森林都市


 一本一本が信じられないほどの巨木の森がどこまでも続いていた。その巨木の間には幹や枝に寄りそうように木製の回廊が組まれ、その上に建物が建てられている。



 エルフの都市アメルニソスは、その大部分が樹上にある立体的な構造をしていた。吊橋があり、桟橋があり自然の幹や枝を活かした造形が複雑に絡み合う。奥に行くほど上下にも交差しながら通路と建物がどこまでも続いていた。杖をついて回廊を歩きながら、高所恐怖症ではなくてよかったと思った。


 手摺りはついているものの、走り回る子供たちは落ちたりしないのだろうかと、余計な心配をしてしまう。


 その光景と回廊を行き交うエルフたちを眺めているだけでも一日が終わりそうだったが、そうも言ってられない。このアメルニソスでやっておきたい事があった。



「義足の製作をお願いしたいのだが」


 突然訪れて理解できない注文をするヒューマンに、エルフの魔道具工房の主人は首をかしげた。


 何をするにも片足では不便すぎる。義肢職人を訪ねてみようと思っていたのだが、アメルニソスにはいないらしい。だがレッテロットの例もあるので、魔道具職人でも頼めばできると思う。


 スエルブルで義肢職人に注文する手もあるのだが、スエルブルには魔道具職人がいないので魔法付与を頼めない。せっかくなら名作だった三代目を越える物がほしい。


「義足なんて作った事ありませんよ」

「それはわかってる。金属の板に魔法を付与した、ちょっと特別な義足を作って欲しいんだ」


 魔道杖を兼ねた義足はなにかと便利だったが、杖は他の物でも代用できる。大雑把な形と要望を説明した。


「できればミスリルで作って欲しい」


「ミスリルは無理ですね。アメルニソスにミスリルを加工できる鍛冶職人は一人しかいないんですよ。鍛冶職人になるエルフは少ないですから」


 確かに、鍛冶職人と言えばドワーフのイメージだ。


「鋼ならどうだろうか」


「それでも2ヶ月くらいはかかりますね。でも、要はバネが利けばいいんですよね。木製じゃダメなんですか?」


 二ケ月は待てないなぁ。


「戦闘にも使うから、木製では強度が足りなくないか。長く使う物だから耐久性も心配だし」


「それなら、とびっきり丈夫な木がありますよ。ちょっと重いですが、義足には丁度いいかもしれません。魔法付与すれば戦闘に使っても大丈夫でさ」


「へぇ~、そんな木があるのか」


「アメルニソスに生える精霊の宿る木の芯材でしてね。魔法付与の容量も大きいので、いい物になりますよ」


 説明を聞くと、魔道杖としての機能を追加すると丈夫さを付与する容量が減ってしまうそうだ。魔道杖は籠手とマインブレイカーがあるので、なんとかなる。少しでも丈夫にするために、丈夫さに全振りでお願いした。


「金貨25枚だって!?」

「精霊の宿る木の芯材は、貴重なんですよ」


 ミスリルで特注しても買えそうな値段だ。財布はドラゴンのブレスで吹き飛んでしまっていた。手持ちはズボンに縫い付けておいた大金貨一枚しかない。ナナゼ村に送った手紙に、自宅からへそくりを持ってきてもらうように頼んでおいたので足りるとは思うが。


「もうすぐお金が届く予定なんだ。注文はそれからでいいだろうか?」


「いいですよ。すぐに取り掛かれるように、準備はしておきます」


 高くついてしまうが、使えない義足を付けて魔物に襲われて後悔したくない。装備をけちって命を落としては、元も子もないのだ。




 工房を出て、木の幹に螺旋状に取り付けられた通路を伝って地上へと降りた。義足は目途が付いたので、後は破壊された鎧を買わなくてはならない。いい物があればそれにこした事はないが、とりあえずの品でも悪くはない。魔道具工房で教わった鎧の工房のあるエリアは、地上の区画にあるらしい。



 樹から降りた地上は多くが畑になっていて、エルフたちがのんびりと畑仕事をしていた。森の間にあるので陽当りが悪そうに思えるのだが、大丈夫なのだろうか。余計な心配だとはわかっているが、村で畑仕事をしている身としては気になってしまう。


 見慣れぬヒューマンに、農作業をしていたエルフたちが手を止めてチラチラとこちらを見る。こちらも物珍しい光景をチラチラと見ているので、ときおり目が合ってしまう。気まずくて軽く頭を下げると、エルフたちはなんの仕草かと首をかしげた。


 つい日本にいた頃の仕草が出てしまう。幼い頃から身に付いたものは、異世界で十年過ごしてもそう簡単には抜けないものらしい。



 地上をしばらく歩くと、魔道具工房で教わった通りの光景が見えてきた。巨木の森の中にぽっかりと木の無いエリアが広がり、そこだけに陽光が差し込んでいる。地面には石積みの塀と水堀が円形に囲む一画があって、その中に何件もの建物が煙突から煙を吐いている。


 エルフの暮らしとはまったくイメージが違う一画だが、エルフだって火を使わないわけにはいかない。金属を扱えば鍛冶や製鉄が必要だ。その周囲に職人が集まって、工房街を作っていると聞いた。


 まるで外壁のような石壁は、おそらく中の火から森を守るための壁なのだろう。それでも、中に入るとこれまでの木造とは打って変わり、石造りの街並みが続いていた。一軒一軒をのぞいていくと、武器や生活用品に混じって鎧の部品らしき物が置いてある工房が見つかった。部品の形でなんの工房かわかる程度で、これといった品物は置いていない。

 鎧は基本オーダーメイドで身体に合わせるので不思議ではないが、普通は見本くらいはおいてあるものだ。


「鎧が欲しいのですが」


 仕方がないので、それっぽい工房の主に声をかけると、こちらの恰好を見て怪訝な顔をした。


「へぇ、ヒューマンとは珍しいじゃないか。だけどあんた、その足で戦うのか?」


 今日は義足もなければ鎧もない。剣だけは持ってきているが、確かに傍目からすれば戦うようには見えないかもしれない。


「これでも冒険者なんだ。それなりに強力な魔物とも戦える鎧が欲しい」


「おっと、噂に聞く冒険者ってやつかい。どんな鎧が欲しいんだ?」


 一通りこちらの要望を伝えたが、すぐに問題が発覚した。


「うちは革鎧しか扱ってないんだ。あんたの戦い方には向いてなさそうだなぁ」


 エルフたちは革鎧を好んで使う。身が軽いし、動きも速い傾向のある種族だからだ。特に周囲が森の環境では、音が立たず軽い革鎧はうってつけだ。


 だが、そういった戦い方は義足では無理だ。さらにプロテクションを覚えて以来、カウンターをとる戦い方が多い気がする。できれば硬い鎧が欲しい。


「何処かに丈夫な鎧を扱っている工房はないだろうか?」


「一軒あるぞ。わかりにくいから案内してやるよ」

 

 案内されるままに後ろをついていくと、すぐそばの一軒の工房へとついた。工房の場所はわかりやすかったが、軒先には鍋ややかんが並べられてとても防具の工房とは思えない。


「おーい、クフイイ。客を連れてきたぞー」

「あいよーって、ヒューマン!?」


 一軒目の工房の主が声をかけると、奥からエルフが姿をあらわした。それにしてもエルフはみな見た目が若いので、外観から職人の経験を推測できない。ヒューマンで驚かれるのにはもう慣れた。


「なんと、こちらのヒューマンさんは、お前に鎧を注文したいそうだ」

「鎧!? 鍋じゃなくて?」

「鎧だそうだ」

「やかんじゃなくて?」

「鎧だそうだ」

「よしっ! 久しぶりの真っ当な仕事だ!」


 金属鎧ってホントにエルフに人気ないんだな。少しかわいそうになってくる。喜んでる工房主さんには悪いが、確認しなければならない。


「いや、待ってくれ。まだ注文するって決めた訳じゃないんだ」


「おっと、すまなかった。どんな鎧が欲しいか聞かない事にははじまらないわな。全身鎧フルプレートか?」


「いや、ソロの冒険者なんだ。防御力が高くても身動き取れないのは困る。あと、あまり時間がかかるのは無理だ」


「ふむ、そうなるとハーフプレートで、今ある部品を使うと……一週間あれば組んで見せるぜ! もし魔法も付与するなら十日は欲しいかな」


 魔法も付与できる事ならしたいが、そうなるとお値段が心配になる。


「魔法を付与したらいくらくらいになるんだ?」


「どんな付与をするかによるなぁ」


 前々から鎧については構想があった。限られた予算では厳しいかもしれないが、物は試しだ。


「頑丈さと光属性強化を付与できないだろうか」


「そいつは無理だ! ミスリルでもよっぽど腕のいい付与師じゃないとできない。鉄ならどちらか片方。それでも光属性強化は効率が落ちると思うぜ」


 光属性を強化すれば、プロテクションの魔法で防御力は大幅に上がる。だが、いつも詠唱できるとは限らないので、それだけだとつらいところだ。


「ミスリルでは作れないのか?」


「ミスリルの鎧なんて、一品物しかないからな。部品なんてないから、最低でも半年。下手すりゃ一年かかってもおかしくない」


 ドワーフの王国には、これ見よがしに飾ってあったりしたが、それぞれ事情が違うようだ。基本性能なら頑丈さを付けたいところだが……


「光属性強化で頼むよ」


 強敵との戦いこそ防御力が欲しい。上手くいくかどうか高い鎧で試すより、一度実際に使ってみるのもいいだろう。


「光属性ですか、う~ん……全部で金貨20枚ってとこですかね」



 ぐぬぬぬ、いいお値段しやがる。義足と併せて足の治療費にとコツコツ貯めてたへそくりの半分近く吹っ飛びそうだ。 





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