神樹の精霊(後)
『鑑定』
自分にとってこの世界で最も警戒しなければならない能力に、こんな所で出会うとは。どこまで鑑定されたのかはわからないが、名前と祝福を見られたってことは、ステータスは見られたと思ってよさそうだ。
イビッドレイム様に祝福をいただいたのは、もうだいぶ前のことだ。あの時は確か……
「私にも詳しくはわかりません。ステータスを司る神の存在は、メムリキア様から伺いました。祈りを捧げたら祝福をいただいたのです」
「!! メムリキア様と言葉を交わしたのですか!?」
あ、しまった。つい言ってしまった。ナナナキヒ様を包む光が輝きを増す。かなり驚いたようだ。
「一度だけ、縁があって話をさせていただきました」
「メムリキア様の属神であらせられる神ですか。そのような私の知らない神がこの世界に存在したとは……」
ナナナキヒ様が考え込む。太古の昔から存在する精霊が知らないとは、マイナーにもほどがある。イビッドレイム様がかわいそうになってきた。
ちなみに。神の言葉を騙ると本気で神罰が下る事があるので、神の名を出してうかつな事は言えない。
「かつて、私も一度だけメムリキア様にお会いして鑑定のスキルを授かりました。多くの樹精霊がいた中で、私だけがここまで成長できたのも、このスキルのおかげなのです」
ナナナキヒ様もメムリキア様に会っていたのか。かなり昔の話なのか、懐かしむように遠い目をしていたが、その視線をすっとこちらに戻した。
「あなたのそのスキルも同じなのではありませんか?」
「うっ」
スキルと言われれば、これはもうリバースエイジ以外あり得ないだろう。一番知られたくない、聞かれたくない部分だ。そうだよなぁ。鑑定が使えるなら絶対ツッコミが入るスキルだよなぁ。
リバースエイジは秘密しかないスキルといってもいい。『鑑定』との相性は最悪だ。あーあ、横でメゼリルにばっちり聞かれちゃってるよ。鑑定ってずるい。
「はい、メムリキア様にお会いした際にいただいたスキルです」
「やはりそうでしたか。いえ、むしろそうでなければ納得できない程のスキルです。ただ、覚えておいて下さい。そのスキルは、あなたが思うより大きな危険性を伴っています」
ん? 危険性? 確かに多くのデメリットのあるスキルではあるが、危険と言われるとピンとこない。
「どんな危険があるのか、教えてはくださいませんか?」
「それはあなたが向き合うべきものです。私が語ることではありません。ただ、もしあなたがそのスキルにより苦しむことがあれば、我々はきっとあなたの力になるでしょう」
おや? ずいぶんと協力的だ。ここでアメルニソスと繋がりを持てるのは、リバースエイジを使う上ではとてもありがたい。少々話がうまい気もするが、だからといって断る理由もない。
「大変ありがたいお言葉、ありがとうございます。しかし、わたしにはアメルニソスに返せるものがありません。そこまでしてもらって、いいものでしょうか」
「気にすることはありません。これはアメルニソスの守護精霊としての判断です。まずは迷いの森の結界に捕まらないようにしましょう。アジフ、右手を出してください」
「えっ!?」
あの結界を通してくれるってのか。思いがけないサービスだ。言われた通りに右手を前に突き出す。
その手首に精霊の光る両手が添えられ、光が手の先に集まり、次第に差し出した右手の手首へと移っていく。
手首が熱くなり、光を強く放つ。眩しさに目を細め、光が消えて手首を見てみると緑色の入れ墨のような模様が、ブレスレットの様に一周していた。
「こ、これは!?」
「その印があれば、迷いの森の結界はあなたを捉えません」
「おお~!! ありがとうございます」
これはいいものをもらった。手首をしげしげと眺める。なかなかおしゃれなのではないだろうか。
「これがあればいつでもアメルニソスに来れるのですか?」
「私にそのような権限はありません。それはエルフたちと交渉して下さい」
おっと、そうは上手くいかないらしい。だが、ナナナキヒ様に力になると言ってもらえたのだ。交渉の余地はあるだろう。
「そこの娘……メゼリルよ。ここで聞いたアジフのことは、他言無用ですよ」
「はいっ! けっして他には漏らしません」
気を利かせてくれたのか、口止めまでしてくれたのは助かる。メゼリルがあちこちにペラペラしゃべるとは思えないが、知られる危険は少ない方がいい。
「では、アジフにメゼリル。今日はよき出会いでした。いずれまたお会いできるのを楽しみにしております」
ナナナキヒ様を象る光が散らばっていき、光が薄くなるにしたがって輪郭がぼやけていく。最後には初めから何もなかったかのように消えてしまった。
嵐のような突然の出会いに、しばらくボケっとしてしまう。
「ちょっとアジフ! どういう事か説明してよね! あんたってひょっとしてすごい人だったの? そんなふうには全然見えないのだけれど」
メゼリルがハッと我に返って聞いてきた。全然見えないは余計だが、ナナナキヒ様もメゼリルに他に話すなとは言っていたが、それ以上聞くなとは言っていなかった。ここまで知られたからには、ある程度説明したほうがいいかもしれない。
「そうだな……話してもいいけど、他に知られるとよくない話なんだ。聞いたところで他所に話せない話が増えるだけだぞ」
「気になったまま抱え込むよりはずっとマシよ。あとできっちり話してもらうからね」
礼拝所にもう一度目礼をすると、辺りは静謐を取り戻していた。出る前にもう一度振り返ったが、そこには相変わらずの巨大な樹があるのみだった。
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礼拝所を出る二人の背中を、その遥か上の巨木の梢から見つめる2つの存在があった。
「迷いの森を素通りさせてよかったのですか? あのヒューマンは。正直、それほどの者には見えませんでしたが」
梢に腰かけるエルフの男が、傍らの空中に浮遊する光をまとった神樹の精霊、ナナナキヒに声をかけた。
「今はまだ、何者でもありません。ですが、将来においてはどうなるかわかりませんよ」
「ナナナキヒ様の鑑定が間違うはずもありません。ですが、それならなおさらアメルニソスに近付けるのは危険ではないでしょうか?」
「あの刻印は森を抜ける鍵でもありますが、いざという時に彼を止める鎖ともなります。力を得る可能性がある者に対して、無関心でいる事は必ずしも安全でないと判断しました」
光を放つ精霊と、エルフの男はしばらく黙って見つめ合った。
「勝手なまねをしたと思いますか?」
「いえ、もとより迷いの森の結界はナナナキヒ様のお力による物。あの者についてはハイエルフに周知するように致します」
うやうやしく礼をする男に向けて、神樹の精霊はやさしく微笑んだ。
「こうも付け加えてください。私には彼の年齢がわからなかった、と」
「ナナナキヒ様の鑑定でも、ですか!?」
驚く男に、精霊は微笑むだけで答えはしなかった。そのまま再び礼をして、一陣の風とともに男は消え去る。梢に残ったのは、未だに二人の背中を見つめる神樹の精霊だけだった。
「さて、アジフ。ただのヒューマンが無限の寿命と孤独にどこまで耐えられるのか…… 力を得た者が悪い方向に転がるのは、エルフにとっても歓迎できません。願わくば、そうなる前に助けを求めてくれればよいのですが……」
誰が聞くでもない言葉が風に乗って消え去る頃には、神樹の精霊の姿も光と共に消え去っていった。
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