温泉鬼行:やまびこ
襲いかかるオーガの拳を、振り込んだ剣で辛うじて逸らす。とてもじゃないが、
拳が振り切られ、その側面へ横薙ぎに剣を振り込む。
「せいっ!」
肘先から翻った腕が、横からの斬撃を弾き飛ばした。手先だけにもかかわらず弾かれた剣ごと上体が起き上がる。
そこへ鋭く尖った爪が揃えられた手刀が突き出された。速い!!
必死にかざした剣身の、刃の上を手刀が滑る。
火花が飛び散り、すれ違うオーガの赤い目と視線が交錯した。
互いの位置が入れ替わり、目が合ったまま動きが止まる。
速いが……ついていけている!
速さで勝るオーガについていけている理由。それは四日の間、剣を振りながら立てたオーガ対策によるものだ。四日で腕やスキルは上がらなくても、一度戦ったのだ、対策くらいは立てる。
オスとメスの戦闘スタイルの違いに戸惑い最初こそ遅れを取ったが、打ち合っているうちに立てた対策がようやく噛み合ってきた。
一つは先にも述べた先制を捨てて守りとカウンターに徹している事。自らの選択肢を狭めて、対応速度を上げているのだ。
もともと義足での戦闘は、動きの自由度が制限されるので待ちを主体としていた。レベルが上がり力は増している気がするが、義足の不自由さは変わらない。
その戦闘スタイルと積極的に攻撃してくるオーガの性格が噛み合って、自分でも経験した事のない高速戦闘が成立していた。
そしてもう一つ。
オーガの蹴り上げた足を紙一重で躱す。片足で立つ軸足を狙おうとするが、上方で翻った足は、そのまま巻き込むようなかかと落としとなって襲いかかってきた。
「こなっ!」
『こなくそっ! そんなもん喰らってたまるか!』を略しながらも、剣を振り上げて迎撃する。それをオーガは身をよじって一回転して躱し、着地してから振り返った。
ちっ! 器用に避けやがる。……は、いいとして、やっぱりそうだ。さっきの攻防で手応えは感じていたが、間違いない。オーガは確かに剣を受けずに避けた。オーガの皮膚ならそのまま剣など蹴り飛ばしてしまえばよさそうだが、そうはしなかった。
前回の戦いで、オーガは手の平への短剣での攻撃に対して、攻撃を中止して守りに入った。マインブレイカーよりはるかに斬れない短剣での攻撃を、だ。やはり手の平は柔らかいのだろう。そうでなければ短剣など握り潰しているはず。
そして、剣での攻撃は正面から受け止めてみせた。
オーガの硬質化した皮膚は、鎧のように全身を覆っている。その硬い部分はマインブレイカーでも斬れないほどだ。だが、それは硬くても動ける不思議素材でも、鱗の様な柔軟構造でもなく、鎧と同じく可動部は硬くない部分になっているという事だ。そうでなければ動きの邪魔になってしまうはず。
もし鎧を着た人を相手にするならば、わざわざ鎧ごと斬ったりしない。狙うのは、鎧の継ぎ目。オーガも同じではないかと考えた。
さっきの蹴りへの迎撃は、振り下ろされる足のヒザ裏を目指して振り込んだ。オーガはそれを嫌って避けたのだ。
前回は相手の速さに翻弄され、それどころではなかった。そんな中で、目の前にどうぞと差し出された腕が極上の餌に見えた。そしてそれにまんまと喰いついてしまった。
確かにオーガの動きは速い。だが、その速さに合わせているだけでは常に後手後手だ。
オーガの腕が振られる。
「しッ!」
それに対して剣で迎え撃った。
ただし、攻撃を受け止めるのではない。半歩踏み込んでヒジの関節、その内側へと片手に持った剣を伸ばして振り込む。
オーガの身体が大きいとはいえ2mをゆうに越える程度。腕が両手剣より長いはずがない。リーチはこちらが有利。振り込まれた剣に、オーガは攻撃を止めて後ろに跳んだ。
まずは相手の速さにくらいつく。その上で装甲の弱い部分を狙えば、相手に対して脅威となる攻撃を与えられる。そうすればたとえ速さで上回られていても、一方的に後手に回らずに済む。それが『オーガの
これは賭けではない。前回実際に相対した感触から、『これならいける』という手応えがあった。
罠にかける、毒を使う、山ごと焼き払う、小(?)細工もいろいろ考えたが、どれも確実性に欠けた。
そもそも、地球ではもちろん、この世界に来てから工作活動の訓練などしていない。そんな不確実なものに命運を賭けるよりも、積み重ねた
<ゴウッ>
「っと!」
目の前をオーガの腕が通過する。
だが、ここは魔物と人とが生きる世界。力だけで勝てるのなら、人などすでに滅んでいる。
「はぁッ!」
オーガが踏み込んだ足の、ヒザ裏へと剣を片手で振り込む。足元を狙う剣を、オーガはヒザをひねってすねで受けた。
<ガキン>と剣とすねがぶつかり音を立てる。止められた剣の柄を掴み、振り戻す。ヒザをひねれば腰も回る。腰が戻るその時間が打ち込みの隙を与えてくれた。
「せぁッ!」
正面から打ち込んだ剣を、オーガは腕を差し出して受け止めた。腕とぶつかった剣は<カツッ>と軽い音を立てる。
その手は承知の上だ! 打ち込み過ぎては前回と同じ。受け止められるとわかって軽く打ち込んだ剣は、そのままオーガの腕の上を滑り、喉元へと向かう突きへと変化した。
首元へと伸びる突きを、オーガは身をのけぞって躱す。
ここだ!
「はぁッ!」
のけ反って露わになった首筋。その横に添えられる剣。それをそのまま横へと振り払った。
「ゴアッ」
血しぶきが舞い、オーガが後ろによろめく。だが、手応えが軽い。浅かったか! ならば追撃するまで!
よろめいたオーガへ向けてさらに打ち込む。
迫る剣を、無造作に腕で振り払われる。
それに逆らわず、剣を回して逆袈裟に切り込む。
傷口を押さえるオーガは、その剣を後ろに退がって避けた。
「せいッ!」
そこに突きを打ち込むと、メスのオーガはさらに退がるも避けきれず、腕の付け根辺り、装甲の切れ目へと剣が突き刺さる。
それでも、オーガはそのまま後ろに転がり、深手は避けて見せた。
いつもの剣よりあきらかに速い。さっきまでの高速戦闘に身体が引っ張られている。未体験の領域に思わずにやりと口角が上がった。命がけのやりとりとの最中にもかかわらず。これは脳から変な物質が出てやがるな。
「グググ……」
転がりながらもヒザをついて起き上がったメスのオーガは、こちらが笑ったのを見た。そして牙をむき出しに唸りながらも、じりっと退がる。
一歩踏み込むと、一歩退く。
「どうした? かかってこいよ」
剣を構えて挑発してみるも、オーガは動きを止めるだけで攻撃はしてこなかった。傷を与えたので、かなり警戒されてしまったか。
とはいえ、目は力を失っておらず、牙は折れんばかりに喰いしばられている。戦意を失った様子は微塵も見られない。
さらに踏み込んだ一歩に、オーガは今度は退かなかった。そしてその目が見開く。傷口を押さえていたオーガの手が下ろされ、血のしたたる拳がぎゅっと固められた。
くるか。お互いが身構えた。
「グラァァァァァーーー!!」
だが、一触即発だった両者の間に、別の雄叫びが聞こえてきた。
雄叫びが谷間に反響する。かなり近い。オスか!? もう来やがったのか。これからいいところだったのに、嫉妬深いヤツだ。
その声を聞いたメスのオーガは大きく後ろに跳び、距離が開く。警戒されている上に、味方の到着。その距離を詰める手はこちらにはない。
オスが着く前に退くか? じりっと退くと、今度はじりっと距離を詰められる。無理だ。足はあちらの方が格段に速い。ただでさえギリギリなのに、剣を制限される森に逃げ込む手はない。それなら広い場所で剣を振るった方が、まだ目がある。
じりじりと退くが、変わらないメスとの距離。そこに森から跳び出した別の影が割り込んできた。
メスをかばうように前に立ち、こちらを見つめる目は視線だけで殺してやるとばかりに怒りに満ちている。
一回り大きな身体、角の形状。
人型だからこそはっきりとわかる。先日と同じ個体だ。
五日振りだ、来てやったぞ! オーガ!……のオス!
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