交渉
「あんたが村長さんかい? 冒険者ギルドの依頼を受けたスヒドとアオマゼだ」
ようやく洞窟調査の依頼を受けた二人の冒険者がナナゼ村を訪れたのは、アジフがいなくなってから3週間目の事じゃった。示された冒険者プレートは、青銀に輝いておる。
「よくぞ来てくださいました。村長のロゾンです。Bランク冒険者にきていただけるとは心強いかぎりですわい」
居間へと案内し、テーブルを挟んであいさつをかわす。
「アジフの奴はあれでいい腕してたからな。Cランク連中がびびっちまって、俺達がスエルブルに戻るまで誰も依頼受けやしなかったんだ」
心配していた通りになってしまったか。村の者も、あの洞窟にいったい何がひそんでいるのかと、恐々としておる。あれ以来、子供達は家から出してもらえず、夜は戸締りを厳重にして、村の空気は息が詰まるようじゃ。一刻も早く何とかせねば。
「聞いておられるかもしれませんが、洞穴のゴブリンを退治してから日が経っております。その時に打ち漏らしたゴブリンもいると聞いておりますので、ひょっとしたらゴブリンたちが戻っておるやもしれません」
「へぇ、そうなのか。ま、どっちにしても、アジフがやられたと聞いちゃ油断なんてできやしねぇからな」
「村長殿、その件で依頼内容の確認しておきたいのだが」
アジフの名前が出て、それまで後ろで黙っていた大柄な男が声を上げた。
「うむ、アジフの救出についてですな」
「村長殿も承知されてるとは思うが、三週間も前に行方が分からなくなった遭難者の救出など、絶望的と言っていい。探しはするが、期待はしないでもらいたい」
ずいぶんはっきりと言うの。それは村の誰もが思っていた事でもある。アジフが村に来て以来、村の為にいろいろと良くしてくれた。今では村でも頼られる存在となり、誰もが村の一員と思っておるじゃろう。
わしも役目柄、アジフと接することは多い。悪い仲ではないと思うし、なんとか無事に帰ってきて欲しい。
じゃが、村長として村をこのままにはしておけんし、今は洞穴の調査を最優先にしなければならん。
「わかっております。ですが、アジフの身に何が起きたのか、それだけでもわからねば村の皆も安心できませぬ」
「それならわかったわ!」
話を遮って部屋のドアが激しく開かれ、入ってきたのはメゼリルじゃった。
「メゼリル! なんじゃいきなり。今は冒険者殿と話をしておる。後にできんかの」
息を切らしながらも、メゼリルは手に持った紙を示した。
「だから急いできたのよ! アジフから連絡があったわ!」
「なんじゃと!? それで、アジフはどうしておるんじゃ?」
紙を受け取りながらもメゼリルにたずねると、胸に手を当てて息を整えてから口を開いた。
「アイツ、今、アメルニソスにいるって」
「「「はぁ!?」」」
冒険者と声が揃ってしまったわい。地下に潜ったはずがそんな所におるとは。
「どうしてそうなるんじゃ!?」
「それは、私からお話しましょう」
開きっぱなしだった扉から声がして顔を向けると、そこには鎧を着こんだエルフの男が立っていた。
「申し遅れました、私はアメルニソス守護隊所属のフィンゼと申します。アジフ殿からの伝言と、村長殿に相談があって伺わせていただきました」
肩に片手をあてて、エルフの男があいさつをした。守護隊といえば、確かアメルニソスの衛兵だったはずじゃが、長く生きるエルフの衛兵の精強さは
「これはご丁寧に、ありがとうございます。わしが村長のロゾンですじゃ。それで、アジフは無事なのですかな?」
「元気にしてますよ。ただ、手紙にも書いてあると思いますが、義足を魔物に壊されてしまい、身動きが取れなくなっています」
アジフも難儀しているようじゃが、ともかくも無事でいてくれてよかった。いつまでも立たせるわけにもいかないので、テーブルの席についてもらった。
「ふむ、洞窟の調査で魔物に襲われでもしたのですかな」
「その件で村長殿に相談があります」
フィンゼと名乗ったエルフは、居住いを正して続けた。
「アジフ殿が調べた洞窟は、迷いの森にほど近い場所へと繋がっているそうです。我らとしては、そのような洞窟があるのは問題があると考えています」
アジフがアメルニソスにいると聞いてからもしやと思っていたが、あの洞窟は森の北まで抜けておったのか。なるほど、それで守護隊のエルフが遣わされてきたのじゃな。
「もちろん、我らとしても「ちょっと待ってくれ!」」
フィンゼ殿に答えようした矢先を、冒険者がさえぎった。
「どうされましたかな?」
「二人ともちょっと待ってくれ。それは俺達が聞いていい話なのか?」
「聞けばアジフは無事で洞窟の調査も済んでいるそうではないですか。我らとしては、面倒ごとはご遠慮したいですな」
「ワシは聞かれても構わんが……」
フィンゼ殿をチラッとみる。確かに冒険者殿の言う通り、村にとっては問題はないが、アメルニソスにとっては聞かれたくない話かもしれんの。
「村長殿、こちらの方々は?」
「彼らは、その洞窟の調査を依頼した冒険者の方々です」
「ふむ、なるほど…… 確かに、冒険者ギルドが絡んでくると、少々話が込み入ってきますね。村長殿がよければ、この話はアメルニソスとナナゼ村の間で収めたいと思いますが」
「わしらとしても、洞窟の問題が片付くなら異存はありませんわい」
「いや、俺達も別に冒険者ギルド側の人間ってわけじゃねぇが、ガキの使いでもねぇ。調査の必要がなくなったから『はい、さよなら』って訳にはいかないぜ。村長さんよ、報酬はどうする?」
「ギルドの規約通り、依頼人の事情により中止の半額報酬ではいかがかな?」
冒険者たちは顔を合わせてうなずきあった。
「それでかまいませぬ。依頼票にサインとできれば理由も書いてもらいたい」
差し出された依頼票に ”アジフ生還の為、洞窟の情報がわかり調査の必要がなくなった”と書き込み、サインをする。
「さて、じゃあ俺達は村で一泊して、明日の朝帰らせてもらうぜ」
依頼票を受け取って、冒険者たちが立ち上がった。
「お待ちくだされ、この村には宿がありませぬ。宿泊用の小屋がありますので、そちらに案内させましょう。メゼリル、頼めるかな」
「はいはい。わかったわ」
メゼリルがひらひらと手を振って了承を示し、冒険者と共に部屋を出て行った。
扉が閉まるのを見届けてから、フィンゼ殿が水を一口のんでから話し出す。
「村長殿には、永くアメルニソスとの間を取り持っていただいていると聞いています。ここからは腹を割って話しましょう」
そう口に出した言葉はアメラタ語じゃった。それほど聞かれたくないという事かの。
「ずいぶんと用心深いですな」
こちらもアメラタ語で返す。
「実は、アジフ殿の手紙には、洞窟について書いてない内容があります。あの洞窟には多量の水晶があり、そして
「な、なんですと!?」
椅子から立ち上がり、ついエラルト語で答えてしまった。水晶も驚きじゃが、ドラゴンなんぞただ事ではない。そんなものが村に来たら、小さな村などあっという間に壊滅してしまう。
「落ち着いてください。アジフ殿が言うには、ナナゼ村側の入り口は狭く、地竜が出入りしている気配は無いそうです。入り口を封鎖すればより安心でしょう」
それを聞いて、思わず力が抜けて椅子に座り込んでしまった。
「ですが、アジフ殿から伝言があります。『ドラゴンより人間に注意してほしい』だ、そうです」
はっと顔を上げた。アジフの言う通りだ。ドラゴンは確かに恐ろしい魔物だが、同時に貴重な素材の塊でもある。もしその存在が知られれば、噂を聞きつけた冒険者たちが一攫千金を求めて集まるやもしれん。
もし、名高いAランク冒険者などが来て、ドラゴンを倒して水晶が採掘できるようになれば村への恩恵は計り知れないかもしれんが……
「アメルニソスとしては、迷いの森付近で人間が活動するのは歓迎できません」
きっぱりと言い放ったフィンゼ殿の言葉は、脳裏をよぎった浅はかな妄想を打ち消すものじゃった。そうじゃ、たとえ村が儲かったとしても、アメルニソスとの関係が悪くなってはなんの意味もない。
水晶採掘の街として、アメルニソスへの警戒の前線の街として、国や貴族からの干渉は避けられないであろう。
ワシは村長じゃ。村人の暮らしをいつも第一に考えてきた。今、目の前の宝に飛びついて村人の暮らしは本当に豊かになるのか。森の奥で穏やかに暮らすエルフたちの生活をおびやかすだけの価値はあるのか。
目を閉じてじっと考え、しばらくしてから口を開いた。
「ナナゼ村は、昔からアメルニソスの民と共存してきましたからの。この事はワシの胸にしまっておきましょう」
フィンゼ殿の表情がふっと緩んだ。
「賢明な判断に感謝を。洞窟の入り口を埋めるのであれば、アメルニソスから協力する用意があります」
「それはありがたいですな。村人総出でも大仕事になると思っておりましたので」
テーブルを挟んで、フィンゼ殿と握手を交わした。
変化を恐れる年寄りの臆病と笑う者がおるかもしれん。国や人間の利益を優先しない裏切り者とさげすむ者がおるかもしれん。
それでもワシは、村長として、今いる村人の幸せの為にはそれが最善と思う事にしたのだ。
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