神樹の精霊(前)


「ほら、持って来てあげたわよ」


 二日ほど経って、宿まで荷物を持って来てくれたのはメゼリルだった。


「驚いたな。てっきりフィンゼさんが持って来るかと思ったんだが」


「そしたら、今度はアジフが森を出る時に案内が要るじゃないの。そんな事より、私になにか言う事があるんじゃないの?」


「おっと、そうだったな。わざわざ来てくれてありがとう。助かったよ」


「そうじゃないわよ! さんざん心配かけたんだから、まずはあやまんなさいよね!」


 ……そうなのか? ここは『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』でしょ、とか言われる場面じゃないのか?  そう思ったが、メゼリルの剣幕は有無を言わさぬものがあった。  


「悪かったよ。心配かけてすまなかった」


「そこは心配してくれてありがとうって言いなさいよ!」


 あやまれって言ったくせに。


「し、心配してくれたんだな。ありがとう、嬉しいよ」


「どういたしまして!!」


 納得はいかないが、心配をかけたのは事実だし、メゼリルは言い切った顔をしているのでこれ以上藪を突かないほうがいいだろう。


「それで、怪我はないのね?」


「ああ、義足が壊れたくらいだな。あとは回復魔法で治ったよ」


「無茶するわねぇ。回復魔法でも治らない怪我があるって、自分がよく知ってるでしょ?」


 う、言われてしまった。


「ドラゴンがいるなんて思わなかったんだよ」


 思わず反論したが、リバースエイジでいくら寿命が延びても、死んでしまえばそれで終わりだ。冒険者などしてる時点で矛盾ところはあるが、危険な仕事だからこそ安全には気を配らければならないと工場の研修でも言っていた。いい機会だから、初心を思い出して慎重にいこう。


 

 持ってきてもらった荷物の中に忍ばせておいたのは、虎の子の白金貨だ。いざという時の為に、旅用の荷物にいつもしまっておいた。想定していた ”いざ”とはだいぶ違うが、役に立ってよかった。


 メゼリルは実家に顔を出すらしいので、別れて魔道具工房と防具屋に行って支払いを済ませに行った。貨幣が全世界共通なのはこういう時助かる。メムリキア様の恩恵の一つだ。

 この日は義足の形状打ち合わせや、鎧の採寸だけで一日がつぶれてしまい、翌日からメゼリルに案内してもらって街をぶらつく事にした。





「さて、どこか案内してもらえると助かるんだが」


「人を観光案内扱いしないでよね。でも、いいわ。アメルニソスに来たら見ておくべき樹があるのよ。案内してあげる」


「それはひょっとして神樹ってやつか?」


「あら、知ってたの。この森にエルフが住み着いた、いつともわからない昔から在る最古の樹よ」


 エルフの森の最古の樹となれば見ない選択肢はない。メゼリルの案内で、途中買い食いをしたり店をのぞいたりと観光しながら都市を歩いた。


 神樹というからには大きな樹だと思うのだが、なにしろ周囲の木がすでに巨大で見通しが悪い。一本一本が地球なら御神木と言われるような木をはるかに超える大きさなのだが、これより大きいと言われても想像がつかない。



「さぁ、見えてきたわよ」


 メゼリルが指を差す方向には、いくつかの建物が並んで見えた。その中心にあったのは、もはや木と言っていいかわからないほどの太さの巨大な壁だった。それがはるか上までそそり立っている。


「これが木だっていうのか?」


 確かにその表面は木の様には見える。だが、あまりにも太く高すぎる。これなら人工物と言われた方がまだ納得できそうだ。


 うろ覚えだが、地球の木には成長する高さに限界があると聞いた気がする。この木は少なくともそんな限界には収まりそうにない。幹の途中にはいくつもの小屋が張り付いて、エルフ達がなにやら動いているのが遠くから見えた。


「どう? 凄いでしょ」


 口を開けて見上げていると、メゼリルが自慢気にしていた。それも納得できるほどの巨大さだ。


「ああ、凄いっていうか、ちょっと信じられないな」


「神樹には樹精霊様がいて、ナナナキヒ様っていうのよ」


 その名前は狩人のネントから聞いたっけ。精霊にお目にかかったことはないが、この木を見れば精霊がいるといわれても不思議はない。目の前の巨木にはそれだけの存在感があった。


「会えたりしないかなぁ」


「無理よ。樹に近付けるのは、お世話係のエルフとハイエルフの方々だけ。一般人は礼拝場までだわ」


 神樹と言われているだけあって、礼拝場があるらしい。


「その礼拝場には行ってみたいな。せっかく来たからにはあいさつくらいしていこう」


「もちろんそのつもりよ。私達エルフの守護者でもあるんだから、失礼の無いようにね」


「そんなことするわけないだろ。人をなんだと思ってるんだよ」


「あんたの行動は時々読めないのよ」




 近付けば近づくほど神樹は巨大だった。塀によって囲まれた一画に設置された礼拝所に入ると、設けられた祭壇の向こうが開いていて巨大な根本が見える。根の一本一本でさえ周囲に建てられた小屋よりも高かった。


「何年経ったらこんな樹になるんだろうなぁ」


「アメルニソスの創世記によれば、エルフがこの地にたどり着いた時にはすでに天を衝くほどの巨木だったそうよ」


 礼拝所には、他に人はいなかった。上のほうで繁る葉によって日光は遮られ、昼間にもかかわらず周囲はどこか静謐な雰囲気に包まれている。

 メゼリルが胸に手を当てて目を閉じ、祈りを捧げている。せっかくなのでここはエルフの礼をまねて祈ってみよう。


 胸に手を当てて目を閉じる。そのとたん、背中にゾクッっと寒気が走った。バッと顔を上げて周囲をキョロキョロと見渡すが、特に変わった様子はない。


「どうしたの?」


「いや、今なにか……」


 言いかけた時に、目の前に小さな緑色の光が現れた。突然の事に反応が出来ない。小さな光は周囲にも現れ、一点に集まって輝きを増していく。


「ナナナキヒ様!?」


 メゼリルが驚いて声をあげ、膝をついて頭を下げた。この光が神樹の精霊だというのか。


 どうしていいかわからずに突っ立っていると、まばゆい程に輝きを増した中心に人の輪郭が現れ、空中に浮いたまま子供ほどの背丈の女性のエルフの姿となった。


「よくぞ参られました、人間ヒューマンよ」


 人とは違う、音なのかわからないその波長は、確かに言葉として頭に響いた。ヒューマンというからには、間違いなく自分に話かけられているのだろう。


「ナナナキヒ様でよろしかったでしょうか。お目にかかれて光栄に存じます」


 メゼリルの態度を見る限り、丁寧に対応した方がよさそうだ。あわてて跪いて頭を下げる。


「いかにも、私がナナナキヒです。それで、アジフといいましたね。なぜここを訪れたのです?」


 おや? 名乗った覚えはないのだが。そしてなぜと言われても困ってしまう。


「えっと…… アメルニソスに来たからには神樹様にあいさつをしなければと思って」


「それだけですか?」


 ナナナキヒ様の視線が鋭くなった。精霊とはいえ、さすがは永い時を経た存在だ。冷や汗が背中を伝う。


「じ、実は観光に」


「わざわざ物見遊山のためにここを訪れたと?」


「ええ、アメルニソスにきたのはたまたまですが……」


「「………」」


 気まずい沈黙が流れる。そんなこと言われても、他になんと言えばいいのだ。


「ちょっと! アジフ!失礼よ!」


 メゼリルがあわてるが、嘘をつくよりはいいと思う。


「……こほん、では質問を変えましょう」


 精霊もせきってするんだナー、と、この時までは軽く考えていたのだが、続く質問は背筋を凍らせるものだった。


「私も永くこの世に在りますが、能力神などという存在は聞いた事がありません。創造神の祝福と並んでいるからには悪しき存在では無いようですが、イビッドレイム神とはどのような存在なのですか?」


 能力神、創造神の祝福と並んでいる……心当たりがあり過ぎる。見慣れた自分のステータスだ。


「な、なんでそれを私にたずねるのですか?」


「隠す必要はありません。我が ”鑑定”により全ては見通されているのですから」



 ナナナキヒ様の言葉は、考え得るかぎり最悪のものだった。



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