効能



 谷間に作られた砦


 それがようやく着いたニンドル村を見た第一印象だった。木と岩を組み合わせてつくられた門は、城壁と比べても遜色がないだろう。

 固く閉ざされた門は、外からの訪問者を拒絶しているようにも見える。


「誰だ? 村に何の用だ」


 馬に乗ったまま門に近づくと、門の上から声がかかった。 


「ここはニンドル村だよな? オーガ討伐の依頼を受けてきた冒険者だ」


 目印の巨岩はあったから間違いないと思うが、僻地の村からは想像できない城壁に不安になっていた。


「おお! そうか! やっと来たか! 今、門を開けるから下がっててくれ」


 そう言って顔を引っ込めた。こっちこそやっと着いたと言いたい。門の上にいた男は武装していなかったし、普通の村人に見えた。門番ではないのだろうか。


 やがて中から音がして、ギギギ、と軋んだ音を立てて門が開いた。


「待たせて悪かったな。村長の家まで案内するから、ちょっと待っててくれ」


 男はそう言って門を閉じてかんぬきをかけた。門は外側を鉄で補強された丈夫な造りだ。かんぬきもいかにも丈夫そうで、かなり重いのだろう。スライドさせれば持ち上げなくてもいい造りになっていた。どう見てもただの村には過ぎた設備だ。


「やけに立派な門だな」

「もともとここには鉄の鉱山があったんだ。もうずっと昔に鉱脈は枯れて、今は崩落した坑道が残っているだけだがな。だが設備は手入れしながら使えているのさ」


 それでこんな所まで寂れているとはいえ街道があったのか。男は説明しながら、そのまま村の中へと続く街道を進んだ。


 城壁の中は畑が広がっていて、山には果樹が植えられているようだ。遠目に何かの収穫をしている姿が見えた。


「それにしてもずいぶんと広い村だ。人は多いのか?」

「そうでもない。若いのは街に行っちまうから。土地だけはあるけどな」


 ハハハ、と男はどこか寂しそうに笑った。遠いからなぁ。


 通常は大きな街の周囲に開拓村が出来て、人類の生活圏が徐々に広げられていく。ニンドル村は過去に鉄という特産があったので、極端に離れた場所に孤立して存在しているのだろう。



 村の集落部分に近づくと、そこだけはさらに木と石の壁で囲まれていた。こちらにはちゃんと武器を持った門番以外にも物見櫓が立てられている。これだけで普通の村ぐらいはありそうな大きさだ。城壁はあくまで外周の守りのようだ。


 集落には子供たちが元気に駆け回る姿が見えた。まったく活気がない事もなさそうだ。外からの訪問者が珍しいのか、こちらを見ると足を止めて不思議そうに見ている。


 厩にムルゼを預けて、村長の家に向かった。


「メスに手を出すんじゃないぞ」


 念の為にムルゼに一言言い残すと、さっさと行けとばかりに鼻っ面で押された。大丈夫だろうな? 村の厩舎にはいい思い出が無いから用心は欠かせない。


 案内された村長の家は、村には似つかわしくない大きな建物の、隣の普通の家だった。


「ギドブさん、デロスロからオーガ退治に冒険者が来てくれたぞ!」


 門番の男が扉を開けて声をかけると、中からバタバタと音がして、40代くらいだろうか、村長にしてはやや若い男が顔を出した。そしてこちらを見ると、少し表情を曇らせた。


「村長のギドブと申します。その…… 失礼ですが、お一人ですかな?」


 おっと、そうだった。この反応、久しぶりで忘れていた。ただでさえソロのCランクは少ないのに、義足だからな。初見で信用されるはずもない。


「Cランクのアジフです。あの金額でパーティを呼ぶのは無理ですよ」

「村の精一杯なのですが……」

「でしょうね」

「「はぁ~」」


 村長とため息が被った。思わず顔を見合わせて苦笑いを交わした。


「お互い不足があるのは承知しています。だからこそ力を貸して下さい」

「村に出来る事なら協力しますとも。なんでも言って下さい」


 よかった。金払うのだから自分でやれとか言われなくて。村にとっては他人事ではすまないはずなので、協力してくれるだろうとは思っていたが。


「オーガの出没する場所の情報と、案内が欲しいです。弓が使えればなおいい」

「ジデルル谷は村の衆ならほとんどがわかります。ですが、弓ですか…… オーガを倒せるほどの強弓の使い手はおりませんが、それでもよろしいですか」

「ええ、かまいません」


 そんな使い手がいればわざわざ冒険者に依頼を出すはずがない。自分のへっぽこな弓よりマシならそれでいい。


「では狩人のメットとウルゾンに案内させましょう。二人とも村では1、2を争う弓の腕前ですので」

「助かります」


 おそらく、村の狩人程度の弓ではオーガには通用しないだろう。だが、剣だの槍だのを持って来られては、戦いに巻き込んで犠牲者が出るのは間違いない。最低でも逃げられる距離は保っていて欲しい。それで牽制にでも役に立ってくれればもうけものだ。


 自分だけの冒険とはいっても、それはそれ、これはこれ。

 

 何と言われても、命がかかってるのだ。変に意地を張って、死んでしまえばもともこもない。使えるものはなんでも使うに決まってる。


 門の所にいた男が外に出て行った。おそらく呼びに行ってくれたのだろう。


「そういえば、あの人、門番なのに武器を持ってませんでしたね?」

「異常があれば村に知らせるのが役目ですから。外壁を守るだけの人手がありませんので」


 寂れた鉱山街など寂しいものだな。今でもこうして村として形が残っているほうが珍しいだろう。ほどなくして、さっきの人が二人の男を引き連れて戻ってきた。一人は中背の細身で、もう一人は背の低いがっしりした男だ。


「なんだよ、やっと冒険者が来たっていっても一人じゃないか。相手はオーガだぞ。大丈夫なのか?」

「村長がけちるからだろ。だから安すぎだって言ったんだ」


 入ってくるなり、二人とも文句を言い始めた。だが、それもわからない話ではない。通常、Dランクの魔物でもヌシと言われるレベルの存在なのだ。Cランクともなれば村にとっては絶望でしかない。現れたのが街の近くなら、討伐に軍が動いてもおかしくはない。その依頼を受けて来たのがたった一人なら、疑いたくなる気持ちもわかる。


「けちるも何も、これ以上はケツの毛を毟っても出やせんわ。ヤツらに居座られてもう半年にもなるんだぞ。もうこれ以上は待てんだろ!」


 村長が声を荒らげた。どうやらこちらが素のようだ。しかし半年とはずいぶん長い。通りがかった魔物がたまたま居座るにしては長すぎる。


「半年もよく被害が出ませんでしたね」

「ジデルル谷は村からはちょっと離れてまして。オーガが現れて以来、近づかないように厳しく言っております。その間に去ってくれればよかったのですが……」

「その様子は無いと」

「ええ」


 ふむ、と腕を組んだ。もしそこにオーガが居座る原因があるなら知っておきたい。それで倒せるとは思わないが、敵を知るのは戦いの基本だ。情報があるなら少しでも欲しい。


「あの谷は昔から獣も魔物も集まる谷だ。良い狩り場なんだろうよ」

「魔物が集まる? 何かあるのか?」

「塩だ。獣も魔物もジデルル谷の塩を舐めに集まる」


 塩場というやつか。さすがに狩人は詳しいな。ひょっとしたらオーガも塩が欲しいのかもしれない。そうでなくても、獲物が向こうからやって来てくれるなら居座るには十分な理由になるかもな。


 そんなところをオーガに目を付けられるなんて、この村もついてない。そう思ったのは、村長の次の言葉を聞くまでだった。


「塩を含む湯が湧いてまして。村の塩もそこから作ってます。塩はまだ蓄えがあるし、最悪町まで買いに行ってもいい……」

「村長!!」


 テーブルを<バンッ>と叩いて立ち上がった。その勢いに驚いて、皆の視線がこちらに集まる。


「今なんて言いました?」

「え!? ええ、ですから、塩よりもオーガの危険が……」

「その前です!」

「その前? 塩を湯から作って、ですか?」

「それだ!」


 ビシッっと村長を指さした。


「その湯は何度くらいですか?」

「何度? とは?」

「どれくらいの熱さか、という意味です」


 うっかりしていた。温度計など無いので、何度と言われてもわかるはずがない。


「かなり熱いです、手で触れれば火傷するでしょう」

「量は湧いてますか?」

「ちょろちょろと流れる程度です。少なめの小川程度ですね」


 温泉だ! 間違いない! 何を隠そう、温泉は大好きなのだ。


 この世界に来て以来、できるだけこちらの有り様に合わせる様に心がけてきた。それはこの世界のありのままをもっと楽しみたいからだ。


 だが風呂は、風呂だけは譲れなかった。


 こちらの入浴の習慣は貴族がたまに入る程度で、平民は街にある蒸し風呂に行くぐらいだ。村ともなればそんな設備は滅多に無い。

 そんな中、ルヤナ村でもナナゼ村でも、自分が建てた家には必ず浴槽を作ってきた。薪もたくさん使うのでさすがに毎日とはいかないが、それでもこちらの人から見ればあり得ない頻度だったろう。


 そのための水汲みも台車を作ってせっせと運び、薪集めも苦にはならなかった。森に近い村だったからこそ可能だったとも言えるが。


 だがそれも、旅の空では我慢しなければならない。その自分が、温泉と聞いて黙っていられるはずがない。聞けば湯のたまりは無いのかもしれないが、その程度どうにかしてみせる。

 塩が含まれるのなら、効能はなんだろう? 傷にいいのかな? ヒールがあるので足以外の古傷は無いが、日頃酷使している身体だ。なんとかして温泉につかりたい。


「湯をオーガを倒すのに使おうというのですか? 確かに熱いですが、それほどの量はありませんよ」


 黙って考え込んでいたら、作戦を考えていたと勘違いされてしまった。確かにそうだ。温泉に入るにはまずオーガを倒さなければならない。


「村長、この依頼ははっきり言って安い。だから、オーガを倒したあかつきには、追加の報酬をお願いしたい」


 言われた村長はわかりやすく顔をしかめた。


「いえ、村にはもうこれ以上は……」

「ご心配なく。お金はかかりませんよ」


 確かに、その程度の湯量ではオーガを倒す役には立たないだろう。だが、その少量の湯でも役に立てる効果……いや、効能がある。


「もし無事にオーガを倒せたら、その湯を使って風呂を作りたい。その為に人手を貸して欲しい」


 状況を聞く限り、そのまま穴を掘って飛び込めばいいとはいかなさそうだ。温度調整の為に水が必要かもしれないし、どこかまで源泉を引かないといけないかもしれない。


 真剣な目で頼み込むと、三人が『こんな時に何言ってんだこいつ?』という顔をしてポカーンとしていた。こんな時だからこそ大事なんだよ!


「湧き湯を風呂に使うとは、聞いた事があります。どうせ塩も取りに行きますからかまいませんが……」

「よろしくお願いします!」


 強引に村長の手を取って握手をした。手を振り回されて村長があたふたしている。


 少しの湯がくれる効能、それは自分のやる気だ。俄然やる気になってきた。



 待ってろよオーガども。俺の冒険と……温泉の為に! マインブレーカーの餌食にしてくれる!



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