エルフの教会
「なんて大きさだ」
上を見上げると、口がポカンと開いてしまう。
今立っている展望台もかなりの高さだが、その遥か上までそそり立っている神樹は、高いと言うより大きいと言ったほうが相応しいように思えた。
ラヂェン隊長から指輪をもらって守護隊の本部を後にしたが、義足と鎧の完成にはまだ日にちがかかる。採寸や設計の相談の合間をぬってアメルニソスの名所のいくつかをメゼリルに案内してもらっていた。どれも印象深い光景だったが
「エルフの暮らしの様子とかでもよかったんだがなぁ」
「案内させといて文句言うとか、あなた何様なのよ」
名所観光もいいのだが、普段のエルフの姿のほうが興味がある。だが、メゼリルはいつも通りの日々を送っている人々の邪魔はしたくないと、あまり乗り気ではなかった。わかる話なので、こちらもどうしてもとは言わなかった。
それでも雑貨店や薬屋など、なんて事のない店をのぞくだけでも見た事のない品が多くて楽しい。何が面白いのかとメゼリルにあきれられながらも街を回っているうちに数日が過ぎ、義足の出来上がりの日を迎えた。
「いや、初めてでしたが、なかなか面白い仕事をさせていただきました。いい物が出来たと思いますよ」
魔道具工房の工房主は、自信有り気に出来上がった義足を差し出してきた。完成した義足のバネ部分は黒い光沢を放っており、木でできているとは思えない質感だ。
「装着してみてもいいか?」
「もちろんです、どうぞ」
装着部分は、革とトラムニュートという聞いたことのない魔物の皮でつくられたクッション素材でできているそうだ。足に着けてみると、何度も採寸と型取りに訪れただけあってぴったりとフィットした。立ち上がると、木という素材からは想像できないほど重い。鉄でできていた三代目よりも重いほどだ。体重をかけると、かっちりとした感触が伝わってきた。いや、かっちりとしたというよりむしろ……
「全然しなりがないんだが、これ?」
「ふふふ……それがですね、魔力を流してみてもらえます?」
バネ形状なのに全然しならない義足に魔力を流し義足に体重をかけると、わずかにバネがグッとたわんだ。
「確かに少したわんだけど、それでもかなり硬いぞ?」
「それがこの素材の特性なんです。初めは硬いですが、素材がお客さんの魔力になじむほどしなやかになっていきます。最初はそれぐらい硬くないと、後で柔らかくなりすぎちゃうんですよ」
なかなかクセのある素材だな。当面の間は気を使いそうだ。
「しかも、お客さんの要望で目いっぱい丈夫にしましたんで、斧で叩きつけたってびくともしません。ただし、魔法やお客さんの剣みたいな魔法武器には弱いので気を付けてください」
マインブレイカーが魔法武器と説明した事はなかったはずだが、さすが魔道具工房の主だけあって見抜いたようだ。
「それは助かるが、戦闘中はいいとして普段はどうするんだ? 魔力を流さないと硬いままじゃないか」
「えっ」
魔道具工房の主が固まった。じっと見つめると、つっと目をそらした。
「まさか、考えてなかったのか?」
「い、いや、お客さんの要望が『戦闘に耐える物』でしたから。それに、普段から魔力を流してれば早くなじみますよ!」
これは考えてなかったな。だが、斧で叩いても大丈夫と工房主が豪語するほどの義足はありがたい。魔道具を使いながら歩くようなものだが、魔力を流している感じでは、魔力の消費は実感できるほどの量ではない。並列思考のスキルがあれば常用していても気にならないだろう。
「そうか、しばらく魔力を流しながら使ってみるよ」
装着していた義足を一度外して、頼んでいた外用の靴を取り付ける。木製なので、三代目のように滑り止めが直接付いているわけではない。屋外用に地面を踏みしめるための靴を付け替える必要がある。四代目となる義足は、なかなかクセがありそうだ。
まだ新しい義足に慣れないとはいえ、杖無しで歩けるのはありがたい。訓練を兼ねて、翌日からもアメルニソスを歩き回った。
そんな中、メゼリルに頼んで案内してもらったのは、巨大な木の切り株だった。さすがに神樹ほどではないが、かつては信じられないほどの巨木だったのだろう。上は途中で切られているが、幹回りは周囲の木とは比べようのないほどの太さだ。
「ここが教会よ」
なんと、この巨大な切り株が教会だというのだ。根本にある入り口には彫刻が施されて、教会と呼ぶのに相応しい雰囲気となっている。その奥が教会となっているようだ。
「遥か昔は神樹様と並び立つほどの巨木だったそうよ。かつて、強大な敵からアメルニソスを守るためにその身を呈し、命を使い果たして枯れてしまったと聞くわ」
「ほぇ~」
信じられない光景を見上げる。森の中で切り株の上だけはぽっかりと開いていて、青空が見えている。今も木々が葉を茂らせるのを遠慮しているかのようだ。そこから差し込む日の光が巨大な切り株を照らし、言われてみればなんだか神聖な雰囲気をまとっているかのように見える。
ここを訪れたのはメムリキア様にあいさつをするため……などという信心深い理由ではない。この教会には『リジェネレート』を使える神父様がいると聞いたので、気になって来たのだ。
言われてみれば不思議な話ではない。この世界で、教会は医療に大きな役割を担っている。閉鎖的な国家なら、内部で医療体制を整えていないはずがない。そしてエルフは人間よりも寿命が長い。レベルやスキルは人間よりも成長が遅いらしいが、それでも長年治療を続ければスキルレベルは上がるはずだ。『リジェネレート』を使えるレベルに達していても不思議はないだろう。
お隣の帝国にある大教会にも『リジェネレート』を使える高位の司祭がいるとは聞くが、正直、大教会とか帝国とかあまりいい予感はしない。特に悪い噂を聞くとかそういう訳ではなく、単なる勘と偏見だ。アメルニソスで治療ができるなら、その方がいい気がした。
入り口をくぐって中に入ると、教会の内部には礼拝堂にあたるであろう空間が広がっていて、高い天井に様々な彫刻や装飾が荘厳な雰囲気を醸し出している。壁から天井まで全てが木製なのが印象的だ。
朝の礼拝が終わったところなのだろうか。片付けをしているシスターの姿があったので声をかけた。
「お忙しいところ申し訳ありません。神父様はいらっしゃいますか?」
シスターは手を止めてこちらをみて、少し驚いた顔をした。
「ヒューマンの方とは珍しいですね。礼拝か治療ですか?」
「いえ、神父様のお話を伺えればと思って訪ねさせていただきました。ご不在なら日をあらためますが」
「神父様ならいらっしゃいます。そちらで少し待っていてもらえますか?」
教会の奥へと入っていくシスターを見送り、礼拝堂に並ぶ椅子に座って大人しく待つ。しばらくすると、教会の奥からシスターと神父服を着たエルフが姿を現した。立ち上がって胸の前で両手を組み、司祭の礼をすると神父は驚いた様子だった。
「おや、冒険者と聞いていましたが、司祭の方だったのですか? ああ、申し遅れました。この教会で神父をしている、センウと申します」
神父も同様に礼を返す。冒険者と名乗った覚えはないのだが、噂でも流れているのだろうか。
「どちらも間違っていません。司祭としては見習いですが、冒険者をしているアジフと申します。本日は急な訪問にもかかわらず対応していただきありがとうございます」
「そんなに固くしゃべらなくても大丈夫ですよ。それにしてもアメラタ語がお上手ですね」
一応相手は高位の聖職者だ。見習い司祭として丁寧に対応したのだが、このセンウ神父は割と気さくな人物のようだ。
「ありがとうございます。アメラタ語はこちらのメゼリルから教わりました」
横に立つメゼリルも大人しくしている。
「そうなのですか。実はアジフさんのことは、評議会から通知が来てましてね。私も評議員の一員ですので。それで、私に話があると聞きましたが」
おっと、評議員さんなのか。たしかラヂェン隊長もそんな事を言っていたな。評議員と言われても、センウ神父はあまり偉そうな感じはしない。エルフだからなのだろうか。
「評議員はハイエルフの方だけで構成されているのよ」
メゼリルが横に来て教えてくれた。と、いうことは目の前のセンウ神父もハイエルフなのか。見た目からは他のエルフと違いはわからなかった。
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