温泉鬼行:星空
「いや、あの目で見られた時、俺は死んだと思ったね」
「俺もだ、でもその時だよ、なぁ」
「そうそう、アジフさんが立ち上がって言ったんだ『ここは俺にまかせろ』ってな」
そんな事言ってないだろ。いつの間にか『さん』がついてるし。
「その時、立ち上がったアジフさんの身体が光って周囲を照らしたんだ」
「それまで好き放題暴れてたオーガが、その光を浴びたとたんにぴたりと動きを止めたんだぜ!」
「俺にははっきりとわかった。あれは完全にびびってたな」
村に帰ってから、二人の狩人の口は止まらなかった。
「ゆっくりアジフさんが近づいても、オーガのヤツは動けねぇ。すげぇ光景だったよ」
「俺は思ったね。これがおとぎ話に出てくる聖騎士様ってやつなのかって」
馬に乗っていなかったのに、騎士も何もあったもんじゃない。
考え事をしていて、気がついた時には遅かった。二人が自分を見る目は輝いて、完全に英雄を見る目に変わっていたんだ。
「いつまでも動かないオーガがかわいそうだったのか、アジフさんが、なぁ」
「ああ、オーガを見下ろして、かかって来いって”ちょいちょい”って手招きしたんだ」
尾ひれどころか背びれに胸びれ、腹びれに
村人が囲む中、二人の興奮した話は続いた。
「ともかく、オーガはアジフさんにまかせとけば心配ねぇ! それに比べて俺たちは……」
「俺なんてしょんべんまでちびったんだぞ! 帰り道も恥ずかしくてなぁ」
「実は……俺もなんだ。びびりすぎて途中で止まっちまった」
「「友よ!」」
とてもじゃないが、もっと心配してくれなんて言える雰囲気じゃない。村長までも『アジフさんがそれほどの腕だったなんて』とか言い出す始末。
「まだ倒してもいないのに、油断が早すぎるぞ。そんな簡単な相手じゃない」
「さっすがアジフさん! 言う事が違いますね! さぁ、一杯どうぞ」
あ、これは聞いて無いやつだ。長い期間おびえ続けたオーガへの突破口がようやく見えたと、村人たちの空気は明るい。
ただ、オーガとの戦いの場に狩人の二人に同行してもらったのは失敗だった。戦いを見られたからではない。あの場はそれほどに危険だったからだ。
まさかオーガの警戒があれほど鋭いとは思わなかった。あの引き際の良さは、茂みに隠れる二人にも気付いていたからこそだと思う。勘なのかスキルなのかはわからないが。
あれでは次回も案内を頼むのは無理だろう。どっちにしろ、次は自分一人でなんとかしないといけない。
「はぁ~」
酒盛りの場の片隅に移動して、一人ため息をつく。話の主役のはずなんだが、こっちはそれどころではない。
「ステータスオープン」
名前 : アジフ
種族 : ヒューマン
年齢 : 25
Lv : 38(+1)
HP : 208/276(+12)
MP : 114/172(+4)
STR : 72(+2)
VIT : 73(+1)
INT : 49(+1)
MND : 55(+1)
AGI : 47(+0)
DEX : 42(+2)
LUK : 19(+0)
スキル
エラルト語Lv4 リバースエイジLv4 農業Lv5 木工Lv7
解体Lv8 採取Lv4 盾術Lv8 革細工Lv5
魔力操作Lv17 生活魔法(光/水/土)剣術Lv18(+1)暗視Lv3
並列思考Lv4 祈祷 光魔法Lv10(+1) アメラタ語Lv2(+1)
短期間の間にレベルが上がっているのは、アメルニソスに行ったりして戦闘機会が多かったからだろう。最近上がりの悪かった剣術スキルが上がっているのがうれしい。人に教えたせいだろうか。
光魔法がついにLv10になって、ついに見習い司祭卒業だ。正式にはどこかの教会に行って、手続き……じゃなかった、儀式をしなければならないが。
光魔法LV10で使える様になる聖句で習得できる魔法は『
ステータスを眺めたのは、オーガのステータスを考えていたからだ。圧倒的にも思えた力と速さは、STRとAGIが高いのだろう。おそらくCランクの範疇に収まらないほどに。そして頑丈な身体。VITも相当なものなはずだ。
その反面、挑発には容易に乗ってきたし、行動は直情的だった。MNDやINTは低そうだ。攻撃は力まかせで強引。DEXもそれほどではないだろう。
もちろん、相手のステータスは見れないので、すべて予想でこじつけでしかない。だけど大きくは外れていないと思う。それがわかっただけでも、一度戦った価値は大きい。
正攻法で考えれば、攻撃魔術でHPを削るのが妥当な相手だ。前衛が攻撃をしのぎ、後衛がダメージを稼ぐ。前衛が持ちこたえるなら、もっともオーソドックスなパターンだ。
おそらくHPも高いので、前衛、後衛ともにしっかりとした実力が求められる相手と言えるだろう。
だが、自分は
つまり、剣でオーガと戦って倒すなんてのは、正攻法でもなんでもない。無茶か? と聞かれれば無茶だろう。だけど、無謀か? と聞かれれば、そこまででもないような気がする。これで
「はぁ~」
論理的ってなんだ。そりゃため息の二つも三つも出る。しのごの言ったところで、手持ちの光魔法でオーガは倒せない。どんな手を使ったとしても、止めを刺すのは剣でしかあり得ないのだ。
壁に立てかけられたマインブレイカーをちらりと見る。革当ての隙間から見える剣身は、静かにミスリルの輝きを放ったままだ。
「アジフ様、お一人で飲んでないで、ご一緒させて下さい」
頭を悩ませていると、隣に村の娘さんが座って酌を勧めてきた。アジフ様!? 誰だそれは。この酌は…… 受けるとあまりいい予感はしないな。
「すまない、ちょっと風に当たってくるよ」
「ええ~」
立ち上がると背後から何か聞こえてきたが、気にしたら負けだ。剣を手にして外に出ると、冷たい夜風が頬を撫でた。
村のお気楽ムードに流される気分でも状況でもない。夜空を見上げると満天に星が瞬いていた。明日は天気の心配は必要なさそうだ。
「ふっ!」
引き抜いたマインブレイカーを夜空に向けて振り払う。だが、星々は変わらず瞬きを続けていた。当然だ。
冷たい夜風と、薄青い剣身の輝きが頭を冷やしてくれた。結局は自分に出来る事など限られている。
元々策士なタイプでもない。考えをめぐらせたところで、おおよそで教えてもらったジデルル谷の地形から、オーガの警戒をかいくぐって一体だけをおびき出す名案など出てくるはずもない。
「せいッ、はッ!」
続けて剣を振るって型をなぞる。
夜の闇に思い浮かべるのは、いつもの師範たちではない。オーガだ。
「やッ!」
そう……か、自分に出来る事、か。剣を振るっているうちにだんだん頭がすっきりしてきた。
イメージの中のオーガの豪腕が振られ、丸太のような足が襲いかかってくる。
「たりゃぁッ」
これまでこちらに来てから過ごしてきた時間、こちらに来る前に過ごしてきた時間。それらを思い返しながら、今日の戦いが自分の全てだったのか、考える。
考えながらも剣を振り続ける。いつしか額には汗が浮かび、そして流れ落ちる。知らずのうちに魔力が込められたマインブレイカーが輝き、夜の闇に青い軌跡を描く。
満天の星の下、剣が風を切る音と息づかいだけがいつまでも続いていた。
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