普通



「ふ~ん、つまりメムリキア様に会ってスキルをもらったのね」


「ああ、戦う為のスキルでもないし、俺自身が特別な力を持っている訳じゃない。ただのヒューマンの男なのさ」


 観光どころではなくなってしまったので、場所を変えて話をすることになった。宿屋に部屋を取って内緒話だ。


「ただのヒューマンの男にナナナキヒ様があそこまで言うのかしら?」


「そのスキルっていうのが問題でな。メゼリル、俺はいくつに見える?」


「え……28歳くらいかしら?」


 ステータスでは25歳なのだが、老け顔なのだろうか。地味にショックだ。


「55歳……くらいだ」


 正確には何歳なのか、自分でももう自信がない。この世界にきてから10年なはずだ。


「55歳!? おじさん……いえ、もうお爺さんじゃないの!」


 この世界の平均年齢はそれほど高くない。55歳ともなれば老齢といわれてもおかしくない年齢だ。それはいいのだが。


「メゼリル、ブーメランって知ってるか?」


「なにそれ? 聞いたことないわね」


 こっちにブーメランがあるのかわからないが、少なくとも森の中で使うような道具ではない。エルフが知らなくても不思議はないか。


「今度作ってやるよ。面白いんだぜ」


「それが何の関係があるのよ! 今はそんな話してないでしょ!」


 確かに、危険な予感がする。この話はこれ以上突っ込まないようにしよう。


「ま、まぁ、見た目通りの年齢じゃないってことだ。簡単に言えば、若いまま長生きできるのさ。それこそエルフよりもな」


 説明としてはざっくりしすぎだが、あまり詳しく話すのはお互いにとって良くないと思った。


「エルフよりも!? それは……なんていうか、大変ね」


 ん? 思っていたほどは驚かないな。


「そうだ、人に知られたらどれだけ危険かわかるだろ?」


「そういえば、人間ヒューマンは長生きしたがるものね。アジフはヒューマンにとってのハイエルフのような存在なのかしら」


 そういえば、エルフにはハイエルフや精霊といった長命の上をいく存在が身近にいたな。寿命が長いと言われても驚きは少ないのかもしれない。


「ハイエルフの様に存在が認められればいいんだが、たった一人ではそうもいかない。特に権力者には関わりたくないんだよ」


「う~ん、私達エルフにとってはアジフが長生きな事より、メムリキア様に会ってスキルをもらった事のほうがずっと驚きなのだけれど……人間にとっては違うのかもしれないわね」


 確かに、長生きというだけではエルフにとっては特別な存在とは言えないだろう。あれ? 何だか自分が普通に思えてきたぞ。


「どちらにせよ、人に知られたい話じゃない。村のみんなには黙っててくれよ」


「わかってるわよ。そうでなくても、ナナナキヒ様の言いつけを破る気はないわ」


 今まで自分だけの秘密だったが、話してしまえばずいぶんと気が楽になった気がする。もちろん、話した相手がエルフのメゼリルというのが大きいのだろう。人間ヒューマン相手ではこうはいかないはずだ。


「せっかく秘密を分かち合える仲間ができたんだ。これからもよろしく頼むよ」


「そうね、って言っても私にできる事なんて話し相手になるくらいよ?」


「それだけで全然違うさ。俺はこのスキルのせいで、今まで誰にも本当の事を言えなかったんだ。やっと口にだせて、なんだかほっとしてるよ。聞いてくれてありがとな」


 言いながら手を差し出した。メゼリルは少し考えてから、そっと手を出し手を取って握り返してくれた。


「それで、そのアジフさんはこれからどうするのかしら」


「当面の目標は、お金を稼いで貯金だな」


 装備と義足を失って痛い出費がかさんでしまった。足の治療費だって貯めたい。しばらくはギルドの依頼を受けるのもいいかもしれない。


「なんだか普通ね」


「だから、ただのヒューマンの男だって言ってるだろ」


 実際、際立った才能がある訳でも、特別な能力がある訳でもない。相当に何の変哲もないと思う。ただ長生きなだけなのだ。


「いいじゃない。普通の、ヒューマンの、アジフで」


 そう言ってくれたメゼリルの笑顔は、心からのものに思えた。

 



 翌日、メゼリルに案内してもらって、守護隊の本部を訪れた。隊長のラヂェンさんか副隊長のフィンゼさんへの取次ぎをお願いすると、内部に案内されてソファーに座って待つように指示される。しばらく待っているとドカドカと足音が聞こえてきた。


 このエルフらしからぬ豪快な足音は、ラヂェン隊長だろう。ガチャリと扉が開かれ、案の定ラヂェンさんが姿を表した。後ろにはフィンゼさんの姿も見える。


「ようこそアジフどの……とメゼリルさんでしたかな?」


 フィンゼさんとメゼリルはナナゼ村から一緒に来ている。ラヂェン隊長と面識は無いようだが、名前を知っているのは報告を受けたのだろうか。立ち上がってお互いに一通りあいさつを交わすと、皆が座れるテーブルへと案内された。


「実は、ナナナキヒ様とお会いして、迷いの森を抜ける刻印を頂いたのです。いつでも力になると言っていただいたのですが、勝手にアメルニソスへ入国するわけにもいきません。それで相談にうかがわせていただきました」


 事情を説明しながら、手の刻印を見せる。ラヂェン隊長とフィンゼさんは刻印を見て顔を見合わせ、うなずきあった。


「実はな、アジフどの。アジフどのがナナナキヒ様から刻印を授かったのは、昨日ハイエルフのお方から報せがあった。アジフどのが来なければ、今日にでも宿に使いを出そうと思っていたんだよ」


 おっと、ずいぶんと情報が早いな。ナナナキヒ様がハイエルフに言ってくれたのだろうか。話が早いのは、こちらとしてもありがたい限りだ。


「お手数をかけずに済んでよかったです。それで、アメルニソスへの入国は今後認めていただけそうでしょうか?」


「ああ、何しろアメルニソスの守護者であるナナナキヒ様が認めておいでになるんだ。我々が拒むこともないだろうと、すでに評議員の方々から許可も下りている。フィンゼ」


「はい」


 隊長が声をかけると、フィンゼさんが小さい箱をテーブルの上に置いた。箱をこちらに向けて開くと、中には白い石のついた指輪が入っている。


「これは、アメルニソス評議会がエルフの協力者であると認めた証の指輪です。これを見せれば、守護隊の者なら門を通してくれるでしょう。ただし」


「ただし?」


「装着したら、アジフさんの魔力を認識する登録をさせていただきます。他の者が付ければ指輪の石は赤くなります。指輪を悪用することは無いとは思いますが、盗まれないとも限りません。防衛上の措置と思って下さい」


 おお、本人認証付き指輪か。なんて便利な。


「そっくりな指輪を作ったらわかるんですか?」


「それは説明するより見てもらった方が早いでしょう。アジフさん、指輪を付けてもらえますか」


 言われた通り箱から取り出して指を入れるが、どの指を入れてもサイズがゆるい。


「大きさは魔力で調節されます。好きな指に付けて下さい」


 しかもサイズ自動調節付きだと!? 


「どうしたのよ、口を開けたまま」


 驚いて固まっていたらメゼリルに突っ込まれてしまった。


「いや、だって大きさが変わるんだぜ? その分の素材はどうなるんだ?」


「あら、魔法の鎧と同じよ。大きくなれば薄くなるし、小さくなれば厚くなるわ。冒険者なのにそんな事も知らないの?」


「し、知らなかった」


 サイズが変わっても重さは変わらないのか。高価な魔法の装備の中には、サイズが自動で調節される物があるとは聞いた事がある。調整には限界があると聞いてはいたが、そんな理由だったのか。


「納得してもらえたら、この布の上に指輪をはめた手を置いて魔力を流してもらえますか?」


 テーブルの上に広げられた布には、円状に複雑な模様が書き込んである。その上に手を置いて魔力を流すと、指輪の白い石が輝きを放ちだした。


「おおっ!」


 指輪の放つ光は、始め白かったが、やがて色を帯びて緑色へと変わっていく。徐々に光が収まっていき、やがて消える頃には指輪は指にぴったりなサイズに変わっていた。


「すごいな」


 指輪の大きさはあつらえたようにぴったりだ。そして白かった石は緑色に変わり、石の中で緑色の光が常に複雑に変化して煌めいている。


「見ての通り、似たような指輪を作っても石を見れば一目でわかります」


 確かに、これを真似て作るのは無理なように思える。だが……


「普段着けるにはちょっと派手じゃないですかね」


「バカねぇ。普段付けなければいいでしょ」


 そうなのか。指から指輪を抜くと、するっと普通に抜けた。それと同時に、指輪の光が輝きを失って、だが白い石には戻らず、くすんだ緑色の石へと変化した。


「必要な時に付けていただければ結構です。ただ、アメルニソスでは付けていてもらえると助かります。ここ数日、ヒューマンが街にいると問い合わせが数回ありましたので」


 む、知らない間に手間をかけていたのか。ちょっと恥ずかしいが、アメルニソスにいる間は指輪をつけておいた方がよさそうだ。




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