだ。魔力を流していない箇所は丈夫さが落ちているので、防御には使わないほうがいいだろう。


 魔力の操作、集中ともに練習が必要だし、魔力の消費も大きい。それでも使いこなせれば、かなり強力な武器になるのは間違いない。

 ただ、普段から使うには、魔力を集中した時に剣が重すぎる。これでは義足で振り回せない。ここぞという時だけにしなければならないだろう。


 闇夜に光るマインブレイカーの剣身を見つめる。


 オーガとの戦闘で刃こぼれが起きていた。いくら魔力で強化していてもそれ以上の力が加われば当然傷つく。それ程の激戦だった。街に戻ったら研ぎに出さねばならないな。

 


 再び焚き火の前に座る。

 グローブを外して手の平をじっと見た。


 手の平には、いくつものタコができている。お世辞にも綺麗とは言えないゴツゴツした手は、何年もの間剣を振り続けた証だ。


 手を〈ギュッ〉と握って拳を固める。その拳は固く、震えは見られない。


 ぱちり、と焚き火がはぜた。


 その音に顔を上げ、炎を見つめる。


 

 以前とかわらず炎は揺れる。けれどそこに、オーガの赤い目はもう浮かんではこなかった。


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